寿^3

若阿夢

ショートショート 寿^3

#2023.4

数奇和子、50歳、独身、エンジニア。私は神も仏も信じない。死んだらそれまでだ。一瞬一瞬の生き様こそ重要で、思い出に浸る感性も時間も私にはない。ただ、思い出が必要な人に配慮する心得はある。…大事になってしまったが。話は少し遡る。


余命宣告を受け、父、寿和は一言だけ言った。無口で頑固、世間体が第一の父らしい。

「葬式が終わるまで他言無用。」

病院では、人工肛門・おむつ・点滴をつけ、指定の野暮な寝間着を着せられ、目・耳・意識が正常なのに、ボケ老人の如く扱われる。これは、父の矜持を蝕み、残された時間は唯々ベッドに丸まり、寡黙に逝った。享年75歳。苛められ体質の抜けない最期であった。


葬儀を内々に終え、私は、父の賀状で宛名が分かる数少ない関係者に、訃報を知らせる葉書を出した。父の退官から十年以上経つ上、コロナ禍の世相で、人々の反応は儀礼的に終わり、全ては私の忌引休暇の範囲で収まる筈だった。しかし、休暇分遅れを取り戻す残業を終え、金曜深夜に家に帰ると、留守電が光っている。

「和子さん、数奇幸寿です。ご連絡、本当に有難う。明後日10時頃、お宅に伺います。仏前に線香をあげさせてください。」

家は混沌で、来訪は迷惑だ。死の衝撃だけではない。病死の場合、死迄は看護・介護、死からは除籍と、家族は異質な作業に続けざまに追われる。死後二週間では、体裁はあれど、余裕がまるでない。しかし、幸寿は、現時点で唯一、断ってはならない叔父だ。直接会ったことはないが、父と同じ境遇で、心のケアの必要な人である事位、察しが付く。


私は何事も、おざなりの対応はしない。がっつりやる。心を決め、遺影のある部屋に人を招ける様、片付ける傍ら、父の幼少期の家庭環境を整理する。

〇祖父:和幸(X~Y)

・祖母:寿(1928~1953 )と子2人儲ける

父:寿和(1948~2023 )/ 叔父:幸寿(1953~   )

・1955年、見合で後妻と結婚

・後妻に子2人生まれ、6人家族になる


次は思い出探しだ。私は、父のアルバムをばらばらとめくった。写真自体は膨大にあるが、どれも能面である。もう一種類出てきたが、作り笑いだ。…娘の私が、仕事上、嫌な相手に贈るのと同じ口角なのだから。全部見たが、場所・年齢・写り具合は違えど、能面と作り笑いの二種類だけ。予測できたが、徹底して全てが外面、内面がひとつもない。


私ならここか。私は、アルバムが入っていたダンボールをひっくり返し、叩いた。二重底の奥に、半分に折れた茶封筒が張り付いている。中は、破れても大事な、古い写真の切れ端群だ。

ビンゴ!私はピンセットを準備し、スキャナの上で復元を試みる。ジグソーパズルをすること数分、切れ端は、写りの甘い親子三人の写真になった。面白い。ピントも改善すべく、写真をスキャンし、画像アプリで補正する。

アプリ恐るべし、双眼鏡を覗いたように、画像が鮮明になった。5歳位の弾ける笑顔の少年が、両親と手を繋いでいる。右手を繋ぐのが、若い時分の祖父の和幸だから、間違いない。少年は父の寿和だ。顔の造りに、喜びの感情を吹き込むと、確かにこうだが…別人過ぎる。この父だけでも驚きだが、左手を繋ぐ臨月の女性に、私は衝撃を受けた。早逝した祖母の寿とは、他でもない…私だ。


思わずのけぞった反動で、周辺を巻き込み、いろいろひっくり返した。写真は落ちて、切れ端に戻り、スキャナは傾き、アプリも固まり、惨劇、泣きたい。リセットだ。



RESET



その途端、閃光に包まれ、切れ端が破られる前の写真に復元される。愕然としたのを最後に、プツッと私の意識は落ちた。

#1953.2

気が付くと、私は数奇家の畳の間で寝ていた。遠くで赤子の泣き声が聞こえる。幸寿と名がつく子だわ、と他人事のように思い、私は意識の混濁に気づく。幸寿は私の次男か、私の叔父か。次男と思う私は寿、叔父と思う私は和子。

血の気が全部引くが、トラブルは、落ち着いて状況把握をするのが鉄則だ。場数を踏んだエンジニアの習性で確認数分、私は、1953年の寿であり、幸寿の出産で命を落としていない。出産で死ぬ事象がリセットされたらしい。私個人の時系列は、寿を25年生き、没して転生、和子を50年生き、リセットで寿の25歳に戻った、となる。寿と和子の全記憶があって判る事だ。

私は怪奇現象を信じない。現場にいれば、厭でも、プログラムにおける命令(コマンド)の愚直さと、馴染みになる。誰の作(プログラム)か、仕様(せいじょう)か不具合(いじょう)かは不明だが、あの時、プログラムの条件を満たし、四次元で命令(コマンド)RESETが動作したのは確かだ。


襖を開けてひょこっと寿和が顔を出す。

「お母さんが起きたぁ!」

寿和が私を見、ぱぁっと笑って、くるっと回り、和幸を呼ぶ。そうだ、この子は本来明るく、能面と作り笑いには程遠い。何を、どう我慢すれば、ああなる、…寿と和子の記憶が交錯する。

跳ねる寿和を先頭に、和幸が幸寿を抱き、部屋に入る。

「幸寿を連れてきたよ。」

「こんにちは、幸寿。」

幸寿との初対面。まつ毛の長さ以外、寿和の赤子の時と瓜二つ。この子は現在、まっさらだ。人生初期に、数奇家を飛び出す気配等、微塵もない。幸せ色の陽だまりの一時、和幸の俳句が希望を照らす。

「雪解けて、四人家族が、誕生す。」

「うふふ。」

今、四人は初めて揃い、幸寿の誕生と共に寿が死ぬというトラウマを防いだ。…私が生きていれば、和幸は後妻を娶る必要がない。

トラブルは未然防止が鉄則だ。何としても生きてやる。息子達が成人する迄は。寿に和子の記憶が残る私が、普通ではなく、存在すら危ういのは承知だ。だが、備える。いつ何があっても、「今」を生きる強い心を持つ様、息子達を育てあげる。和幸の妻、寿和と幸寿の母。この二つのポジションを、誰にも絶対譲らない、と、私は決意した。

#1978.2

長男寿和は30歳、既婚、子供なし。次男幸寿は近く25歳になるが独身で、未だ実家住まいの甘えん坊だ。私、寿は50歳、丁度、かつて和子でリセットのあった年齢になり、節目を感じている。和子であるが、私が前回生まれた1973年を超えて5年経つが、今回誰も生まれていない。釈然とはしないが、悩んでも無意味だ。

和幸は電化製品の会社を設立し、パイオニアとして頑張っている。次も安泰ですねとよく言われ、彼は苦笑している。当分引退しないし、後継者に息子を指名するつもりもない。順調な会社の二代目社長に据えるには息子達の個性が勿体ないのだ。

寿和はその感性を生かし、写真家として世界を飛び回っている。幸寿は子供の時分から数多くの特許を出願、既に世間で「昭和の鬼才」と呼ばれる天才発明家だ。各自、才能を伸ばしてくれたことは、私も母として鼻が高い。…違う育ち方をしていれば、埋もれたことを知るだけに。


家族の誕生日は皆で夕食をとり、素敵なものを主役に贈るのが数奇家の流儀だ。そこで、幸寿を主役にメニューを計画していると、幸寿は背後から、

「今度の主役は、25で俺を生んだお袋な。」

と殊勝な事を言って、去っていく。当時、難産だった事を誰かに聞いたのだろう。優しい。しっかり厚意に甘えることにした。


幸寿の誕生日、メインイベント、夕食後のケーキタイム。私は和幸に黄色の訪問着、寿和に特製アルバム『数奇家の数奇な数々』、幸寿にインスタントカメラを貰った。

「この写真紙がまた、俺の傑作だ。兄貴、お袋を撮って。」

寿和がカメラを受け取り、紙を入れ、黄色の訪問着に着替えた私を写す。

「カメラやら紙ならば、寿和へのプレゼントではないか?」

と和幸が茶化すと、幸寿は

「否な、写真を撮る兄貴が、俺からのプレゼント~。」

と絶対やりたかったのだろう、変なキメ顔をする。プレゼントは物でなくてもいいが…。「昭和の奇才」も、家ではかなりのお調子者だ。

「何言ってんだ、バカ。」

寿和が幸寿の頭をこづく。家族のかけあいが、今日は5割増しで尊い。生きていてよかった。

三人を横目に、私は、即奇麗に画像が出た写真を、特製アルバムの最後に挟んだ。紅茶に垂らしたブランデーが心地よく、眠くなる。ソファーに座る私の手からアルバムが落ち、さっきの写真が裏面を上に飛び出た。灰色で単語が斜めに連続して模様の如く入っている。つい、読み上げる。

「リロード、再読み込み?」



RELOAD




窓の外は昼夜が目まぐるしく変わり、横に落ちたアルバムが風に煽られたかの如く、ばらばらばらとめくれ、未来の写真を次々表示する。並行して私の脳では、沢山の情報の再読み込みが、スタートした。思えば25年前、リセットと声に出して言ったかもしれない。私の情報の理解が終わるのと、アルバムが先程の写真を最後に止まったのは、同時だったろうか。私には一瞬もしくは数分だったが、他人の時間が半世紀単位で違う事は、前から分かっている。

#2028.8

訪問を告げるベルが鳴った。写真とアルバムを拾い、机の上に置いた私は、玄関で幸寿を出迎えた。

「早すぎたかな、手伝う事あるかと思ってさ。」

「いらっしゃい。私も今、整いました。」

75になる白髪の幸寿の目が、感極まったか潤んでいる。

「…和ちゃん?いや、お袋だ…」

黄色い訪問着の私は、変なキメ顔で応えた。


 寿和は晩年の癌を回避できなかったが、直さない手術を受けず、自宅でQOLを大事に生きる選択をした。葬式に代わる本日の「写真家:数奇寿和を偲ぶ会」は寿和自身のビデオメッセージで始まる。年齢も、病魔も、寿和から深みを増したチャーミングな笑みは奪えなかった。

「いい人生だった。」

ビデオの寿和の音頭で一同は乾杯し、歓談は留まる事を知らず続く。初盆、微笑む遺影の寿和に、何度もなみなみと日本酒が注がれた。

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