「カクヨムWeb小説短編賞2023」創作フェス2回目お題「危機一髪」用のブツ
木元宗
第1話
去年の最終日、つまり十二月三十一日の私は、デート当日にやらかした弟に助けを求められていました。
当時の私は、自宅でオンラインの対戦カードゲームをしていました。ランキングを賭けたガチバトルです。白熱した試合でした。お相手は現状最強と名高い超攻撃型デッキ、私はそれを倒す為だけに作った、相手が弾切れを起こすまで耐え忍ぶ防御力特化型デッキ。勝利を手にするのは矛か盾か。一秒も油断ならない戦いの最中、スマホが着信を知らせたのです。相手は弟でした。何故かテンションが低いです。
「今暇……?」
正直に言うと超忙しいのですが、私達姉弟とは雑談の為だけに電話はしない性分です。かつメッセージではなくわざわざ電話での連絡とは、何かしら発生した喫緊の問題の報告と、それを解決する為の相談である事が殆どなので、暇とは返しませんでした。声はやや不機嫌になりましたけれど。
「何?」
この試合落とすかも。
会話に気を取られてプレイングが乱れるのを感じました。
「あー実はさあ、ちょっと俺のパソコン見て欲しいんだけれど」
「パソコン?」
「ネットで水族館のチケット買ったんだけれど、チケット買ったアカウントのメールアドレスをスマホに連携してなくて、パソコンでしか見れないんだ」
弟は既に水族館に到着しているようで、話し声の後ろからは喧騒が聞こえます。入館しようとしてこの問題に気付いたんでしょう。それにその水族館に来た目的って、デートだったんじゃ。
弟は数日前から私に話していたんです。年末は彼女と水族館に行くんだって。着ていく服はこれで大丈夫かなとか。お前そこも大事だけれど入館ミスるっていきなりやらかしてんじゃねえよ。デート嘗めてんのか。私の大事な勝負も負け試合に傾かせやがって。
という怒りなど足元に及ばない程の強烈な焦りが噴き出しました。このどうしようもない弟とお付き合いして下さっている彼女さんを、こんなしょうもないミスでお待たせさせている! こうしちゃいられない!
「ちょっと待ってね」
あくまで冷静に返すと椅子から立ち上がりました。弟のパソコンは隣の部屋にあるんです。然し問題に気付きました。私が今やっているゲームはPCゲーム。試合中に離席するなんて有り得ません。然もお相手は現状最強。たとえ数秒でも目を離せば命を落とす。だからって、この試合が終わるまで待たせる訳にはいかない!
隣の部屋へ駆け込みました。めっちゃ散らかってて臭い弟の部屋です。終わってます。服とかハンガーとか空の缶チューハイとか紙パックの野菜ジュースとか落ちてる。くっさほんま。えげつな。掃除せえよ。カス。
それらを蹴散らしながらテーブルに近付き、弟のPCを立ち上げました。ロックもかけずに電源入りっ放し。パスワードを
「もしもし? どのアドレス?」
「一番上のやつ。多分チケットについてのメールが先頭にあると思う」
PCを操作しながら画面を見渡すとありました。オンラインのチケットショップからのメールです。その真下にはエロサイトでの購入通知メールが届いていました。燃え上がる私の使命感は水をぶっかけられたように冷めました。弟は用途に合わせてメールアドレスを小分けにしないタイプだったようです。そしてそのエロサイトとは、ゲームから競馬、英会話に投資等と、様々なオンラインサービスを提供している大手サイトの一部であり、私が熱戦を繰り広げていたゲームが配信されているサイトでもありました。私達は目的は違えど、同じサイトを利用していました。何か嫌でした。同じサイトという馴染みがある場所から買っている分、ああ、あそこかと分かってしまう自分も嫌でした。何か急に全部めんどくさくなって来て、水族館のチケットのメールじゃなくて、このエロサイトでの購入履歴メールを読み上げようかなって気分になって来ました。でも、「
「あった。転送するからスマホ用のアドレス教えて」
「分かった。確認するから一旦切る」
この遣り取りで何秒使った!?
あのゲームの一ターンの時間は約二分半。電話が切れると私は自室へ駆け出しました。PCの前で急停止すると、まだお相手のターン中です。然しもうすぐ終了して私のターンが来るでしょう。スマホには弟のアドレスがメッセージで来ました。次の私のターンまでに間に合うか? また弟の部屋に引き返し、見慣れないアルファベットの並びを打ち込んで送信し戻って来て、そこから今お相手が仕掛けようとしてるこの猛攻を耐える事が出来る?
直感が無理だと告げました。私は負ける。余所見しながら勝てるような相手じゃない。それでも、勝負は最後まで分からない! 凌ぎ切ってみせよう!
私のターンが回って来たSEを背に飛び出しました。弟のPCへアドレスを打ち込みます。見慣れない文字列の上にドメインまで私が使ってないもので打ち難い。焦りもあってタイプミスをしました。何とか入力を終えて、弟のスマホへ転送します。スマホで「送った」とメッセージも送ります。然し返信は「届いてない」。すぐさま「アドレスを打ち間違えたかもしれない。もう一回送るから待って」とやり直しますが、一回目と同じく届きません。過ぎ去っていく一秒一秒が敗北を連れて来る気分です。すると弟から「このアドレスにしてみて」と、別のアドレスを送信されます。そいつを打ち込んで転送ボタンを押しました。もう何秒使ったか分かりません。「送った」とスマホでメッセージを送りましたが、もう諦めていました。
すると少し遅れて、「届いた! ありがとう」と返信が。私は既読無視して自分の部屋へ駆け込みます。
よい一日を。
「カクヨムWeb小説短編賞2023」創作フェス2回目お題「危機一髪」用のブツ 木元宗 @go-rudennbatto
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