完結話 勇者は魔王に夜這われる
「――お前は、一体誰だ?」
そう言われた瞬間、戦慄が走った。
俺の正体を知る者が
「……どういう意味だ?」
しかし、その恐怖心は目に見えないところへと仕舞いこみ、平常心を何とか取り繕うが、次のゼローグの言葉にて俺の嘘は全て剥ぎ取られてしまう事となる。
「……どういう意味、か……。そうだな……僕こそが本物のエーデル・アストロズだと言って、これでもまだ言っている意味が分からないか?」
そう言われてようやく、なるほどなと、事のあらましを悟った。
これまで我が身に起きた不可思議な現象の辻褄が線と線で繋がったのだ。
一部推察も入るが、つまりは、この体の元の持ち主――エーデル・アストロズの人格はゼローグの体へと移っていた、という事だろう。
〝俺〟が加藤謙也の体からエーデル・アストロズの体へと移ったのと同じように。
言い換えれば〝乗っ取った〟とも言える。
そうだ。
不可抗力だったとはいえ、〝俺〟という存在が、エーデルの人格を外へと追いやったのだ。
こちらを見るその表情はまるで、『返せ!!』と詰められているかのように感じるのは気のせいだろうか?
そんな畏縮からか、知らず俺の剣を握る手からは力が抜けてたらしく、その刹那――
「――ッ!!」
剣と杖と、拮抗していた力と力のぶつかり合いは、俺が弾き返される形となった。
片膝を地面につく俺へエーデルを自称する男が口を開いた。
「まぁ、落ち着け。そもそも僕は君と事を構えるつもりは無い」
どうやら本当にそのつもりは無いらしい。
俺は剣を鞘に収めた。
「……そうだな。話もろくに聞かず、不躾に斬りかかって悪かった」
「分かってくれたならいいさ」
そう言って微笑みを浮かべたエーデル(自称)。
その微笑みはまさに平和を願う者のそれであり、
リーシャから聞いていた傍若無人なゼローグの特徴は窺えない。
「……お前、本当にエーデルなのか?」
「あぁ。そうだ」
もはや疑う余地は無い。
この男が自称するようにエーデル・アストロズで間違いないのだろう。
「分かった。お前の主張を信じる。従って……、俺が本当のエーデル・アストロズでない事も認める」
「じゃあ、君は一体何者で……この現象は一体何事だ!?」
俺と同じ様にこの男もまた――エーデルもまた戸惑ったに違いない。
ある日突然、自分が自分で無くなっているのだから……。
「この現象が何なのかは正直俺にも分からない。気がつけばこの体になっていた。ただ、俺が何者で、どこから来たのかについて俺の知り得る範囲で話をしよう」
エーデルが頷き、俺は話を始めた。
かつて〝加藤謙也〟として、この世界とは別の世界で生きていた事。
ある日〝女神〟が現れ、殺された事。
そして、気がつけばこの体になっていた事。
俺の身に起きた事象をエーデルへ伝えた。すると、
「……僕も君と一緒さ」
と、エーデルもまた我が身に起きた事象を話し始めた。
「一年前の魔王討伐の日の朝。気がつけば僕は〝エーデル〟では無く〝ゼローグ〟という魔族になっていた。そして僕はゼローグの持つ記憶から全ての真実を知った」
エーデルはここで一旦言葉を区切ると、離れた所からこちらへ首を傾げて不思議そうに見ているリーシャの方を見た。
「……まさか、あの少女が〝魔王〟だったとはね……驚きだよ」
俺がエーデルの記憶を得ている事から、エーデルもまたゼローグの記憶を得ているのだろう。
そのゼローグの記憶から〝魔王〟の正体がリーシャである事を知ったのだろう。
そしてゼローグこそが人族と魔族間での争いの元凶である事も。
だがここでひとつの疑問が生まれる。
「じゃあゼローグの魂は一体何処へ行ったんだ?俺達と同じように何処か別の体に乗り移ってるという事か?」
「その心配はもう要らない。ゼローグの魂の行方は奴にとっては運悪く、ゴブリンだったらしくてな。……既に討伐済みだ。ゆえに、これまで世界を混沌に陥れてきた歪んだ思想は無くなった。その事を真の魔族の長であるリーシャ殿へ伝えたくて、こうして君らの前に現れたというわけだ」
ようやく事態が飲み込めた俺はリーシャを呼んだ。
「リーシャ!」
「はい」
「こっちへ来てくれ!」
「……はい」
恐る恐るといった様子でこちらへやって来たリーシャへ、事のあらましを説明した。
「――と、いうわけらしい」
「……え?て事は……勇者君は実は本当の勇者じゃなくて、ゼローグが本当の勇者っていう事?」
「補足するならば、リーシャ殿の知るゼローグはもういないという事。今のゼローグの体を支配しているのはかつてエーデルとして生きていた僕であり、エーデルの体に居るのが……」
「加藤謙也だ」
「と、いう事らしいです」
と、再度リーシャへ説明するが、リーシャは理解が追いつかずに疑問符を浮かべている。
「……つまり、私の知る勇者君はどっちなんですか?」
「俺だ。そこは何ら変わる事は無い」
手を上げそう告げると、リーシャが飛び付いて来た。
「……良かった。なら、私は何でも良いです。私の知る勇者君がそのままでいてくれるなら、私は何でも……」
リーシャからの愛をひしひしと感じ嬉しい反面、俺の頭の中は今不安でいっぱいだ。
一体、この後の俺――加藤謙也はどうなるのか……。
意を決して俺はエーデルへ話し掛けた。
「エーデル」
「その姿で自分の名前を呼ばれるのは違和感しか無いな」
困ったような笑みを浮かべるエーデルへ俺は核心に迫る問い掛けをする。
「お前、この後どうするつもりだ?今の俺の、この体へ戻るつもりなのか?」
エーデルはニコっと平和的な笑顔でこう答えた。
「いいや。そのつもりは無いよ。どうやら君達は深く愛し合っているようだし、そんな仲睦まじいところに水を差すような無粋な事はしたくない。そもそも元に戻る方法も分からないのに、戻るも何もないよ。その体は君にあげるよ。それに僕は僕で意外とこの体が気に入っていたりもするしね」
「……そうか、ありがとう。本当に、ありがとう」
エーデルの、信じられない程の寛大な言葉に自然と涙が零れる。
「おいおい、泣かなくてもいいだろ……」
エーデルは困ったように笑いながらこめかみの辺りを人差し指でポリポリと掻いている。
「じゃあ、そろそろ本題に入ろうか」
まるでここまでの話が前座であるかのような物言いでエーデルが言った。
思わず表情を強張らせ身構える俺にエーデルが再び困ったように微笑む。
「そんなに身構えなくてもいいよ」
「……本題って、一体……?」
「リーシャ殿は人族と魔族との和平を望んでいるのだろう?」
と、リーシャを見てエーデルが問いかけた。
「えぇ、まぁ、はい」
なるほど。
おそらく、俺がエーデルの記憶を得ているように、エーデルもまたゼローグの記憶を持っていて、その中にリーシャが和平を望んでいる事が含まれていたという事だろう。
待てよ。
という事はもしや――
「僕もリーシャ殿と同じ考えだ。人族と魔族の和平を実現したいと考えている」
「え?」
リーシャが驚いたように目を見開き、その瞳を輝かせている。
しかし、これは予想外の展開だ。
戦わずしてリーシャの夢が叶うかもしれない。
「ひいてはリーシャ殿へひとつ頼みたい事がある」
嬉しそうに目を輝かせるリーシャへ真剣な表情で見据えエーデルがそう言った。
リーシャもまた真剣な表情で「はい」と返事をした。
「単刀直入に言おう。今後は僕が魔族の長として矢面に立ち、人族と和平を築いていきたいと思っている。その為に今後は僕に〝魔王〟を名乗らせて欲しい」
確かに人族と魔族の間で和平同盟を結ぶ上で代表としての〝格〟が必要だろう。
「分かりました。〝魔王〟の称号と共に、世界平和の実現もあなたに委ねます」
リーシャがそう告げると、リーシャの胸の辺りが赤く光り、次にそれはリーシャの元から離れエーデルの方へと移動し、そのままエーデルの胸の辺りに沈み込んでいった。
その現象をリーシャ本人は驚いた様子で見届けると次にハッとしたように俺とエーデルに背を向け、ローブを捲り上げ自分の胸の辺りを確認しているようだった。
「無い!無くなってる!魔王の証が!」
どうやら魔王本人が引退を認めた時点で、その証は消えるらしい。
同時に、その証は後任の者へと引き継がれ、名実共にエーデルが魔王となった、という事らしい。
その事実にリーシャは少し名残惜しいそうな複雑な表情をするのであった。
◎●◎
リーシャが〝魔王〟の座をエーデルへ明け渡してから一年が経った。
長きに渡った人族と魔族の戦争は終結し、人族と魔族は手を取り合い共存の道を選択した。
俺とリーシャはというと、結婚して甘くとろけるような、それでいて刺激的な生活を送っている。
どう刺激的かというと……。
「謙也くん……」
夜、俺の寝床に潜ってきたリーシャが艶めかしい声で俺の名を呼ぶ。ちなみに、今の俺は建前上は変わらずエーデル・アストロズなのだが、真相を知っているリーシャは前世の俺の名を呼んでいる。
「ん?」
名前を呼ばれ振り返ると眼前にはリーシャの絶世の美貌が、飢えた雌の眼差しで俺を見つめ、迫ってくる――
俺は(またか……)と、憂うように思いながらも最愛のリーシャとの激しくも甘く、とろけるような夜に身を任せるのであった。
Fin
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ご愛読ありがとうございました。
今作は最後エロに振ってみたのですが如何だったでしょうか?
もし、この物語を面白い、次回作も楽しみと思って頂けたなら是非作者フォローの方をよろしくお願いします。
現在新作の執筆も進行中です。乞うご期待!
魔王が美少女過ぎて殺せません!なので、討伐した事にして保護します!〜カヨワイ魔王ちゃんと旅する甘々冒険記〜 毒島かすみ @busumiya
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