第4話 宇宙が好きな理由

 これには非常に困ってしまった。というのも、我が高校の天文部には特筆できることがない。


 けれども聞かれたからには答えなければならないため、俺はなんとかして特徴的と思われる事項をまとめて伝えることにした。


「主に天体観測だな。部員が大勢いればもっと大がかりなことができるんだろうけど。ちなみに部員は俺だけ」


 すると雫は感嘆したように「えぇ」と声を上げた。


「それよく廃部にならないね」


「廃部の危機は……大丈夫じゃないかな。先生方もなにも言ってこないし」


「なにそれ」


 普通は部員が一人になれば、強制的に止めさせられそうなのだが。俺がそこらの運動部並に活動しているのを見ると、先生たちはなぜかやれやれとでも言うような顔をして何も言わずに去っていくのだ。


 こっちとしては下手に口を挟まれるよりかはずっといいのだが……。なんともむずがゆい。


「まあ部員がいればなと思ったことはあるけど……。一人でもなんだかんだやっていけるからな。不自由はしていない」


「あー、だから天文部の待遇がいいのね」


「え、そうか?」


「午前二時に学校に許可ありで入れるし、屋上の使用権だって与えられてる。これ、かなりの好待遇だと思うけど」


 自分ではまったくそんなこと考えていなかったのだが。言われてみればそんな気がしてきた。


てことは俺、先生方から可哀想だと思われて、施しを受けていたのか……?


 衝撃の事実に驚いていると、雫はふっと笑みをこぼした。 星の淡い光の中で微笑む雫は、いつ見ても美しい。まるで夜空から舞い降りた天使のようだ……。


 雫のことがなんだか神秘的に見えてくる。そのとき、俺の脳裏に一つ、妙案が思い浮かんだ。


「雫。天文部に入ってみない?」


 一応弁明しておくが、これは決して成り行きなんかではない。


 深夜二時というのは、思っているよりも静かでなにもない。ここが町がつくほどの田舎であることも関係しているのかもしれないが、この時間帯は明かりはもちろん、生活音の一つも聞こえない。


 それはつまり、天体観測にうってつけの環境ということ。


 毎日最も適した時間帯に屋上に来て、星をきらめかせ眺める。こんな思い切ったことをするのだから、きっと雫は宇宙や星に興味があるに違いない。と予想したのだ。


 けれども、


「ごめん。私、宇宙は好きじゃないんだ」


 雫は俺の予想に反して、首を横に振ったのだった。


「……本当に?」


「うん。これだけは譲れない」


 雫の返答があまりにも早かったため、思わず聞き返してしまったが、雫の反応は変わらなかった。


 どうして、と理由を尋ねようとしたが、雫の表情を見て、そんな思いは消え去ってしまった。


 寂しがっているとも、憤っているともとれそうな、感情が入り乱れた不機嫌な表情。この表情かおを見てなお理由を聞くのは野暮だ、と思わざるをえなかった。


 だがすぐに雫はいつもどおりの感情が希薄な表情に戻ると、何事もなかったかのように話し始めた。


「ちなみにさ、なんで悠星は宇宙が好きになったの」


「俺?」


「一人で天文部を切り盛りするほど熱意に満ちている理由が気になったんだ」


 たしかに、廃部と変わらない状況になっても活動を続ける俺の姿は、他人から見ればすこし特異かもしれない。


 嫌いな理由を尋ねるのは、心のキズを抉る可能性もあったから自重したけど、好きな理由を言うのは、少なくとも俺は大歓迎であったため、意気揚々と語り始めた。


「宇宙はさ、訳がわからないんだよ」


「…………え?」


「何が起こるかわからない。いつ自分の常識が覆されるかわからない。その『わからなさ』が、俺は面白くてたまらないんだ」


「へぇ、なるほど。その考えはなかったな。私には」


 感心したような顔をして、雫が俺に向き直る。


 先刻とは打って変わって、雫は穏やかな表情をしていた。きれいな黒髪が、風を受けてファサッとなびく。


 夏の暑さも忘れてしまいそうなほどに、涼やかで絵になる景色。その姿に、思わず俺は目を奪われてしまっていた。


 だけど、なぜだろうか。


 雫の静かな笑みから、俺はまた寂し気な雰囲気を感じたのだった。

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