パールワティ・ヨルムンクワルト

グイ・ネクスト

第1話 わらわは世界蛇、ヨルムンクワルト

 奴隷として皇族に買われたわたくし。美しい金髪だった髪は黒く染められ、エメラルド色の目は、生意気だと、片方潰され……服は破かれて片方の乳房と陰部は露出したまま歩かされている。おまけに手は縄で縛られたまま行き先も教えてもらえないまま何処かへ進んでいる。わたくしとうとう殺されるのかな。パールワティなんて名前を貰った時は優しい人だ。きっと大切にされるって思っていたのに。蓋を開けてみれば、この有様。

 背中を蹴られたのが、始まりだった。今思えば拷問部屋に連れて行かれて、わたくしは背中を蹴られた。背中を蹴られたら、転けるしかない。手は縄でくくられたままだったし、無様に転ける。他に選択肢なんてない。

 皇子パルサラークは藍色の目をしていて、その目の中に黒い三つの点がある。三つの点を結ぶと三角になるんだ。それが皇子の証。そんな正真正銘の皇子にわたくしは腹を蹴られ、背中を蹴られ、持ち上げられては殴り飛ばされた。暴力に飽きると、髪を染められ、目をつぶされ、薄い服も破られた。そこまでされて、売った親の事を思い出した。わたくしを売ったお金で豪華な夕食を食べていた親を思い出した。でも、親よりも痛みを与えた皇子が憎い。わたくしは今、目の前を歩いている皇子を片目で睨んだ。皇子が振り向く。

「ひっ」と、わたくしは体を縮める。

無言で蹴られた。それもあごを。尻餅をつく。皇子がいなくなっている。

いや、気配は後ろにある。

「おら、前を歩け」と、皇子に後ろから言われる。

そこからほんの五分ほど歩いただろうか、壁の前に二人の兵士が槍を持って立っている。壁の真ん中に直径六十ほどの宝石が埋め込んである。皇子が後ろで「余はパルサラーク。」と、呟いている。それが合図だったのか、壁は左右に分かれていく。大人が五人ほど寝転がれる大きな部屋だ。その広さとは不自然な、わたくしの顔よりも小さな宝箱が中央にポツンとあるだけ。ただわたくしは魅入られてしまった。綺麗な紫色で、鍵穴は金色に光っている。

「チッ、薄汚れた宝箱一つかよ。来て損したぜ。」また背中を蹴られた。

わたくしの顔は宝箱にぶつかろうとしている。

また痛い目に遭うとか、そう言う恐怖は無かった。わたくしは喜んでいた。皇子と違う景色を見ていたという事実に。

やっぱり。わたくしは宝箱に吸われた。

「なっ?消えた?消えたぞ、あの奴隷。おい、どこいった?おーい」

皇子はキョロキョロしている。「おい、お前たちも一緒に探せ。奴隷の女だよ。おら、早くしろ!」と、兵士たちも一緒に探し始めた。

何だろう、これは。

どうしてわたくし観ているんだろう。


【導かれし者よ……わらわと生きるか】


脳に響く声。答えは生きる。共に生きる。

迷わずそう答えてしまった。宝箱だったわたくしが地面に溶けていく。溶けていく?部屋に紫の霧が立ち込める。槍が溶ける。槍を持っていた腕が溶ける。「ひぃ。足が足ガァああああああああ」皇子が自分の足を持ち上げて泣きべそをかいている。足首から先が溶けていた。紫の霧が溶かしているようだ。紫の霧はわたくしの意思で右へ左へ斜めに移動させる事ができる。兵士たち二人はすでに体の半分を溶かした。すごい片腕で逃げようとしている。床を掴んで。皇子は足が無くなって、手と腕を使って逃げようとしている。三人の逃げようとしている先に紫の霧を移動させる。あは、顔が青ざめている。さあ、おいで。力一杯、逃げて。わたくしの方へ。溶けるから。


 断末魔の声が響き渡る。満ち足りていく。うん?満ち足りる?


【わらわはヨルムンクワルト。世界蛇じゃ】

脳は無いのに、脳があるような錯覚?いや、目が両目とも見える。服も元に戻っている。それに皇子が着ていたような豪華な服になっている。何が起きた?

【ヨルムンクワルトを名乗るがよい】

はい、パールワティ・ヨルムンクワルトを名乗ります。

心の中でそう宣言する。心の奥の方で、巨大な蛇が、笑ったように見えた。

また霧になりたいです。

【ヨルムンクワルト。ただそう唱えよ】

わかりました。わたくしは「ヨルムンクワルト」ただ唱えた。

体の穴という穴から血が噴き出す。床が血溜まりとなる。あれ?死んでしまうのかな。このままだと死んでしまうよね。あれ?体が溶けていく。床に。紫の霧が出ていた。わたくしわたくしとして霧に溶けて行っているの?

どうやらそうみたいだ。紫の霧として移動できる。

いつの間にか人間を辞めてしまっていた。風に乗って皇城の外へ逃げ出した。

二十分ほど経つと元の人間の姿に戻る。わたくしはその姿のまま走った。五分も走らないうちに「いたぞ、あいつだ!」と、複数人の兵士たちの声がわたくしを追いかけてきている。

「はあ、はあはあ」

やっと

やっとここまで来た。

後ろからは兵士たちが足を揃えてやって来る。

目の前は壁。

背丈の五倍はある壁。

運のいい事に「行き止まり」だ。

あー、アレやると血だまりの中に沈んで動けなくなるの嫌なんだよねぇ。

「おい、観念しろ。オレたちの毒塗りの剣から逃げられると思うなよ」と、顔を鉄仮面で隠していて、黒い鎧を着た男がわたくしに言う。

ざっと二十人。宝物庫のお宝が何かも知らないで、よく追いかけてきたものね。

兵士たちはわたくしを逃げれないように囲んでいく。運の良いことに「行き止まり」

「ヨルムンクァルト」そう静かにつぶやく。


血が噴き出す。身体の穴という穴から。わたくしは血だまりの中に倒れる。やってきた鉄仮面の兵士たちに笑顔を見せて、倒れた。

「ひゃははははは。おい、何だこいつ。勝手に自滅しやがった。宝物庫の秘法を盗んだ者はやっぱ碌な死に方をしない」と、先ほどしゃべった男の隣りの男がわたくしをののしる。

「念のためだ。毒入り剣を全員で投げろ」全部で二十本の剣がわたくしに向かって飛んで来る。

わたくしの体に刺さって溶けた剣もあれば、わたくしの霧に

当たって消えて行く物もある。

わたくしの体は紫の霧になって、周囲に散らばっていく。

わたくしの死体はまだ消えてない。死体を残しつつ、霧を少しずつ広げていく。兵士たちの鉄仮面にだけ付着する程度に。鎧にだけ付着する程度に。少しずつ、少しずつ広げていく。前回で学んだから。徐々に刺激していく方が断末魔はより大きくなる。「おい、死んだよな。う、動いてないし……」兵士の一人が近づく。足首が溶けた。そのまま転倒する。「いぎゃああああああああ」足首を触っている。もうどっちも無いのに。

鉄仮面が消えていることに気づくかな。鎧が無いことに気づくかな。腕がすでに半分溶けていることに痛みを感じたのか、「あガァあああああああああああ」また叫ぶ。起きあがろうとする。起き上がれない。なぜなら溶け続けているから。

「に、逃げろーーー」と、一番後ろにいた兵士が叫んで、後ろへ走り出す。いや、走り出すはずだった。後ろを振り向いた途端、顔は溶けて、片腕も溶けて、片足も溶けた。そのままわたくしの作った壁に吸い込まれるように溶けていく。

いい顔だ。逃げ出す事もできない。そう、理解し始めている。

ああ、あと十八人もいる。嬉しいわぁ。わたくしはあえて人間の姿で現れる。兵士たちの前と後ろから。霧になれるようになって、体を二つに分ける事も少し意識すればできた。

 いい顔だ。わたくしの背中を蹴らなければ始まる事は無かった。だが、蹴ってしまった。蹴られたわたくしを誰も助けてくれなかった。それが答えだ。わたくしはさらに近づく。

「お、おぁああああああああ」と、兵士の一人が斬りかかってきた。袈裟斬りだ。もちろん、剣は溶かすけれど。振り下ろした腕ごと溶かす。良いなあ。

「だ、だず・・・」助けないよ。

そのまま飲み込む。兵士の体の溶ける音、白い煙が生き残っている兵士たちの顔を引き攣らせる。

「そのまま溶かされる?」わたくしは聞く。後ろと前から声が響く。

前にいる兵士を後ろにいる兵士が押し倒す。前にいる兵士はもちろん、断末魔をあげて溶けて行く。その兵士に体当たりして・・・ああ、穴が開くとでも思ったのかな。紫の霧でぐるぐると巻きついてあげる。いい断末魔を上げてくれた。

あと何人だろう。前と後ろの距離はもうほとんど無い。

「いやだ、嫌だぁあああああ」「やめてぇえええええ」「助けてくれよ」

まだ三人もいる。わたくしはもう一つ分身を増やした。

目から涙が滝のように流れ、鼻からも鼻水が流れている。ひどい顔だ。

最初に足を溶かす。手を溶かす。

苦痛に顔が歪む。バランスを崩して倒れ、胴体が溶ける。顔も溶けて行く。

三人分の断末魔が響く。絶望と共に呪いとなって、わたくしの養分となる。パールワティ・ヨルムンクァルトたる、わたくしの。

馬鹿な兵士たちはきっとまたやって来てくれる。

皇城の兵士を全滅させ、皇族たちも全員……溶かしたら……わたくしはただの化物として生き続けるの?

【その時はわらわが其方を食べてやろう。わらわは世界蛇。ヨルムンクワルト】

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