第7話 ハチ

 僕は、思い切って、このお店でキャラメルを買った時のことを話してみた。

 ありえないことだけど、小さなおばあさんはハチだったように思うってことも……。


 男の人は真剣に聞いてくれたあと、優しい声で僕に言った。


「話してくれてありがとう。僕も君が見たのはハチだと思う。小さい頃、色々あって、僕はおばあちゃんちにしばらく預けられてたんだ。おばあちゃんはお菓子づくりが得意でね。ハチは、いつも、おばあちゃんがお菓子を作るのをじっと見てた。そういえば、おばあちゃんは時々キャラメルも作ってくれたんだけど、僕が食べてると、よくハチが寄ってきたっけ」


「ハチ、食べたかったのかな……?」


「うん、そうだと思う。うらやましそうに見てたから。……僕は、このお店が大好きで、おばあちゃんから引き継いだ。でもね、お店をやっていく自信ができるまで、随分、時間がかかったんだ。で、やっと、覚悟が決まったから、今、準備しているところ」


「お店って……時計屋さんをするんですか?」


 男の人は首を横に振った。


「いや、洋菓子のお店だよ。ハチは僕がお店を開くまで、ここを守ってくれてたんだと思う」


 僕は10円玉が沢山入った小さなかごを見ながら、つぶやいた。


「じゃあ、これって開店資金とか……?」


「なるほど、そうかも……。ハチって、すごく、しっかりした猫で、僕のことを弟くらいに思ってたから。僕のために貯めてくれてたんだろうね。やっと役目が終わって、今頃は、おばあちゃんを追いかけて旅にでたのかな……。あ、そうだ。これ、食べてみて」


 男の人はエプロンのポケットから何かをとりだして、僕に差しだした。


「え、キャラメル?」


 男の人が、うなずいた。

 

 僕は透明の包み紙をはがして、口にいれてみる。


 昨日のキャラメルよりは少し固い。

 でも、なめていると、どんどんやわらかくなって、優しい甘さが口いっぱいにひろがった。


「おいしい!」


「ありがとう。……そうだ。来月、お店がオープンしたら、食べに来て。ハチのキャラメルを食べた君に僕の洋菓子も食べて欲しいからね。ハチには絶対負けないよ」

 

 そう言って、男の人は楽しそうに笑った。



 


 一か月後。

 ゆうすけが一枚のちらしを僕に見せてきた。


「ここ、うちの近所なんだけど、10円のお菓子があるんだって! 学校が終わったら、行ってみない?」


 

  洋菓子ハチ、本日オープン! 

  オープン記念で10円のお菓子もあります。

  ハチキャラメルもプレゼント!



 あ! お店、オープンしたんだ!


 放課後、僕はゆうすけと一緒にお店へと走った。

 きれいになったお店は、沢山のお客さんでにぎやかだ。


 ふと、ショーウインドーの前で足がとまった。

 ピカピカに磨き上げられたショーウインドーには、大きなお皿にキャラメルが山のように盛られている。


 そして、その横には、あの置時計があった。

 以前は、色がくすんでいたけれど、今はきれいに磨かれ、青く光っている。

 針も元気よくまわっていた。


 もう8時のままじゃない。

 新しい時間が動きだしたんだ。




 おわり




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時計屋 水無月 あん @minazuki8

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