「危機一髪」

佐倉井 月子

第1話 「今すぐ会いたいたいよ」

 生まれた時から現在までの17年間隣に居る幼馴染の藤本が、一目惚れをして、失恋した。

 あの自己中心的で感情が欠如しているいけ好かない藤本が、恋する乙女の顔をしてニヤニヤする姿は気でも狂ったのかと思ったが、完膚なきまでに振られて涙を流した姿を見た時、こいつを慰めてやれるのは俺だけだと思った。なのに、俺の仏の慈悲を土足で踏みつけたのは、高校入学早々から藤本にやたらと絡む、コミ力お化けの城崎。俺と藤本の手を掴んでカラオケボックスに押し込むと、傷口に塩を塗り込むように、失恋ソングを流しやがった。けれど、藤本は止まらない涙と鼻水を拭う事もせず、音程を外しながら歌い出した。

 おいおい、この状況で、歌うのか?

 半ば呆れながら、いつも鞄に入れてある柔らか素材のポケットティッシュを取り出して、藤本の鼻水を拭いてやった。それは、幼稚園の時、毎朝母親と離れられなくて大泣きしていた藤本に、毎日してやっていたことなので、体が勝手に動いたのだ。

 ただの幼馴染で面倒くさいヤツという位置にしかいなかった藤本は、「芦屋は藤本の友達だ」とサラっと言ってのけた城崎のせいで、俺の友達になり。「藤本の友達の芦屋と、藤本の友達の私は友達なのだ」という城崎の勝手な解釈のせいで、城崎まで俺の友達になってしまった。

 全く友達なんて、通信ゲームの中だけで十分だったのに、面倒くさい。

 「おい、何ニヤけてるんだ、芦屋。そんなに、コスプレ撮影会が楽しみなのか?」

 新年早々、炬燵に潜ってゲームをしている俺を、人さらいの勢いで藤本と城崎に連れ出されて寒空の下やって来たのは、近所の商店街でのお正月イベントの、コスプレ撮影会。

 これは、コスプレをしている人を撮るのでは無く、無料で貸し出されている衣装を着て、商店街の名前が入ったダサい看板の前で写真が撮れるという、子供騙しなイベントなのだが、二人はやる気満々で衣装を選んでいる。

 「何で俺までコスプレしなきゃなんねーんだよ。写真係でいいよ」

 「馬鹿か。馬鹿なんだな、芦屋は」

 「は?成績は常に藤本より上をキープしている俺に、どの口が言ってるんだ?」

 「勉強が出来ても、馬鹿は馬鹿なんだよ。人生とは机上の空論の通りには進まないと、何度言ったら理解できるんだ、この童顔妄想野郎」

 「おい、それはケンカを売っているのか?そうだな。そうなんだな!」

 「はい、はい、はい。公衆の面前でじゃれ合わない。冬休み前のディベート大会で散々やり合ったでしょ」

 「言葉のチョイスがおかしいぞ、城崎。私と芦屋はじゃれ合っているのでは無く、議論しているのだ、馬鹿について」

 「そうだ城崎。いつも変な間で入って来て、話しの方向性を変えるんじゃねぇ」

 「はいはい。と言う事で、この衣装に決まり!」

 俺の話を無視して城崎が手渡したのは、学ランだった。

 藤本には臙脂色のジャージ。そして、城崎はセーラー服。

 「よりによって、制服って。現役高校生の俺らが、何でわざわざコスプレで制服着なきゃなんねぇんだよ」

 「確かに。それにこのジャージとセーラー服は、私と芦屋が卒業した中学校の物だな」

 「えー、そうなのいいなぁ。私、中学の時もブレザーだったから、セーラー服着てみたかったんだよね」

 「仕方ない。私と芦屋は時が戻るだけだが、城崎の夢を叶えてやるとしよう」

 「やった!じゃ、直ぐに着替えて、ここに集合ね。よーいスタート!」

 城崎はまた俺の意見を無視して事を進めた。藤本と城崎は素早く女性用の更衣室に入って行ったので、俺も仕方なく男性用の更衣室に入って着替えた。

 衣装の学ランは俺には少し大きくて、もう高校2年生なのに、どうせすぐ大きくなるのだからとわざと大きめの制服を着せられて入学した中学1年生のように見えた。

 この姿を写真に収められるのかと思うと、気持ちは下がる一方なのだが、藤本と城崎の楽しそうな顔を見てしまった後では、写真の一枚くらいなら我慢してやるかという、仏の慈悲が沸き起こった。

 集合場所に戻ると、藤本と城崎は既に来ており藤本が城崎の髪を二つに分けて括っているところだった。

 「おい。そんな髪型にしても、歳は誤魔化せないぞ」

 「おぉ芦屋。もはや中学生にしか見えない成り切り振り、さすがだ」

 「藤本のジャージ姿も、隠しきれないセンスの無さが遺憾なく発揮されてるな」

 「久しぶりの母校のジャージは、何故かテンションが上がるな」

 「ニヤつくな、気持ち悪い。それより、城崎のセーラー服、サイズが小さすぎないか?」

 「そうなんだよね。今まで隠してきたダイナマイトボディーが露わになっちゃう」

 白いセーラー服の上着はウエストギリギリのところまでしか無く、紺色のプリーツスカートも太ももが見えるくらい短い。それは中学生というより、娘の制服をこっそり着てみた母親のように見えて、何だか見てはいけないものを見てしまった気分になる。

 「これは、お目汚しどころの話じゃねーな。さっさと写真を撮って、早く着替えろ」

 「ちょっと、失礼過ぎない?自分だけリアル中学生に見えるからって」

 「うるせぇ!ツインテールなんてしても、痛々しいだけだ、ほら、さっさと撮るぞ」

 俺たちはそれぞれに言い合いながらも、係の人にスマホを渡し、何ポーズか写真を撮ってもらい、次に着る衣装を選んでいた。

 「城崎は何で、ツインテールにしたんだ、全然似合ってないぞ」

 お正月なので、次は着物で撮ろうと言う事になり、衣装を選びながら気になっていた事を聞いた。

 「何か藤本が、セーラー服にはツインテールだ。って言うから」

 「城崎のセーラー服姿を見た時、芦屋の理想の君を思い出したのだ」

 「はぁ?俺の理想の君は、こんなお目汚しじゃねーよ。もっと清楚で、明るくて、可愛くて、純粋な女の子なんだよ」

 「おいおい、それは。私は、不潔で、暗くて、醜く、邪悪な女の子だと言ってるのかしら?酷くない?」

 「いくら城崎がデリカシーの無いコミ力お化けでも、それは言い過ぎだぞ、芦屋。所詮、芦屋の理想の君は二次元にしか存在しないのだから」

 「うるさい、俺の理想の君は絶対存在する。それまで恋なんてしねーんだよ。」

 「なんと哀れな現実逃避。存在するなら、お会いしたものだ」

 そんなの俺の方が、今すぐ会いたいわ!

 「芦屋は恋に傷つくことを恐れて、現実に目を向けられないのね。失恋しても私たちが慰めてあげるから、怖がらないで。ところで、このセーラー服にツインテールって、もしかして。月に変わって…」

 「わぁー!!止めろ、止めろ!これ以上理想の君を汚すな!」

 俺は必死に城崎の口を手で押さえて、言葉を止めた。

 「月に変わって、お仕置きよ!」

 なのに、背後から完璧なセリフが聞こえた。

 「だから!…」

 鬼の形相で振り返ったら、そこには理想の君がいた。

 「あの、芦屋君と藤本さんですよね。校内ディベート大会拝見してました。とっても面白かったです。特に芦屋君、こんなに童顔なのに次から次へと辛辣な言葉が飛び出して、ギャップがヤバかったです。ファンになりました。握手してください」

 明るく染めた髪を高らかなツインテールにして、ミニスカートのセーラー服のコスプレ衣装を着ている姿は、幼い頃から心に決めていた、理想の君、そのままだった。

 理想の君に言われるまま差し出した手を握られて、そのままピッタリを寄り添いながら自撮りのツーショット写真を撮られ、「ありがとうございました」とお礼を言われて手を振られたので、それに倣い俺も手を振った。

 「おい、おい、おい!芦屋、戻って来い。現実はこっちだ、戻って来い」誰かに脳みそが揺れるほど揺さぶられているが、俺はまだ見えなくなった理想の君の後ろ姿を見つめている。

 パチン!

 理想の君の残像を叩っ切るように目の前で手を叩かれて、目が覚めた。

 「やっぱり、芦屋の理想の君は、セーラームーンだったのね」

 「な、何故それが分かった」

 「この状況で分からない人は、セーラームーンを知らない人か、視界に芦屋が入っていない人だけだわ」

 「芦屋もついに、恋に落ちたか」

 ニヤニヤとした顔が二つ、俺のパーソナルスペースを侵して近づいてきた。

 

 

 

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