隣気

釣ール

気配の共存

 不動産屋で何度も迷って住むことにしたこの部屋。


 二人で過ごそうと引っ越してきたはいいものの金欠で恋愛どころではなかった。


 アイコもイツキも同棲生活が長いからか結婚の手続きを踏むのが面倒でなんとか低予算でこのまま暮らせないか副業を探し、動画配信も始めた。

 今時夫婦配信者なんて腐るほどいる。


「ルームシェア生活なんとか充実させられないかな?」


「同棲って言うよりそっちの方が洒落てる。

 まずは副業を探そう。」


 隣室が空き家らしく、多少うるさくてもいいから今は気楽だ。


 隣室は何年か誰もいなくて、防犯カメラまで備えてある徹底ぶりだから少し安心していた。

 五階だし見張りもしやすい。


 たまたまもう一つ隣の人も優しそうで選べないご近所づきあいも淡白で終われそうだ。


 副業前提で、あらゆるフィクションで行われる営みは資金繰りの成功の果てでやっと取りかかれる。


「違反になるかわからないけど隣室からなんか変な気配がするんだよね。」


「今時霊感?まあ、何か取れたらバズれるからいいけど。

 でも、加工するお金もないし引っ越して早々罰則とか引っかかりたくないからうまくやってよ。」


 手段を選べるものなら選びたいが、かといって金欠を凌ぐにはやむを得ない。


 それとイツキは毎晩隣室から気配がすると言っていて不気味だったから流していたが、人の気配ではないらしいのだ。


 まさか隣は事故物件?

 やばい事件から犯人が現場に戻ってきそう。

 だから防犯カメラがあると大家さんが言っていたのだが。


 隣室への撮影はごく自然な形がいい。

 二人は隣室近くで意味もなくホームビデオを取っている演技をした。


「念願叶った一室でぇす。

 ほら、笑ってみて。」


「怖くない?そんな強制する笑顔とか。」


「それぐらいしかうまく言えなくて。」


「え?別にボギャブラリーなんていま求めてない。」


 茶番だ。

 適当な会話はセオリーなのだから。

 とにかく自然体で撮影していると


 バン!


 隣室の扉が勢いよく開いた。


 え?

 な、何?


 しかもその瞬間は撮り逃した。

 無理だ。

 DVDの人達みたいにとっさにカメラを構えるなんて。


 アイコは隣室から目を離さず凝視している。

 イツキはカメラを回しながら隣室を覗くとあの気配が襲ってきた。


 壁を貫通してまでこちらの様子を伺うだれかを。


 霊現象は思ったよりあっさり終わったので逆に拍子抜けした。


 それにアイコは何かを目撃してしまった。

 なおのこと金欠を解決したほうが良さそうだ。

 ここで長く暮らす必要も無くなったので。



 隣室はいまなお空き家になっている。

 なぜ自分達はその部屋を避けたか気になっている人もいるかもしれないから答えておこう。


 下見で察してしまっていたからだ。

 あとは大人の事情。


 はあ。

 なんでこんな時に金がないんだ。

 一番怖いのは金欠なのだから。

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隣気 釣ール @pixixy1O

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