第5話 天文部としての活動

「宇宙が好きじゃない、か……」


 時刻は午前一時半。まだ雫との待ち合わせには早い時間に、俺は屋上で作業を行いながらポツリと呟いた。


 好き嫌いは人それぞれだ。だから、宇宙が好きな人もいれば、もちろんそうでない人もいるだろう。


 しかし、宇宙が好きでないと告げた雫は、宇宙のことを毛嫌いしているようには感じなかったのだ。


 雫の本心はわからない。けど、もし雫が宇宙を嫌っていないのであれば、大好きとまではいかずとも、好きにはなってほしい、と。俺は勝手ながら思ったのだった。


 それではどうするのか。一日かけて考え出した結論が……


「ねえ、なにやってるの」


「天文部のれっきとした活動だ!」


 雫の前で大真面目に天文部の活動を行なって、まずは天文部に興味を持ってもらう。というものだった。


「え、いや……えぇ」


 雫にしては非常に珍しく、混乱したような声をあげる。


 だが、それも致し方ないことだろう。


 なんてったって今の俺は、屋上に寝転がり、時折宇宙を見上げながら無心で白紙に星座の場所を書き写しているのだから。


「今の悠星、ただの不審者にしか見えない」


「たしかにその通りだけどそこは目を瞑ってくれ」


 雫がはぁと息を吐く。雫の視線を一身に受けていると、なんだか居心地が悪くなってきた。


 気まずい空気に耐えられなくなり、俺は先に口を開いた。


「今度の文化祭で、手作りプラネタリウムをやろうと思ってるんだ。そのために、星座の配置なんかを写してる」


「……それって、ネットから拾ってくるのじゃダメだったの」


「一から作ることに、ロマンがあるんだよ」


 呆れ返ってしまったのか、ついに雫は口を閉ざしてしまった。また気まずい沈黙が俺達の間に流れる。


 今度は先に、雫のほうが口を開いた。


「……天文部って、昼も活動してたんだね」


「失礼な」


 なんだかんだ文化祭などでは手の込んだ展示をしているし、活動成果は出してるんだぞ。


「いや、だって深夜二時に星を見に来るぐらいだから。日中に仮眠とか取らないとしんどいんじゃないかなって」


「俺はショートスリーパーだからな。その辺りは問題ない」


 俺だって日中は真面目に学生してるし、決して授業中に寝落ちたりはしていない。


 先生方からの評価を得ているおかげでこんな時間に学校に来ることを許可されていると言っても過言ではないため、天文部の活動を円滑に行うためにも、日々善行を積むことは大切なのだ。


 雫が恨めしげな目を向けてくる。最近はようやく雫の視線、些細な表情の変化などから感情を読みとれるようになってきた。


「そういえば雫って部活とかには所属してるの?」


「いいや。帰って速攻でベッドインしてる」


「昼夜逆転しかけてるじゃないか……」


 午前二時に高校の屋上こんなところに来るぐらいだから、まともな生活リズムを保ってはいないだろうとは常々思っていたが……。まあ寝ていないよりかは断然マシなのだけれども。


 雫と会話をしながらも、星座の書き取りは続けている。


 夏の星座は有名なものが多く、やはり見ごたえがある。冬の夜空もきれいなのだが、俺は夏の夜空のほうが好きだった。


 主要な星座を形作る星々を写し終えて、俺はやっと一息つく。


 俺が一段落ついたのを見届けて、雫は俺に話しかけてきた。


「もうきらめかせて大丈夫そう?」


「ああ大丈夫だ。待っててくれたのか。ありがとう」


「別に」


 ぷいっとそっぽを向き、雫は金平糖を口の中に放り込む。どうやら少し照れているようだった。


 つぅと流れ星が流れ、星々がきらめき始める。


 気のせいだろうか。今日の星々は、なんだかきらめき方が激しい。


 俺がそんな事を考えていると、急に雫が思い立ったようにばっとこちらを振り向いた。


「ねえ、もしかして、悠星これまで一人でプラネタリウムつくってきたの?」


「いや、骨組みだけは先輩が途中まで作ってたのをそのまま使わせてもらってるぞ。あとは俺一人でやってるけど」


「……………………そう」


 ひどく憐れむような視線だった。またまた、沈黙が流れる。


 少しずつ、星々のきらめきがフェードアウトしていく。


 きらめきが終わるか終わらないかの瀬戸際で、雫は僕にこんな提案をしてきた。


「悠星、私、プラネタリウムの製作手伝っていい?」


「……急にどうしたんだ?」


「いや……なんだかぼっちで頑張ってる悠星を見てると、何もしないのが申し訳なくなって……」


「まあ、こっちとしては人手がある方がいいから助かるからな。ありがたい」


 ありがたいんだけど、なんともこそばゆい気分になる。


 あと、ぼっちなのは事実だけど、口には出さないで欲しかった。

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