第6話 雫の手を借りる

 こんこんと、控えめに扉がノックされる。普段天文部に用があるやつなんていないため、俺は振り向くことなく「入っていいぞ」といつもの口調で応対する。


 扉が開かれ、俺は目線を上げる。予想通り、そこには雫がいた。


 いつも屋上で会うときと変わらない、着崩した制服姿。だけど、屋上で見るのと天文部部室ここで見るのとでは、ずいぶんと印象が変わって見えた。


 俺が時と場所の変化に感動していると、不思議そうな顔をして雫が口を開いた。


「…………悠星? 大丈夫?」


「え。ああ。悪いぼーとしてた」


 雫の言葉で我に返る。そうだ。雫はプラネタリウム製作の手伝いをしてくれるんだった。


 俺は慌ただしく部室の奥にあったプラネタリウムの設計図を手に取り、雫の目の前にばっと広げた。


「じゃあ、ひとまず計画を今一度説明するな」


「わかった」


 そうして俺は、雫がこくっと頷いたのを見届け、計画の説明を始めた。


「プラネタリウムを作るとは言っても、そんなに大層なものじゃない。複雑な機械も使わないし、大人数で切り盛りしたりもしない。

 簡単につくれて、手軽に楽しめる。そんなプラネタリウムにしようと思ってるんだ。ここまでオーケイ?」


「うん」


 雫は身を乗り出し、心なしか目をキラキラさせて設計図を熟読していた。もしかすると、こうした製作が好きなのかもしれない。


 俺は一つ咳払いをすると、説明を続けた。


「まず、適当な小部屋……というか部室に、遮光カーテンを使うなどして暗闇をつくるんだ。

 次に、豆電球を使って星々を再現し、夜空をつくる。

 最後に内部に適当な観覧席を準備すれば、プラネタリウムの完成。

 と。まあこんな手順でいこうと考えてる」


「なるほど」


 雫に説明しながら、自分でも改めて計画を確認する。


 正直、一度も試したことがないためこれらはすべて机上の空論に過ぎないのだが……。 雫の反応を見る限り、実現不可能な馬鹿馬鹿しい策ではなさそうだった。


 ひとまず悪印象ではなかったことに、ほっと胸をなでおろす。


「ちなみに、豆電球を光らせたりする際に相応の電力を消費すると思うけど、それは部費で賄うことができるから心配はいらない」


「了解。大体わかった。それで、今日私が手伝うのは?」


「雫には今日、豆電球をセットする箇所に印を付けていく作業を手伝ってもらおうと思ってる」


 というのも、この作業は極めて単調で、地道で。だけど手を抜くことが許されない厄介な作業だったのだ。これを一人でするのは非常に気が重かったが、雫が手伝ってくれるというのなら、少しではあるが気乗りもする。


 現在時刻は午後三時。順調に進めば、下校時刻の午後六時までに終わらせることができるだろう。


「それじゃあ、いきなりで悪いが、頼めるか? 雫」


「うん」


 こうして俺は、やる気が漲っている(ように見える)雫とともに作業を開始した。


 ◇


 下校時刻を知らせるチャイムが鳴り響く。もうすっかり外は暗くなっていて、一番星が輝いていた。


「ありがとうな、雫。本当に助かった」


「大丈夫。私、こういうの嫌いじゃないから」


 雫が手伝ってくれたおかげで、プラネタリウム製作は信じられないスピードで進んだ。当初の予定をはるかに超えるタスクが終わり、早くもプラネタリウムは完成間近になっていた。


 どれもこれも、雫がいてくれたからこそ実現したことだった。五人分くらいの作業を雫が一人でこなしているのを横目に、俺は亀のような速度で進めることしかできなかった。


 雫のような人材がいてくれたら、天文部の活動はおそらくもっと捗るのになぁ。なんて贅沢な絵空事を思い浮かべながら、俺は雫と天文部の部室を後にした。


「色々とやってもらった後で悪いんだけど、多分明日くらいにはプラネタリムは完成すると思うから、完成したら一度プレ運行に付き合ってくれないか」


「それくらいなら、いくらでも受け付けるよ」


 そう言って、雫はくぁと大きなあくびをする。


「今日は昼寝してないからすごく眠い………。多分屋上には行けないかな」


「あー、まあ。本当に申し訳ない」


「いや、元は私が言い出したことだから。悠星に非はないよ」


 それでも多少の罪悪感は感じてしまう。


 複雑な感情に襲われ俺が黙っていると、おもむろに雫は例の金平糖を取り出して口の中に放り込むと、いつものように噛み砕いた。


 まだ見える星の量が少ないこともあって、いつもよりきらめき方は控えめだが、それでもたしかに、星々が色鮮やかにきらめき始める。


「ほら、これで元気だして」


 ふっと笑みをこぼす雫。どうやら雫は俺のことを励ましてくれたらしい。


 事あるごとに俺を気遣ってくれたりと、雫はなんだかんだで、すごく優しい。


 そのことに思い至り、ふと口から言葉が漏れ出る。


「…………雫って優しいよな」


「っ……!?」


 動揺したように雫は目を泳がせる。頭上で、星々のきらめきが一層強まったような気がした。


 ちなみにこの夜、雫は先の宣言通り屋上には来なかった。


 対して俺は身を粉にして動いてくれた雫に報いるためにも、午前二時に一人、プラネタリウムの仕上げ(もちろん先生方に許可はとってある)に取り掛かり……無事完成まで持っていくことができたのだった。

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