第7話 プラネタリウムと涙
「おお……!」
完成したプラネタリウムを前に、雫が目をきらめかせ声を上げる。長らく雫と過ごしてきたからこそ分かる、雫のオーバーリアクションだった。
その反応を見て、俺の心に達成感が生まれる。やってよかったと心から思えた瞬間だった。
時刻は午前一時。いつもの夜に屋上にやってきた雫に、俺はプラネタリウムの完成を伝え、天文部部室までやってきていた。
本当は昼にも見せることができたのだが、念には念をと改めて不備がないか確認していたのでこの時間になってしまったのだった。
完成したプラネタリウムを控えめに触りながら、雫がポツリと呟く。
「すごいねこれ。手作りでここまでできるんだ……」
「どれもこれも雫の助力あってこそ叶ったことだよ。本当にありがとう」
「いや、私は……」
「謙遜なんてしなくていいぞ。胸を張って自分の支え合ってこそだと誇ってくれ」
事実、雫に手伝ってもらったおかげで、プラネタリウムは以前の構想より遥かにいいものとなっていた。
例えば、下地に細かな穴を開けたり、傾向ペンで描いたりすることで、星座を形作らない細かな星々まで再現することができた。
他にも、骨組みを少しいじることで、小さく放ったがその代わりに遮光性の高いクオリティの高いものに仕上げることができた。
これらはすべて雫の意見であり、雫がいなければ実現しなかったことであった。
「……じゃあそういうことにしておく」
雫はしばし頬を赤らめ、戸惑っていたが、やがてそう言うと、「それで!」と強引に話題を変えてきた。
「今日はプラネタリウムのプレ運行に参加するんだよね」
「ああ、お願いできるか」
「もちろん」
今日の雫は一つ一つの言動に活力がみなぎっていて、それだけ楽しみなんだなということが伝わってくるようだった。
宇宙が好きじゃないとかなんとか言っていたけど、本当は宇宙好きなんじゃないか?
柄になくはしゃぐ雫を見ていると、そんな疑問すら湧いてくるようだった。
「それじゃあ、この中に入ってくれるか。俺は外から操作するから」
「うん。わかった」
「準備ができたら言ってくれ。始めるから」
俺の言葉を聞き届けて、雫がプラネタリウムの内部に入っていく。ほどなくして、「準備できたよ」という声が聞こえてきた。
さあ、いよいよ自作プラネタリウム、稼働のときだ。
ボタンに手をかける。徐々に心拍が上がっていく。俺はいつか雫にきらめく星空を見せてもらったときと変わりないくらいの興奮で満ちていた。
いざ!
「いくぞ!」
俺は叫ぶように宣言すると、強くボタンを押した。ヴーンと、かすかに作動音が聞こえる。ひとまず今のところは目に見える異常はなかった。
後はうまく点灯しているかどうかだが……。
「雫、どうだ。ちゃんと見えてるか?」
「……………………」
雫からの応答はない。
急に、不安が俺を襲う。もしかして、何か重大な事故でも発生したのか……?
このプラネタリウムは、外から内部の様子を確認することができない。故に、今中でないが起こっているのか、俺にはわからなかった。
まさかとは思うが、アポロ一号の悲劇のような起こっている可能性も否めないのだ。
もしそうなら、早急に事を起こさねば、雫の命が危うい。
「雫、雫! 大丈夫か! 入るぞ!」
俺は上映中であることもお構いなしに、プラネタリウムの扉を勢いよく開け放った。
果たして、雫は無事だった。
けれども、雫の姿を見て俺は困惑を隠せずにいた。
「雫? どうして……泣いてるんだ?」
目の前で座っている雫の頬は、涙で濡れ、今なお雫の目からは新しい涙がこぼれ落ちていたのだった。
なぜ雫が泣いているのか。俺はてんで理由がわからず、そのまま呆然と立ち尽くしてしまった。
雫が、虚空に向かって独り言を呟くのが聞こえる。
「そうか、私……好きだった……宇宙。父さんさえいなければ……今も……」
途切れ途切れで、まるで話が読めない。結局それっきり、雫は黙り込んでしまった。
耳に入るのは雫のすすり泣く音のみ。しばらくの間、そんな状況がまるで時が止まったかのように続いた。
「……ごめん、悠星。ちょっと一人にさせて」
雫はおもむろにそう告げると、立ち上がり部室を後にしてしまった。パタンと、静かに扉が閉められる音が響く。
その後ろ姿を見ることすら、今の俺にはできなかった。
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