第2話 「思考開回路はショート寸前」
冬休みが明けるのがこんなに待ち遠しかったことなど、過去、一度も無い。凍える気温の中、時には雪が降る中登校しなければならないのなら、夏休みぐらい長くして欲しいと思っていたくらいだ。
なのに、新学期を指折り数えて迎えた今日は、なんと素晴らしい冬晴れなんだ。理想の君が纏うような澄んだ空気と、理想の君の笑顔のような明るい太陽。そして、俺と理想の君の再会を祝うような鳥たちのさえずり。早く会いたい気持ちが先走り過ぎて、いつもより2本も早い電車に乗ってしまったくらいだ。
誰もいない教室の窓から、校門をくぐり校舎内へと入って来る人達を観察しながら、ツインテールを探す。
けれど、2.0の視力を持ってしても、ツインテールは見つからなかった。
「新学期早々、暗いよ芦屋、おはよ~」
冷たい窓枠にシャープな顎を乗せて落ち込んでいる俺の左肩に重みを感じた。
「城崎のパーソナルスペースはいったい、何mmなのか教えてくれ」
「もう、『おはよう」には『おはよう』って返すんだって、何度言ったら理解できるの?それに、私のパーソナルスペースはmm単位ではありません」
「俺のパーソナルスペースは1mだ。覚えろ」
城崎の顔も見ず左肩にのった城崎の顔を押しのけて、自ら快適空間を作り出す。
「そう言えば、理想の君は私のクラスメイトよ。普段はツインテールじゃ無くて、ポニーテールにしてるわ」
「何!それを早く言えよ」
「じゃ、私のクラスまで会いにきてね~」
城崎は俺のクラスメイト達に、にこやかに挨拶をしながら、泳ぐように教室を出て行った。俺は追いかけるように席を立ったが、城崎と入れ替わるように藤本が寝癖だらけの髪を振り乱して俺の肩を掴んで懇願した。
「数学の宿題が終わらなかった。どうか、お慈悲を」
「何度言ったら分かるんだ。俺の完璧な答えを写したとて、その場しのぎにしかならねぇんだよ。それなら、先生に頭下げて、提出日を遅らせてもらえ。その間に、俺が懇切丁寧に教えてやるよ」
「むむ。正論過ぎて言い返す言葉も浮かなばいが、そんな真っ当な方法では、進級も危うくなる。ここは一つ、理想の君の情報で手を打ってはくれぬか」
「何?さっき、城崎が同じクラスだと言っていたけど、それ以外の情報なんだろうな」
「もちろん。理想の君は…カエル様らしい」
「カエル?何だ?それ」
「詳しくは、宿題を写した後だ」
俺は正義感と探求心を心の天秤にかけたが、一瞬で探求心が勝ってしまい、渋々数学の宿題を藤本に渡した。
「恩に切る!」
藤本は猪のように教室を飛び出して行った。
カエル様とは何なのか?
容姿はカエルとは結び付かないほどに可憐なので、名前がカエル?もしくは、前世がカエル?それとも、単にカエルが好きなのか?
謎のワードを置いて行った藤本のせいで、一歩も動けないまま始業のチャイムが鳴った。先生の言葉もクラスメイト達の声も入って来ないほど悶々とした妄想が頭の中を駆け巡り、今まさに思考回路がショートするという時に、終業のチャイムが鳴った。
その音で、何とか現実戻った俺は、見つからなかった答えを求めて、城崎の教室を訪れた。
「やだ、芦屋。熱でも出た?」
俺が理想の君を見つける前に、城崎が目の前に現れて、冷たい手を俺のおでこに当てた。
「冷たい、触るな。城崎に用は無い」
「まぁ、つれない。理想の君は日直だから先生のお供で職員室に行ったわよ」
「何?なんて切ないすれ違いなんだ。まるで韓国ドラマのような展開じゃねーか」
「いやいや、ただ、芦屋の間が悪いだけだから」
「そんな事より、カエル様。とはどういう意味だ?」
「あら、もうそんな情報が入ったの?」
「藤本が数学の宿題を見せる代わりに置いて行ったワードだ」
「ずるい、藤本。じゃあ、私は、英語の宿題を希望するわ」
「はぁ?だから、何度言ったら分かるんだ。勉強は間違ってもいいから自力で解くことに意味があるんだよ。問題を通して、自分が理解していない個所を見つけて、克服する。その為の宿題なんだ。写したところで城崎の為になんねーんだよ」
「ごもっとも。さすが芦屋。常に成績上位にはいるけど、1位にはなれない人の言う事は実感がこもってて響くわ~。じゃあ、カエル様の答えと交換で」
もはや心の天秤など使うことなく、俺は自分の教室に引き返し鞄の中らか英語の宿題を取り出した。
「はい、ありがと」
城崎はピッタリと俺の後について来ていて、取り出したばかりの英語の宿題を伝説のスリのような速さで取り上げると、鼻が触れ合うほど近くで答えを言った。
「カエル様とは…蛙化現象の事であ~る」
「蛙化現象?」
「詳しくは、スマホに教えてもらって」
城崎は俺のクラスメイト達に手を振りながら、泳ぐように教室を出て行った。
俺は直ぐにスマホに教えを乞うた。
蛙化現象=好意を持つ相手が自分に対して好意を持ていると分かると、その相手に嫌悪感を抱いてしまう現象。
神様、仏様、お月様。なぜ俺にこんな試練を与えるのですか!
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