婚約破棄された聖女は国外逃亡する

桐原まどか

婚約破棄された聖女は国外逃亡する



「貴様は偽者だ!リリス・エティーシア!」

王城に呼ばれ、婚約者たる王子・ジェフから、唐突に指を突き付けられ、叫ばれた、聖女・リリスはきょとんとなった。

状況がまるで分からなかったのだ。

十四歳の時に、神官の占いだとかで、〈聖女認定〉され、田舎で両親と兄とのんびり暮らしていたのを、あれよあれよと王都に連れて来られ、〈聖女〉は王族と婚姻を、と勝手に婚約させられ…。

そして、四年経ったいま。

「貴様との婚約は破棄だ!私は〈真の〉聖女、ミーチェと婚姻を結ぶ!」

あまりの急展開に、些かぼうっとしていたリリスだが、その言葉にすとんと腑に落ちた。なるほどー、そういう訳ですか。

王子・ジェフが自分との婚姻を嫌がってる節は感じていた。最もリリスとて、自ら望んだ訳では無いので、気分は良くなかった。

おまけに。

―偽者ですって?

勝手に選んでおいて、散々こき使っておいて。へぇー。

静かにブチ切れたリリスは

「ジェフ様の仰りたい事は分かりました。婚約破棄ですね?受け入れます。それからわたしが偽者ならば、いなくなっても問題無いですよね?田舎の家族の元に帰らせていただきます」

一息に言ってのけ、そのまま、王城を跡にした。その足で教会に戻り、修道長に事情を説明し、田舎に帰った。


「リリス!おかえり!!」

両親と兄、それから兄嫁が口々に歓迎してくれた。

とても嬉しかった。だが、のんびり再会を喜んでいる場合ではなかった。

「お父さんお母さん、それにお兄ちゃんたち、いまからわたしの言う事をよく聞いて」


聖女・リリスに婚約破棄を言い渡した、王子・ジェフは気抜けしていた。もっと喚いたり、騒いだりされると思っていたのだ。

まぁ、いい。あんな田舎の娘がこなせていた仕事だ。魔術師の家系の生まれのミーチェに出来ないはずがない。

ほくそ笑むジェフの元に、しかし、信じられない情報が飛び込んで来た。


「お父さんたちが反対する気持ちも分かるわ。でもね、わたしは勝手に〈聖女〉にされて、勝手に〈婚約〉されて、〈破棄〉されたの。こんな侮辱ってある?」

愛娘の言葉に両親は揺らいでいた。

リリスが〈聖女〉の魔力ちからで国中を覆っていた結界。王都を去る際にそれらをすべていてきたのだ。

これからどんな災いが、この国に起こるのか? それはリリスにも分からない。だから。

「わたしはもう〈ひとりの〉女の子よ。どこに行こうと自由だわ。ね、みんなで隣国に行きましょう? エィティの家族だっているんだし」

エィティとは兄嫁の名だ。彼女は隣国から旅行に来ていた際、偶然知り合った兄と恋に落ち、結婚したのだ。

兄たちもそれぞれの顔を見合わせている。


ジェフの元に飛び込んで来た情報。

国中を覆っていた結界が無くなった事を察した敵国が、一斉攻撃の準備をし、宣戦布告してきた、というものだった。

「ミーチェ…いや〈聖女〉はどうした?」

「恐れながら王子様…彼女には国中を覆う〈結界〉を張る魔力ちからはありません。神官様の仰せです。急ぎ、リリス様を呼び戻し、再び…」

「ふざけるな!」

みなまで言わせず、怒鳴りつけた。

あんな田舎の娘が、と目眩を覚えた。



「よくぞ、我が国に来てくださいましたな。聖女・リリス。歓迎いたしますぞ」

一家全員で隣国―表面的には友好国であるものの、実は領地支配を狙っていた―に、無事辿り着いた、リリス一行は、隣国の王城で手厚く迎えられていた。

出されたお茶とお菓子もそこそこに、リリスは話の口火を切った。

リリスが望んだ事は、家族全員の保護だった。交換条件は自分が、この国の〈聖女〉として働く事。実はこの国の〈聖女〉はそろそろ代替わりの時期なのだ。生まれた〈聖女〉はまだ幼く、彼女の魔力ちからが安定するまで、と。

隣国の国王は鷹揚おうようだった。

「そんな事をせずとも…ですが、リリス様の申し入れならば、喜んで」

こうして、リリスたちは隣国に迎え入れられた。


その後、元々リリスたちがいた国は、敵国に侵攻された。

ミーチェは結界を張るどころか、逃げ出そうとしたそうだ。

ジェフたち、王族の多くは殺された、と聞いた。かすかに良心が痛んだが、自分がされた仕打ちを思い出して、打ち消した。

いま、リリスは幼い〈聖女〉と共に、自分の意志で〈聖女〉として働いている。

それはとても気持ちが良く、毎日が楽しかった。家族たちも幸せにやっている。

―ここに来て、良かった…。

無理な婚約もさせられない。

ある程度ならば、自由に振る舞える。

いつか、お役御免の時が来たら、恋とかしてみたいな。

そんな乙女な(実際、乙女な訳だが)事を考え、ふふふ、と笑みをこぼすリリスだった。

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婚約破棄された聖女は国外逃亡する 桐原まどか @madoka-k10

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