第8話 水流田雫の真実

 時計が進む音だけが部室内に虚しく響く。あれから何分経ったのか気になり時計を確認すると、針は三時を指していた。


 頭の中から、雫の呟く声が離れない。


 おそらくあの言葉は、雫の父親に対する恨み。もしくは、宇宙に対する捨てきれない想い。が溢れ出たものなのだろう。


 途切れ途切れでしか聞こえなかった言葉だったが、俺はこの解釈に自信を持っていた。


 だけどそれでも、解せないことはあった。


「父さんさえいなければ、か……」


 ポツリと一人呟く。父さんさえいなければ。この一節が、どうしても俺は理解できなかった。


 文脈からして、雫の父親が原因で雫が宇宙を好きでなくなったのは明白だ。でも、一体どんなことをすれば雫の宇宙に対する好悪を捻じ曲げることになるんだ?


 ちょっとやそっとの苦言や悪口ではないだろう。雫の心に深い傷を刻むような何か……。


 考えても考えても、埒が明かなかった。


「雫の父さん……まあ出てくるわけないけど一応……」


 俺はスマホを取り出し、『水流田 宇宙』と検索をかけてみた。


 正直望み薄だし、期待なんてしてなかったけれど、もしかしたら何か得られるかもしれないという好奇心からの行動であった。


そして、


「……噓だろ」


 そのもしかしてが、起こってしまった。


 検索結果に表示された名前と肩書きを見て、俺は愕然とする。


『水流田大貴だいき。大学教授。宇宙エネルギーの実用化にむけた研究の第一人者で、――』


「宇宙エネルギー? 研究者?」


 混乱してしまい、情報が頭に入ってこない。けれど、画面をスライドさせていくうちに、水流田教授によって、発表されたとある論文の題名が目に入った。


『恒星の内部エネルギーを発言させることによって恒星の輝きを操作する方法とその弊害』


 脳天に雷が落ちたかと思った。


 熱に浮かされ、論文のページを開く。羅列されている単語のほとんどは難解で、到底理解できなかったが、一部一部から内容を汲み取ることはできた。


 そしてそれらは、雫が毎晩屋上で行っていた、星をきらめかせることと全く同じであった。


 この論文が発表されたのは本当に最近で、数日前。つまり雫は、この論文が発表される前からこのことを知っていたことになる。


 それに、仮に論文の内容を事前に知れたとして、論文に書かれている内容をそっくりそのまま再現するなんて不可能だ。


 ということは、つまり――。


「……なに、調べてるの」


「うわっ!」


 唐突に声をかけられ飛び上がる。首を回して後ろを見ると、いつの間にか俺の後ろに回り込んでいて、俺のスマホを凝視していた。どうやら俺が思考に耽っているうちに屋上から帰ってきていたらしい。


 徐々に雫の目が見開かれていく。


「そうか……。悠星はすごいね。そこまで突き止めたんだ」


 ふっと雫が微笑む。その表情からは諦めが見て取れた。


 ここまで来てしまったのなら、引き返すのは無駄だろう。俺は意を決して、雫の目を見据える。


「雫。もしかして、君の父親は水流田大貴教授なのか?」


「うん。そうだよ」


 あっさりと雫は答えた。続けざまに、俺は質問を放つ。


「じゃあ、ここに書いてある恒星エネルギー云々の内容は、本当に雫が俺にやって見せていたこと……?」


「そうだね。私は父さんの研究を使って、星をきらめかせていた」


 どこまでも淡々と雫は俺の質問に答える。俺は雫の解答を聞けば聞くほど、これまで感じいていた疑問点が解消されていくのを感じた。


「あの金平糖は父親からもらったものだったのか」


「すごい。まるで探偵みたいだね、悠星」


 パチパチと雫が控えめに手を叩く。


 事実この予想は決して当てずっぽうなどではなく、きちんとした思考の上に成り立っているものだった。


 いつだったか雫は、能力を使うときに使用する金平糖は特別なものなのだと言っていた。それに加えて先程の雫の父による論文である。


 これらを組み合わせれば、例の金平糖は父親かその関係者からもらったと考えるのが妥当だろう。と考えたのだ。


 もちろん何者か第三者が研究を盗み、雫に渡したという可能性なども無きにしも非ずだったが。先程の雫の反応からして俺の予想は当たっていたようだった。


「その通りだよ。私は父さんからもらった研究成果を使って星を輝かせていた」


「でも、どうして」


「悠星、論文読んだんでしょ? だったら多分、悠星の想像通りだよ」


 最後の質問だけは、はぐらかされてしまった。


 でもこれだけは、これだけははっきりさせておく必要があると思い、俺は口を開いた。


「……雫は、恒星を、宇宙を壊そうとしているのか?」


 コクリと、雫の首が縦に振られる。


 できれば、否定してほしかった。

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