バンドやろうか!

柴田 恭太朗

S.T.A.R.T.のはじまり

 文化祭が差し迫った高校の音楽室でのことである。


「ゆうべ、バンドの名前を考えたんだ」

 ギターのタカが手を挙げた。オレたち三人は『またかよ』という顔で互いの顔を見合わせる。ヤツの提案はこれで三回目、いや四回目だったかな? とにかく、そんな具合にバンド名がコロコロと変わるので、タカを除くバンドメンバーはいい加減あきれ果てていた。


 当のタカはオレたちの反応に気づくこともなく、いや気づかないフリをしているのかチューインガムをチョッチョッチョとせわしく噛みながら言葉をつづける。


S.T.A.R.T.スタートっていうのはどう? Sonic Trails Across Radiant Terrainの頭文字だ」

「なんだそれ」と、ドラムのノブが鼻を鳴らし、

「タカが英語をしゃべった」ベースのテツが笑う。

「輝く大地を越えて音はたなびく……? ははぁ~ん、さてはAI使ったな?」と、ボーカル兼サイドギターのオレ。


「正解。AIなしには生きていけない時代だもん。文化祭が俺らの初舞台だし、なんかS.T.A.R.T.スタートって響きがピッタリだと思わん?」

「思わん」

 オレたちはクルリとタカに背を向けると、声をそろえた。


 音楽室での練習時間はたった三十分。防音の音楽室はバンドの練習場所として人気があり、競争率が高いのだ。割り当てられた時間が終われば、次のグループに明け渡さなねばならない。急いで機材セッティングをしないと練習時間がなくなる。タカのきまぐれに付き合っているヒマはない。


「このままだと俺たち『トンデモ楽団』って名前で文化祭デビューすることになるけど、それでいいんか?」

 オレたちの手がピタリと止まった。

「いま『トンデモ楽団』って聞こえたような気がする」

 オレは震えた。タカの恐ろしさに。先週、ヤツが気まぐれで言い出した『スターライダーズ』にバンド名を変更したばかりではないか。オレたちも、改名はこれが最後だよと念押しした上で、渋々それを承認したのだ。それなのに、ああそれなのに。


「そう、文化祭の出演報告書にそう書いて提出した」

 彼は両手の人差し指を使って、空中にA4サイズの用紙を描いてみせた。

「出演だな、それは」

 適当すぎるタカの間違いに脱力しつつも、脊髄反射でツッコんでしまうオレ。


「とにかく今日中に訂正しないと、俺たちのバンド名は文化祭のパンフレットに『トンデモ楽団』と印刷されるから。そのつもりで」

 タカはシレっと言い置くと、ギターのストラップを肩に回し調弦をはじめる。


 オレとノブとテツは顔を見合わせ、タカから力まかせにギターを奪い取った。

「もうS.T.A.R.T.スタートでいいから、いますぐ訂正して来てくれ!」


 どうしてオレたちが、こんな適当な性格で極楽トンボなタカとバンドを組んでいるかといえば、それはひとえにタカのギターテクニックが素晴らしいからである。ほかに取り柄がないぶん、すべての能力がギターテクに集約されたような高校生なのだ。たぶんタカはギターひとつで人生をうまく渡っていける男、オレにはそんな予感がした。オレの予感は意外に当たる。


 ◇


――翌日。

「そんな予感がしたんだ」

 オレは予感が外れたので強がってみた。予感は予感でしかない、そういうことだってあるだろう。なにせ事態はオレの予想を超えていたのだから、いや、ありがちな展開すぎて想像を下回ったと言うべきか。


「文化祭の前日にタカが『黄金の左腕さわん』をケガするとはな」

 状況説明的なセリフを口にしてドラムのノブが肩を落とす。丸刈り頭にずんぐり体形の彼が肩を落とすと、そのシルエットはダルマに似ている。

「100%相手のタクシーが悪いんだってよ。ま、向こうに責任があったとしても、タカの左手が治るわけじゃなし」

 テツがベースのソフトケースを開いたところで手をとめた。どのみちギターがいなければ練習にならないことに気づいたようだ。


――どうしようもない。

 これまで積み重ねてきた練習がすべて無になる。オレたちは暗澹たる気分で音楽室の床を見つめた。


 そのときキィという微かな金属音がした。ハッと音の方向を見ると、音楽室の分厚い防音扉がゆっくりと開いていく。

 皆の眼が入口に注目するなか、扉を開けて出てきたのはダンボールの塊だった。


 いや塊というのは正確ではない。それはダンボール箱をいくつも組み合わせて作られた出来の悪いヒト型ロボットだ。ありあわせの箱を使ったのか、あるものにはAmazonのロゴが印刷され、またあるものは『友情スナック』という子ども向け菓子のイラストが描かれている。

 その奇妙なダンボールロボットがギターケースを抱えて音楽室に入ってきた。


 言葉を失って見守るオレたちをしり目に、ロボットはギターを取り出し構えようとする。しかしストラップが絡まって、うまく頭をくぐらせることができずもがいている。オレは手伝おうとして途中でやめた。そもそもロボットの頭が大きすぎて、ストラップが通るハズがないからだ。


 ロボットはストラップをあきらめたのか、そのままギターを手に抱え、直立姿勢で弾き始めた。ロボットは、ご丁寧にすべてダンボールで出来ている指を器用に操って、リードギターのフレーズをかなでている。


 それはオレたちが明日演奏する曲だった。しかも上手い、いや上手いどころか超絶技巧である。ロボットの熱演は続く。誇らしげにそらした胸には『友情スナック』のイラスト。ギターの高速リフに友情の押箔文字がまぶしく煌めく。このロボットは……下手するとタカを超えるスーパーギタリストかもしれない。そうオレが思ったところで、ノブが素っ頓狂な声を上げた。


「コイツ、タカだよ! ほら上履きに名前が書いてある」

 ダンボールロボットの足元を見ると、ノブが言うとおり学校指定の上履きを履いているではないか。ロボットのくせに。しかも、長く洗っていない薄汚れた表面に『Taka♡』の文字。見慣れた臭そうなタカの上履きだ。


「タカ、お前ふざけんなよ、ケガしたって聞いたから驚いたぜ」

 オレはツッコミよろしくロボットの肩を指先でこづいた。指が弾いたダンボール箱からは意外なほど空虚な音が返ってくる。


 ふたたび音楽室の扉がキィと鳴った。

「遅れて悪りぃ、上履きがどっかいっちゃってよ」

 重い扉を肩で押し開けて入ってきたのは、タカだった。左腕を白いギプスで固め、首から回した包帯で痛々しそうに吊っている。足に履いているのは緑色した来客用スリッパだ。


「じゃあ、中に入っているのは誰だ」

 テツが皆の疑問を代弁した。


――これがタカでないなら、いったい誰なのだろう?


 タカの入室と同時にギター演奏を中止したダンボールロボットは、皆の視線を集めたまま微動だにしない。顔に書かれたAmazonのロゴが、何かをたくらむように口角を吊り上げ、不気味に微笑んでいる。


「そのロボットは俺の相棒。AIで動いてるんだ」

 のんきな声が静寂を破った。タカだ。

「ちょっと待て。ロボットっていったら、それはSFの範疇じゃないか。現実のオレたちの世界に闖入ちんにゅうしてくるなんて、それはもう……」

 オレはイヤな予感がした。何度も言うがオレの予感は当たるのだ。


「キミの考えは遅れてるゾ、AIは現代のアイテムだろ。かつてはスマホだってSFの世界に属するものだったことを考えてみ?」

 オレは思った。それはそうかもしれない。すでにAI駆動のロボットは現代の物語に参加してもおかしくない立派な登場人物なのだ。


 時代考証はさておき、まずは現実を優先しなければ。明日、文化祭のステージを控えた我々が選り好みをしている余地があるだろうか? いやない。それが答えだ。


 ◇


 オレたちのバンドS.T.A.R.T.スタート feat. AIが、翌日の文化祭で華々しいデビューを飾ったことは言うまでもない。


 もちろんギタリストはダンボールで出来たAIロボット、ヤツが観客の一番人気をさらっていったことが悔しいといえば悔しいけど、まあいいか。


 すでにそんな時代がスタートしているのだから。


 おしまい

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バンドやろうか! 柴田 恭太朗 @sofia_2020

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