はじまり
安東アオ
第1話
待ちに待った時間まであと数分となった。
今日は推しのヒロトが出演する連続ドラマの初回放送日。早めにお風呂を済ませ、温かいココアを用意して準備万端。
「穂乃香、 宿題写させて」
バァンと勢いよく部屋のドアが開いて、冷気と共に入って来たのは隣に住む絢斗だった。前から何かと意地悪してくるけど、まさかこんな時間にやってくるなんて。
からかわれるのが目に見えてたから、推しが出来たことを内緒にしてたのに何て奴。早く追い出さなくちゃ。
「……鞄の中に入ってるから自分で取って」
「りょーかい」
始まるまで少しだけ時間がある。それまでに出ていってもらえば問題ない。そう思ったのに、ローテーブルの傍に座ってノートを開いていた。邪魔でテレビが見えないんですけど。
「ちょっと、何でそこで写すの? 明日学校で返してくれればいいから自分の家でやってよ」
「めんどいからヤダ。すぐ終わるんだから別にいいだろ」
「同じクラスなのに面倒なはずないでしょ! とにかく今日は帰って」
焦るあたしの声を無視して、シャープペンシルを動かしていく。テレビの横に置いてあるデジタル時計は、もうすぐ十時を知らせようとしていた。
あぁ、ダメだ。時間切れ……
ゆっくり一人で観たいから、泣く泣くテレビ画面を消した。録画しているけどリアルタイムで観たかったのに。バカ。嫌い。
「ドラマ観るんじゃなかったのかよ? 穂乃香の好きなナントカ君が出るんだろ?」
「はぁ? それが分かっていてこの時間に来たわけ!? って、何でそのこと知って……」
あたしの顔を見て絢斗がフッと笑った。
ほら、やっぱり馬鹿にされた。だから知られたくなかったのに。
「ヒロトとアヤトって似てるよな」
「え、何? 名前だけなら似てるような気もするけど」
「だったら俺で良くない?」
この日から推しのヒロトを見ると絢斗の顔が浮かぶようになった。尊い時間になるはずだった火曜の夜十時、嫌でも思い出してしまうこととなる。
ただの幼なじみだった、あたし達の関係が変わろうとしていた。
はじまり 安東アオ @ando_ao
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