神様の万事屋

るい

神様が訪れる万事屋

 神様だって、無くし物をするって気付いたのは、自分が死んで天国に来た時だった。


 自分が想像していた天国は、煌びやかな衣装を着て、優雅に琴など楽器を引く神様がいる世界。


 だが、実際は……。


「おい、万事屋よろずや! 俺の剣が、どこにいったか知らないか!? 昨日飲み過ぎて、記憶がねぇ!」


 木造建ての店に、青髪の男が入ってくる。髪は、後ろに一本でまとめ、甚平を思わせる黒の服から見える筋肉は、ボディビルダー並みに筋骨隆々だ。


「スサノオさん。オオモノヌシさんから、居酒屋に草薙剣くさなぎのつるぎが落ちていたって、落とし物で届いていますよ」


 万事屋の男は、棚から草薙剣を取り出す。


 万事屋を開くまで、三種の神器の一つが、紛失物として自分の所に来るなんて思わなかった。神主とか住職が知ったら、泡を吹いているだろうな。


「おぉ、あったか! 助かるぞ!」


 そんな、万事屋の男の心配をよそに、スサノオは感心した様子で、草薙剣を取って、異常がないか素振りを始める。


 神器をこんな風に扱うのは、神様でもスサノオさんぐらいだ。


「あ、スサノオさん」


「ん? どうしたんだ? 万事屋の男?」


「クシナダヒメからの伝言も預かっております。『次、泥酔して神器を無くしたら、今度こそ離婚する』だそうです」


 万事屋の男が言う言葉に、スサノオは顔を真っ青にする。


「俺の嫁。そこまで、怒っているのか?」


「はい。かのヤマタノオロチも、縮こまるぐらい怒っています」


 スサノオは、それを聞いて身震いをする。


 日本神話で、問題児だった男も嫁の前ではこうなるんだな。


 万事屋の男は、感心した様子で、スサノオのことを見ていた。


「い、今すぐ帰る!」


 スサノオは、そう言うと踵を返して、店の出口に向かい始めた。


「そういえば、万事屋の男。名前はなんて、言うんだ」


 万事屋の男は、しばらく黙る。


「私には、名前はありません。神ではなく、人間ですから」


 万事屋の男は、笑顔で答えた。




 神様が住む世界に来て、良かったと思う事がある。


 それは、日本神話では語られていない神の姿がわかることだ。


 こういう、神様も完璧じゃないって所を見ると、神様も生き物なんだなと思う。人間の場合だったら、「人間くさいとこもある」とか言うが、神様の場合は何て言えばいいんだろう。神様くさいか?


「神話の中でも、美しいと言われている、クシナダヒメ。実際は、美しくもあったが、神様達の会話でも評判になるぐらい、恐妻家で有名だったのは、驚いたな」


「私の大ばあ様が、どうしたんですか?」


 万事屋の男は、慌てて正面を向いて立ち上がる。


 来客に、気づかなかった。神様は、気配を感じさせない。話しかけられるまで、わからなかった。


「いらっしゃいませ」


 万事屋の男の前には、白ウサギを連れた、優しそうな顔をした男が立っている。


 オオクニヌシだ。スサノオとクシナダヒメの子孫。確か、六か七代下なんだよな。ここの世界、みんな歳を取らないし、七代下の子孫とか、現実では起こりえないことが、起きていたりする。


「あの、突然押しかけてすまない。頼みごとを聞いてくれないか?」


 オオクニヌシは、本当にスサノオの子孫かと思うぐらい、腰が低い。スサノオも、押しかけて来る態度じゃなくて、オオクニヌシと同じぐらいの腰の低さなら、いいのにな。


「はい。大丈夫です。依頼は、なんでしょうか?」


 万事屋の男が返事をすると、嬉しそうな顔をした。


「それは、良かった。イナバ、良かったな」


 イナバ? 依頼したいのは、オオクニヌシではないのか。


 万事屋の男は、オオクニヌシが視ている視線の先を見てみる。そこには、オオクニヌシが連れて来た、白ウサギがいた。


「よぉ! 俺は、イナバノシロウサギって言うんだ! みんなから、イナバって呼ばれている。よろしくな!」


 古事記で聞いたことがある名だ。てか、イナバノシロウサギって名前だったのか。元気なウサギだ。


「イナバさんの話は、聞いたことがありますよ」


「本当か!?」


 イナバは、嬉しそうな顔をした。


「はい。サメをだまし、だましたサメの背中を使って、島を渡ろうとしたんですよね? 体中の毛皮が剥がされて、散々だったと聞いております」


「なんで、そんな黒歴史を、知っているんだよ!」


 イナバは、ぴょんぴょん上に飛びながら怒っていた。可愛いい。すっと、このまま飛び跳ねてほしい。


「それで、イナバさんの依頼内容は、なんですか?」


 イナバは、「ふん!」って怒った様子を見せた。


「わからないのか、俺に足りない所があるだろ?」


 足りないとこ?


 万事屋の男は、イナバのことを、よく見てみる。


「耳はありますね。足もあるし、手もある」


「もっと、考えてみろ」


「毛皮もある」


「それは、嫌味だぞ!」


 イナバは、再び上に飛びながら怒った。


「イナバ。万事屋さんの目線だと、無くした物が確認できてないよ」


 オオクニヌシは、状況を見て、助け舟を出そうと思ったのか、イナバに優しく語り掛けた。


「ん? あ、そうか!」


 イナバは、気づいたのか後ろ姿を、万事屋の男に見せた。


 後ろに足りない物があるのか、もう一度よく見てみよう。


「えーと、あ、尻尾がない」


 イナバの後姿を見て、尻尾がないことに気づいた。


 うさぎ特有の丸い尻尾がない。どうしたんだ?


「わかったか! 俺のチャーミングな尻尾が奪われたんだ!」


「奪われた?」


 神様が住む世界では、たまにこうした珍事と呼ばれる出来事が起きる。しかし、尻尾が奪われたって話は初めて聞いた。


「万事屋さん。イナバの言っている通りなんだ。今日、目が覚めたら、イナバ血相を変えて慌てているから、理由を尋ねると、『尻尾がない!』なんて、言いだしたのです。私は寝ていました。他に目撃者もいません。助けてくれませんか?」


 尻尾を奪った犯人を捜せってことか。探偵でもない俺が、できるだろうか?


 万事屋の男は、ふと、イナバの様子を見てみる。


 懸命に、尻尾をさすったり、涙を流すのをこらえたりしていた。


 俺と話すときは、あんなに元気だったが、やはり自分の体の一部がないのは、不安なのだろう。


 このまま、放っておけないな。


「わかりました。できるだけのことは、してみせます」


「本当か!?」


 イナバは、目を輝かして、万事屋の男を見る。


「はい。探して見せます。尻尾が盗まれる、前後でおかしなことはありましたか?」


 イナバは、しばらく首を傾げて考える素振りを見せる。


「特にないかな。一回、俺のの寝床まで来てくれ、何かわかるかもしれない!」


 イナバの寝床か、何かわかるものがあるかもしれないな。


「わかりました。イナバさんの寝床まで行って、調べてみましょう。イナバさんの家は、確か、オオクニヌシさん家の敷地内、オオクニヌシさん訪れても大丈夫ですか?」


「あぁ、大丈夫だよ。イナバの尻尾探し手伝ってくれて、ありがとう」


 オオクニヌシは、深々と頭を下げた。


「そこまでして、頭を下げなくても大丈夫ですよ。イナバの尻尾探し頑張りましょう」


 万事屋の男とオオクニヌシ達は、イナバの寝床に向かった。




「ここが、オオクニヌシさんの家」


 少し大きめな平屋って感じの家だ。もっと大きな家かと思った。


「なぁ、万事屋! 質素な家だと、思わないか!?」


 イナバは、ぴょんぴょん辺りを飛び跳ねながら言う。


「い、いや」


 さすがにオオクニヌシの前で、「神様の家って、思ったより小さかった」なんて言えなかった。


「無理に謙遜けんそんしなくていいよ。この家の大きさは、私の注文通りだよ」


 オオクニヌシは、優しそうな笑顔で言う。


「注文通り、なのですか?」


「あぁ、ここに住むのは、私とイナバだけだよ。一柱いっちゅうと一匹なら、そこまで大きな家じゃなくても良いと思ったんだ」


 オオクニヌシは、多くの妻を持ったって聞いていたが、一人暮らしなのか。


「こいつ、奥さんと子供を平等に扱いたいって理由で、一人で住んでいるんだぜ? もったいないだろ? 俺なら、一カ所に集めて、ハーレムを味わっていたのによ!」


 イナバは、オオクニヌシの肩に飛び移って言う。


「イ、イナバ。ここに来たのは、イナバの尻尾を探しに来たからだろ? 私の話は、後で良いよ」


 オオクニヌシは、恥ずかしそうな表情で言った。


「そうですね。イナバさん、道案内を頼めますか?」


 万事屋の男は、イナバに道案内をするように頼んだ。


「わかった! ついて来てくれ!」


 イナバは、そう言うと、オオクニヌシの肩から降りて、敷地内の庭を移動し始めた。万事屋の男と、オオクニヌシは、その後について行く。


 イナバの後をついて行くと、倉庫ぐらいの大きさである小さな家が見えてきた。


「あそこが、イナバさんの家ですか?」


「そうだぞ! すごいだろ!?」


 イナバは、自慢げな顔をしながら、家の前に立つ。


「確かにすごいですね。しかし、大人は、この家の中に入れますか? 小さくて入れない気がします」


 イナバの家は、小さかった。子供なら入れると思うが、大人が入れるかと言われると、厳しいぐらいの大きさだ。


「家の中は、ワンルームだから大丈夫だぞ。それに、修理できるように、家が開く仕組みだ!」


 イナバは、そう言うと、家の脇に付いていた金具を外し、屋根を引っ張る。


 すると、ドールハウスみたいに、家が開いて、家の中身が見えるようになった。


「すごい仕組みですね」


 万事屋の男は、感心した様子で言う。


「さぁ、なにか怪しい物がないかを教えてくれ!」


 イナバは、万事屋の男の手を引っ張り、家の中を覗かせる。


 家の中には、怪しい物はないな。部屋の中央にワラで作られた寝床があり、寝心地をよくするためか、赤い布が敷かれている。それ以外は、どの家でも見られるような物ばかりだ。


「怪しい物は、とくにありませんね」


「そうかなのかよ!? よく見てくれ!」


 イナバは、もう一度見るように急かした。


「うーん」


 万事屋の男は、もう一度家の中を確認したが、めぼしいものは見当たらなかった。


「あ、オオクニヌシさん」


「どうしましたか?」


 万事屋の男は、あることを想いついた。オオクニヌシは、首を傾げる。


「オオクニヌシさんも、家の中を見てみてください。もしかしたら、オオクニヌシさんしか、気づけない物があるかもしれない」


 イナバのことを良く知るのは、オオクニヌシだ。オオクニヌシなら、俺が気づかなかった違和感に気づけるかもしれない。


 オオクニヌシは、万事屋の男の隣に立ちイナバの家を見る。


「あれ? イナバ。その赤い布は、どこから持ってきたの?」


 オオクニヌシは、イナバの寝床の上にあった赤い布を指さす。


「これは……もらったんだ!」


「貰った? イナバって、女性の髪に知り合いがいたの? この布は、女性が着る衣に使われる素材だよ?」


 万事屋の男は、オオクニヌシの言葉を聞いて、寝床に敷いてあった赤い布を取る。


「あ、待てよ!」


 イナバが慌てて止めようとしたが、その時には既に赤い衣は、万事屋の手元にあった。


「この布、温かいですね」


「万事屋さん。温かいって言いました?」


 オオクニヌシは、気になった様子で、万事屋の男が持っていた、布を触ってみる。


「本当だ。温かいですね」


「イナバさんは、さっきまで俺達と一緒にいた。それなのに、この布は温かい温度が保ったまま……どうしてだろう……」


 万事屋の男は、イナバの方を見る。


 イナバは、万事屋の男が、自分の方を見た瞬間、顔をそらした。


 イナバさん。何か隠しごとをしている。


「イナバさん。この布を、どこから手に入れたのか教えてくれませんか?」


 万事屋の男は、イナバに近づく。


「さっきも、言っただろ!? これは貰ったんだ!」


 イナバは、怒った様子で言う。


「オオクニヌシさん。その布に見覚えありますか?」


「うーん。私の妻達は、熱を発する衣を着ていません。熱を発する布……あ……」


 オオクニヌシは、何かを思い出したかのような顔をした。


「一柱だけ、知っている神様がいます」


 オオクニヌシは、万事屋の男の方を見て言った。


「オオクニヌシさん。それは、誰ですか?」


「その布の持ち主が、その方じゃないと、いいんですけど……」


 オオクニヌシは、言いづらそうな顔をしている。


「どんな神様でも大丈夫です。イナバさんのためにもなります。その神様は誰ですか?」


 オオクニヌシは、しばらくの間黙り込む。


「そのお方は」


 オオクニヌシが言葉を発し始めたのを、万事屋の男は注意して聞こうとする。


「太陽神である、アマテラス様です」


 アマテラスの名を聞いた瞬間、辺りは静まり返った。




 神様が住む世界。この名前には、正式名称がある。その名は、『高天原たかまがはら』と呼ぶ。


 この高天原を治めているのが、太陽神である、アマテラスであった。


「ここが、アマテラス様が住む、天宮京てんぐうきょう


 万事屋の男の前には、アマテラスが住む宮殿である天宮京があった。


 なんて、豪華な造りだ。赤い門で中は見られないが、ただの宮殿じゃないのは、わかる。至るとこに金箔が塗られており、黄金の輝きをしている。


「イナバ。本当に、この布は、貰った物なのか?」


 オオクニヌシは、冷や汗を流しながら、イナバに聞いた。


「ほ、ほ、ほ、本当だ!」


 万事屋の男から見たら、イナバは明らかに嘘をついているのは、わかっていた。


 イナバさん。そこまでして、自分を貫くと後に引けなくなるよ。


 万事屋の男が、心配していると、目の前にある赤く塗られた大きな門が開いた。宮殿の中から、杖をついた老人が現れる。


「これは、オオクニヌシ様。話は、聞いております」


 話? オオクニヌシは、ここに来るまで、俺達にとしか話してないぞ?


「アマテラス様は、神の中でも特別な存在。高天原での、会話は千里眼で見通しているんだ」


 不思議な顔をしていた万事屋の男に、オオクニヌシは、説明をした。


「アマテラス様は、宮殿内で、待っております。どうぞ、こちらへ」


 万事屋の男とオオクニヌシ達は、老人の後について行った。


 金色の扉に、案内していた老人が立ち止まる。


「アマテラス様。客人を連れて来ました」


 ここにアマテラスがいるのか。一体、どんな神様なのだろうか。


 万事屋の男は、緊張感に襲われた。手に力が入る。


「入って来ていいわよ」


 扉の中から、女性の声が聞こえた。


「では、失礼致します」


 老人は、扉を開けて中に入った。万事屋の男とオオクニヌシ達も後に続く。




 部屋の中は、赤色に装飾されて、香の匂いが漂っていた。部屋の奥には、木のすだれが垂れ下がっており、人影が見える。


「アマテラス様。オオクニヌシと」


「イナバノシロウサギ。万事屋の男でしょ」


 老人が言い切る前に、すだれの中にいる女性が、オオクニヌシと一緒にいる者の名前を言い当てた。


「アマテラス様。お久しぶりでございます」


 オオクニヌシは、一歩前に出て、頭を下げて挨拶をした。


「久しぶりね、オオクニヌシ。最後に会話したのは、国譲りの時かしら?」


「あれは、会話というより、使者を挟んでの連絡です。最後に会ったのは、前に泥酔した大じじである、スサノオ様を引き取りに来た時だと思います」


「あれには、参ったわ。スサノオの酒癖は、良くなったかしら」


 オオクニヌシは、沈黙する。


「そう」


 アマテラスは、スサノオの酒癖は治っていないと受け取ったのか、素っ気ない返事をする。


「それで、オオクニヌシは、私の所まで何しに来たの?」


 しばらく沈黙が流れた後、アマテラスは、オオクニヌシに用事を聞いた。


「ここからは、俺が話します」


 万事屋の男が前に出る。そして、懐から赤い布を取り出す。


「その布は、何かしら?」


「イナバさんの家にあったものです。熱が発しておるので、オオクニヌシさんに聞いたところ、アマテラス様の物ではないかと話しになりました」


「持って来て、ちょうだい」


 万事屋の男の前に、老人が両手を受け皿のように差し出した。万事屋の男は、その上に赤い布を置く。


 老人は、軽く頭を下げた後、アマテラスのとこまで行き、布をすだれの内側に置いた。


「これは……私のとこに納められる特別な布だわ。どうして、イナバが、持っていたのかしら?」


 アマテラスに話しかけられ、イナバは体を硬直させる。


「も、もも、貰ったんだ」


 イナバは、冷や汗を流しながら答えた。


「本当?」


「あ、あぁ。本当だ!」


 イナバが、答えた瞬間。指を鳴らす音が、部屋の中に鳴り響いた。


「イナバ。自分の頭を、触ってくれる?」


「あ、頭?」


 万事屋の男は、イナバの方を見る。


 イナバの耳が無くなっている。ウサギ特有の長い耳が二つ消えていた。


「お、おらの耳があああ!?」


 イナバは、地面を転げまわりながら、耳があった場所を抑える。


「イナバ。もう一度聞くわ。その布は、どうしたのかしら?」


「ひっ、ひっー!?」


 イナバは、言葉にならないような言葉を出した。


「三を数え終わる前に。本当のことを言ってね。いくわよ、いーち、にー」


「俺が、荷馬車に忍び込んで盗みました! まさか、アマテラス様なのだと、思わなかったのです! 許してー!」


 イナバは、慌てて謝った。


 あんなに慌てていたのは、盗んでいたからか、なんとなくは、想像していたけど。


「正直に言ってよろしいわ」


 アマテラスが、そう言うと、再び指を鳴らす音が聞こえた。


「耳、戻っているわよ」


「あ、本当だー!」


 万事屋の男が、イナバの方をもう一度見ると、イナバの頭から無くなっていた、ウサギの耳が元に戻っていたのを確認できた。


 耳は、元に戻っているけど、尻尾が元に戻っていないな。


「もう一つ、二度と盗みをしないって約束してくれるかしら?」


「うん! しない! 二度としない!」


 イナバが、そう返事をすると、再び指を鳴らす音が聞こえた。


「お尻を触ってみなさい」


「尻尾だ! 尻尾がある!」


 イナバの尻からうさぎの丸い尻尾が生えていた。


 これが、アマテラスの力なのか。


「万事屋の男ありがとな! こんなに嬉しいことはないぞ! ちょっと走ってくる!」


 イナバは、そう言うと部屋から飛び出して行った。


「ちょっと、イナバ!」


 オオクニヌシは、出て行くイナバを止めようとしたみたいだが、間に合わなかった。


「オオクニヌシさん。追いかけても良いですよ」


 万事屋の男は、優しくオオクニヌシに語り掛けた。


「万事屋さん。申し訳ない。後日、必ずお礼をしに行く」


 オオクニヌシは、そう言うと、イナバを追いかけに出て行った。


 アマテラスと二人だけになってしまった。


「万事屋さん。なにか、私に言いたいことあるかしら?」


 万事屋の男は、アマテラスに、そう聞かれて、恥ずかしそうに、頬を掻く。


「えーと、最初から犯人は、イナバって分かっていましたね」


 アマテラスは、千里眼を持っていると、オオクニヌシから聞いていた。それなら、イナバが盗みを働いたのも知っていたはずだ。現に知っていたから、尻尾を消して、イナバを焦らせた。


「ふふ。正解よ」


「なんで、そんな遠回しな、やり方を」


「千里眼で、何でも、お見通しできるのは、つまらないのよ。謎解きする、ワクワク感を感じたことないの。だから、せめて会話だけでも、楽しもうって思ったのよ」


 アマテラスは、意外と無邪気な性格かもしれない。


 万事屋の男は、そう思った。


「万事屋さんにも、迷惑かけちゃったし、お礼をしなくちゃね」


「いえいえ、そんなお礼をもらうようなことは、していないですよ」


「いいわよ。遠慮しないで」


 アマテラスは、そう言うと、咳払いする。


「それじゃ、私からのお礼を言うわ。それはね……」




 イナバの尻尾事件から数週間が経過した。


 尻尾が戻ったイナバは、嬉しそうに高天原を駆けているらしい。オオクニヌシからは、事件解決から数日後、酒をいただいた。


「おい、万事屋! クシナダヒメにあげる櫛を無くしてしまった!」


 事件を振り返っていたら、スサノオが慌てた様子で、万事屋の中に入って来た。


「クシナダヒメの櫛ですか?」


「そうだ! 赤みがかかった綺麗な櫛だ!」


 万事屋の男は、それを聞き、落とし物袋を確認する。


 あ、袋の中に赤い櫛が入っている。


「スサノオさん。これですか?」


 万事屋の男は、櫛をスサノオに見せる。


「あぁ、それだ! それ!」


 スサノオは、嬉しそうな顔で、櫛を手に取る。


「スサノオさん。気を付けてくださいね」


「あぁ、いつも悪いな!」


 スサノオは、そう言うと、万事屋から出て行こうとする。


「あ、そういえば」


 スサノオは、そう言うと、歩くのを止めて振り返った。


「アマテラスから、聞いたぞ。名前を貰ったんだってな。どんな、名前だ?」


 万事屋の男は、スサノオに、そう言われ、恥ずかしそうな顔をする。


「イズモと名付けられた」


「イズモか、良い名前だ」


 万事屋の男は、アマテラスからの褒美で、『イズモ』と言う名前を貰い。『万事屋のイズモ』という名で、新たな人生をスタートさせた。

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神様の万事屋 るい @ikurasyake

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