パールワティ・ヨルムンクワルト
グイ・ネクスト
第1話 わらわは世界蛇、ヨルムンクワルト
奴隷として皇族に買われた
背中を蹴られたのが、始まりだった。今思えば拷問部屋に連れて行かれて、
皇子パルサラークは藍色の目をしていて、その目の中に黒い三つの点がある。三つの点を結ぶと三角になるんだ。それが皇子の証。そんな正真正銘の皇子に
「ひっ」と、
無言で蹴られた。それも
いや、気配は後ろにある。
「おら、前を歩け」と、皇子に後ろから言われる。
そこからほんの五分ほど歩いただろうか、壁の前に二人の兵士が槍を持って立っている。壁の真ん中に直径六十ほどの宝石が埋め込んである。皇子が後ろで「余はパルサラーク。」と、呟いている。それが合図だったのか、壁は左右に分かれていく。大人が五人ほど寝転がれる大きな部屋だ。その広さとは不自然な、
「チッ、薄汚れた宝箱一つかよ。来て損したぜ。」また背中を蹴られた。
また痛い目に遭うとか、そう言う恐怖は無かった。
やっぱり。
「なっ?消えた?消えたぞ、あの奴隷。おい、どこいった?おーい」
皇子はキョロキョロしている。「おい、お前たちも一緒に探せ。奴隷の女だよ。おら、早くしろ!」と、兵士たちも一緒に探し始めた。
何だろう、これは。
どうして
【導かれし者よ……わらわと生きるか】
脳に響く声。答えは生きる。共に生きる。
迷わずそう答えてしまった。宝箱だった
断末魔の声が響き渡る。満ち足りていく。うん?満ち足りる?
【わらわはヨルムンクワルト。世界蛇じゃ】
脳は無いのに、脳があるような錯覚?いや、目が両目とも見える。服も元に戻っている。それに皇子が着ていたような豪華な服になっている。何が起きた?
【ヨルムンクワルトを名乗るがよい】
はい、パールワティ・ヨルムンクワルトを名乗ります。
心の中でそう宣言する。心の奥の方で、巨大な蛇が、笑ったように見えた。
また霧になりたいです。
【ヨルムンクワルト。ただそう唱えよ】
わかりました。
体の穴という穴から血が噴き出す。床が血溜まりとなる。あれ?死んでしまうのかな。このままだと死んでしまうよね。あれ?体が溶けていく。床に。紫の霧が出ていた。
どうやらそうみたいだ。紫の霧として移動できる。
いつの間にか人間を辞めてしまっていた。風に乗って皇城の外へ逃げ出した。
二十分ほど経つと元の人間の姿に戻る。
「はあ、はあはあ」
やっと
やっとここまで来た。
後ろからは兵士たちが足を揃えてやって来る。
目の前は壁。
背丈の五倍はある壁。
運のいい事に「行き止まり」だ。
あー、アレやると血だまりの中に沈んで動けなくなるの嫌なんだよねぇ。
「おい、観念しろ。オレたちの毒塗りの剣から逃げられると思うなよ」と、顔を鉄仮面で隠していて、黒い鎧を着た男が
ざっと二十人。宝物庫のお宝が何かも知らないで、よく追いかけてきたものね。
兵士たちは
「ヨルムンクァルト」そう静かにつぶやく。
血が噴き出す。身体の穴という穴から。
「ひゃははははは。おい、何だこいつ。勝手に自滅しやがった。宝物庫の秘法を盗んだ者はやっぱ碌な死に方をしない」と、先ほどしゃべった男の隣りの男が
「念のためだ。毒入り剣を全員で投げろ」全部で二十本の剣が
当たって消えて行く物もある。
鉄仮面が消えていることに気づくかな。鎧が無いことに気づくかな。腕がすでに半分溶けていることに痛みを感じたのか、「あガァあああああああああああ」また叫ぶ。起きあがろうとする。起き上がれない。なぜなら溶け続けているから。
「に、逃げろーーー」と、一番後ろにいた兵士が叫んで、後ろへ走り出す。いや、走り出すはずだった。後ろを振り向いた途端、顔は溶けて、片腕も溶けて、片足も溶けた。そのまま
いい顔だ。逃げ出す事もできない。そう、理解し始めている。
ああ、あと十八人もいる。嬉しいわぁ。
いい顔だ。
「お、おぁああああああああ」と、兵士の一人が斬りかかってきた。袈裟斬りだ。もちろん、剣は溶かすけれど。振り下ろした腕ごと溶かす。良いなあ。
「だ、だず・・・」助けないよ。
そのまま飲み込む。兵士の体の溶ける音、白い煙が生き残っている兵士たちの顔を引き攣らせる。
「そのまま溶かされる?」
前にいる兵士を後ろにいる兵士が押し倒す。前にいる兵士はもちろん、断末魔をあげて溶けて行く。その兵士に体当たりして・・・ああ、穴が開くとでも思ったのかな。紫の霧でぐるぐると巻きついてあげる。いい断末魔を上げてくれた。
あと何人だろう。前と後ろの距離はもうほとんど無い。
「いやだ、嫌だぁあああああ」「やめてぇえええええ」「助けてくれよ」
まだ三人もいる。
目から涙が滝のように流れ、鼻からも鼻水が流れている。ひどい顔だ。
最初に足を溶かす。手を溶かす。
苦痛に顔が歪む。バランスを崩して倒れ、胴体が溶ける。顔も溶けて行く。
三人分の断末魔が響く。絶望と共に呪いとなって、
馬鹿な兵士たちはきっとまたやって来てくれる。
皇城の兵士を全滅させ、皇族たちも全員……溶かしたら……
【その時はわらわが其方を食べてやろう。わらわは世界蛇。ヨルムンクワルト】
パールワティ・ヨルムンクワルト グイ・ネクスト @gui-next
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