最終話
焦げ臭い匂いを嗅ぎながら、ショウリはヘッドマウントディスプレイを外す。どうやら、電子回路がショートしてしまったらしい。
タイムリープは何度も出来るものではないし、ヘッドマウントディスプレイが壊れても仕方がないと諦めた。
(これで、未来……、僕には今か、が変わっているといいけれど……)
ショウリはタイムリープする前に机の上に置いておいた家族写真を見る。タイムリープする前は、彼と彼の母しか映っていなかった。
彼が写真を見ると――そこには3人の人間が映っていた。
彼と、彼の母と――新井昇が。
ショウリの父は新井昇である。そして、彼の母は、斉藤理々海。今は新井理々海だ。
本来の時間軸では、新井新子は新井昇の不倫に気が付かず、離婚はしない。昇は新子が妊娠したときに、理々海との不倫関係を終わらせてしまう。
しかし、それよりも前の時点ですでに理々海はショウリを妊娠していた。もう堕ろすことはできなかったので、彼女はシングルマザーとして生きてくしかなかった。
生活はひどく荒れていた。理々海がやつれていくのをショウリは見ていられないほどだった。
彼女は昇を恨んでいた。けれど、愛してもいた。
だから、彼の名前を自分の息子に分けた。
ショウリの名前は漢字で――昇理と書く。
彼はそんな母が見ていられなくて、自身が片親で苦しんだ現実を変えるため――過去に戻った。
新井昇と新井新子を離婚させるために。
そのために、新子にはまず、未来が簡単に変わり、かつやりがいがあることを実演してみせた。だから、子供を交通事故から救ったのだ。ショウリとしても、これの半分は善意だった。
次の段階として、新子が浮気していると昇に錯覚させるために、音楽や香水の趣味を変えさせた。これにより、昇と新子の間に溝を作り、昇が不倫に熱を上げやすくした。
さらに、不倫関係がバレないようにショウリは昇の手助けをした。単純に、新子の行動を指定して、昇と理々海に会わせないようにする。そのためのブラフとして、バタフライエフェクトや、桶屋理論、変数などの概念を使った。実際はそんなものは存在しない。
最後に、不倫をバラせば、昇と新子は離婚する。
(全部……上手くいったらしいね)
隣の部屋から、父と母の声がする。
ドアがノックされて、両親がショウリの部屋に入ってくる。
「昇理。家族3人で買い物に出かけるぞ」
父――新井昇が言った。
「ショウちゃん。行きましょう。準備して」
母――斉藤あらため、新井理々海が言った。
「うん」
斉藤あらため、新井昇理が言った。
(これが――求めていた幸せかな?)
野球帽を被って玄関に向かう。
父と母が外に出て、2人に追い付こうとショウリは玄関を開けた。
目の前にいたのは――空中を浮遊する、半透明の新子だった。新子が理々海の上を泳いで浮いている。
(そんなはずは……)
目の前に新子はショウリと一緒にいた――ホテル街のカフェのときとあまり変わらない。
新子の姿は、両親には見えていない。目の前に恋敵がいることに気が付いていない。
新子は理々海の脳に手を当てる。
「やめろ!!」
とっさに口を突いて出てきた。けれど、それは両親が振り向く以外に意味がなかった。
チップはこの時代の誰もが、脳に埋めている。
なら、それを暴走させると。どうなるのか。
答えは、脳がショートして死ぬ。
そして、半透明の新子にはそれが可能だ。電子機器に干渉できる。過去の世界でショウリがやったように。
「うっ」
理々海が小さく、つぶやき、倒れる。
「理々海?」
昇は新しい妻のことを心配する。けれど、もう既に手遅れなことをショウリは分かっていた。
経った今、新子に脳を物理的に焼かれたのだ。そして、簡単に絶命した。
(未来はなにが起こるかわからない……んだ)
自身の言葉を思い出す。
半透明な新子が笑う。テレパシーでショウリは聞きたくもない笑い声を聞く羽目になった。
未来を救うNTRがあるんですか!? 愛内那由多 @gafeg
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