とある奇妙な一日

@aozora

第1話 危険は何処にでも潜んでいる

”ふぁ~っ”

思わず口から零れる大きな欠伸、上司の命令で急遽向かった現場のメンテナンス業務、あれ絶対忘れてて俺に押し付けただろう。

山田は作業着姿でデスクにふんぞり返る中年太鼓腹の上司の姿を思い返し、愚痴を漏らす。仕事自体はさして難しいものではないのだが、一言くらいあってもいいだろうと思うのは我が儘と言うものなのだろうか。

時刻は夕刻、落ちる太陽の日差しが目に差し込んで来てとても運転しずらい。山田は運転席のサンシェードを下げ影を作る。逢魔が時、薄暮の今は統計的にも一番事故が多いとされる時間帯、尚且つ交通量も多く少しの油断で大変な事故を起こしかねない。

信号待ちの僅かな時間を利用し、眠気覚ましのガムを口の中に放り込む。

”ウグッ”

思わずうなり声が口を衝く、この刺激的と言うか頬の奥がギッと引き攣る様な何とも表現しずらい味は何度食べても慣れない。からしの様な辛さとも、レモンの様な酸味とも、ワサビの様なツンとする感じとも違う独特の刺激。そのお陰で意識は覚めるんだけどこれってちょっとした嫌がらせだよな~。

安全には代えられないとその辺の不満は我慢、企業各社の研究が進んで一口でスッキリ爽やかな目覚めが得られる商品が出来てくれれば。嫌、駄目だ、そんなものが出来たら強制残業まっしぐらだ。

脳裏に浮かぶ中年太鼓腹上司の高笑い、何事も上手くは行かないものだとげんなりする山田。

走り続ける事暫し、ガムの効果は切れていないにも関わらずウトウトし始める脳。これは本格的にまずいと急いでコンビニの駐車場に飛び込み大きくため息を吐く山田。

”キキーーーッ”

「馬鹿野郎!!いくら横断歩道だからって飛び出してんじゃねえぞ!!」

「いえ、その、子供が、す、すみません!!」


どうやら先の信号で事故が起きそうだったらしい。マジで危なかった。あの眠気全開の俺だったら確実にき殺している所だったわ。

山田は怒鳴り声をあげてるおそらく男性であろうドライバーに称賛の念を送りながら、自身の幸運に感謝した。


でもマジで瞼が重い、これはちょっと仮眠が必要かもしれない。刺激系の目薬でも付ければどうにかなるか?本当はひと眠りした方が安全ではあるのだが、社会人の悲しい性が中々それを許さない。カバンから財布を取り出し車を降りてコンビニに向かう山田、自分の前には学生らしいブレザー姿の男子生徒と両脇を挟む女子生徒。


「もう、英雄ったら無茶し過ぎよ。あとちょっとあのドライバーさんの判断が遅かったら確実に轢かれてたんだからね。」

「そうですよ、英雄さんの勇気と優しさは素晴らしいですが、もう少し自身を大切にしてください。もしあなたが大怪我でも、いえ、亡くなりでもしたら私は。本当に危ない所だったんですよ?」

「ご、ごめんて、本当に反省してます。ただあの女の子が突然飛び出すもんだから身体が勝手に。もう二度とこういった事が無い様に十分気を付けます。」

「英雄、ちゃんと反省してよね。まぁあの女の子も無事だったし、もうこれ以上は言わないけど。」

「そうですね。でもあの子もどうして飛び出しちゃったのでしょう?本人も全く分かってないみたいでしたけど。」


う~わ、さっきの交通事故未遂の当事者だよ。そりゃそんなショックな事が起きたらまっすぐ家には帰らないか。彼らもこのコンビニで一度インターバルを取ると言った所なんだろう。

衝撃的な話しを聞いたからか、先ほどまでの強烈な眠気が一気に吹き飛んだ山田は、軽くパンとお茶でもいただいてから帰社するかと買い物の予定を変えるのだった。

”ブチッ”

突然何かが切れる音がして腕に巻いていた魔除けのブレスレットが弾け飛ぶ。

そして山田の腕から零れ落ちたそれはアスファルトの地面にぶつかりながら転がり、

”バチバチバチバチッ“

激しい電光のようなものを上げながら粉々に砕け散った。


うわ~、これ高いんだよ!、一万六千八百円したんだよ!ちょっとふざけるなよ、俺の翡翠のブレスレット~!!

突然の事態に呆気に取られつつも、目の前で無残な姿に変わった翡翠のブレスレットにガックリ膝を付く山田。そんな彼に奇異の目を向けながらも、そそくさとコンビニに入る学生たち。


それからどれくらいの時間が経ったのだろうか、駐車場の地面に座り込んでいた山田であったが、失ってしまったものをいつまでも気にしていても仕方がない。漸く気持ちの切り替えが済んだ彼が顔を上げ重い腰を持ち上げる。

随分と長い事座り込んでいたのか、法事の席で正座した後の様に生まれたての小鹿の様な足取りでコンビニに向かう山田。その無理が良くなかったのだろう。

”ドカッ”

ぶつかり共に足をもつれさせて転んだのは、キャップにサングラス、マスク姿のおそらく男性。

「す、すみません。」

急ぎ謝罪をし立ち上がろうとする山田、だが慌てている為か中々上手く立つ事が出来ない。

”カシャン”

えっ?

音のした方を見れば、アスファルトの上に転がる抜身のナイフ。

「ヒッ、ヒィ~!!」

地面を転がる様にして慌てて男性から離れる山田、一緒に倒れていた男性は”くそっ”と声を上げ転がっているナイフを拾おうとする。男性がナイフを拾い山田に向け突きつけた時、

”ドガッ”

大きな物音と共に顎から蹴り上げられ吹き飛ぶ男性。

”カランカランカランッ”

音を立てて駐車場を転がるナイフ、それをブレザーの制服を着た女子生徒がハンカチで包み拾い上げる。


「明日香、コンビニの店員さんに言って警察を呼んで貰える?後何か縛る物も。香織さんはそちらの男性に声を掛けてくれる?凄く怯えてると思うから。俺はこいつを見張ってる。」

「了解英雄、流石空手部のエース、見事な蹴りだ事。」

「分かりました英雄さん。その、大丈夫ですか?どこかお怪我などされてませんか。」

心配そうな表情で話し掛ける女子生徒に、何とか返事を返す山田。


「あぁ、どうもありがとう。お陰で助かったよ。幸い怪我はしてないさ。彼、凄く強いね。俺なんか逃げ出すのが精一杯で。本当に助かったよ、ありがとう。」

 

その後コンビニエンスストアからの通報で駆け付けた警察の手により犯人は逮捕、コンビニ強盗目的の衝動的犯行だったと言う。この事件で少年は警察より表彰され、山田は上司から嫌味は言われたものの、会社側から何か処罰を言い渡される様な事はなかった。




あ~、何で上手く行かないのよ!

ようやく見つけた勇者候補、これを逃したら星の並びの関係で今後千年は召喚出来ないって言うのに。

チャンスは三回、そのどれもがことごとく失敗って。王国には召喚の儀式を行う様に神託を下ろしちゃったし、これって大失敗って事じゃない、私に対する信仰心が~!!

とある異世界のとある空間、異世界勇者召還に大失敗し唸りを上げるとある存在。


世の中は様々な危険で溢れている。異世界転生者の為のおくりびとにされそうになったり、勇者召還に巻き込まれそうになったり、コンビニ強盗に勇敢に立ち向かって亡くなった勇気ある青年の魂を引き寄せる系の召還に巻き込まれそうになったり。そのどれもが一歩間違えれば現実になりそうだったこの状況。

ファンタジーは常にあなたを狙ってる、ご用心ご用心。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とある奇妙な一日 @aozora @aozora0433765378

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画