第10話 きらめいていた頃を想う from雫 

 もう悠星に会わせる顔がないな。


 胸がチクリと痛む。心の中のモヤを吐き出すように、私はほぅと息をついた。


 悠星に思惑を打ち明けた翌日。私はあてもなく夜の街を彷徨っていた。


 時刻は大体一時を回った頃だろう。いつもなら学校の屋上に行くところだが、今日の私は屋上に行く気はなかった。


 というか、金輪際屋上に足を運ぶことはないだろう。もちろん、悠星に会うこともない。


 宇宙がなによりも好きな悠星にとって、宇宙を壊そうとしている私は悪以外の何物でもないからだ。


 宇宙を壊す行為を、宇宙が好きな悠星に見せて、反応を見る。なんて。人の好意を、悠星の思いを踏みにじって。


 私はなんて悪徳なんだろうか。


 最初はそんなことをするつもりじゃなかった。というか、私の行為が結果引き起こす行為を考えていなかった。


 ただ、きらめく星々を宇宙好きの人に見せたら喜ぶのだろうかという純粋な好奇心からの行動だったのだ。


 だけど、悠星は私が思っていたよりも、星をきらめかせることに食いついてきた。正直鬱陶しいと思うくらい、悠星は私がやっていることに興味津々だった。


 それで、流されるがままに、私は悠星の頼みを聞き入れてしまった。今でも、あのときの悠星のキラキラとした表情を思い出すことができる。


 あのときの悠星は、本当に宇宙が好きな人でないとできない表情だった。


 脳内で、悠星とかつての自分が重なる。


「昔は、私も宇宙好きだったんだけどな……」


 ふと口から呟きが漏れる。


 そう、私も宇宙が好きだったのだ。


 幼稚園の頃。私の夢は宇宙博士だった。なにを隠そう、父さんの影響である。


 かつての私の目には、自分の手の届かないところで研究を行っている父さんがとにかくかっこよく見えたのだった。


 だけど、やがて大きくなるにつれて、子育てに参加せず黙々と研究を続ける父さんに疑念を抱くようになってしまった。


 そしてその疑念は、両親が離婚したときに、父さんが家庭を捨てたときに決定的な憎悪に変わってしまったのだ。


 今では申し訳なく思っているのか、父さんは時折私に連絡をくれるようになった。幼稚園の頃の私を思ってか、研究成果などもいち早く教えてくれるようになった。


 もう私は宇宙のことを好きではなかったので、はっきり言って迷惑だったのだが、それが結果的に私の復讐につながったので結果オーライだろう。


 私が恒星エネルギーの操作について知ったのは、今からちょうど一ヶ月ほど前のことだった。


 いきなり父さんから怪しげな金平糖らしきものが送られてきたときは訝しんだが、これを使うと星の寿命を縮めることができると知ったときは占めたと思った。


 父さんの研究成果で、父さんの好きな宇宙を壊せるなんて、実に皮肉な復讐じゃないか。


 それからはとても行動が早かった。父さんに「この研究興味がある」とメールを送れば喜んで追加の金平糖らしきものを送ってくれた。ついでに、これらは人体に害はなく、本当に金平糖のように食べても問題ないということも教えてもらった。


 そうして私は、宇宙を壊し始めたのだった。


「悠星は今も屋上にいるのかな」


 本当に、悠星には悪いことをしてしまったと思っている。猛省しているし、非常に身勝手だけれど、もう悠星には会うつもりはない。


 悠星の前から姿を消すことが、今の私にできる最大限の償いだった。


 ふらふらと歩き回っていると、小さな公園が見えてきた。わずかな遊具と小さな広場があるだけの児童公園。当然だが、人っ子一人見当たらない。


 私は静かな公園を突っ切ってブランコに腰掛けると、懐から金平糖が入っている袋を取り出し、中から一粒取り出した。


 屋上には行かないけれど、今日もこのときがやってきた。


 手慣れた手つきでコンペ糸を口の中に放り込み、噛み砕く。


 星々が色鮮やかな光を放ち、煌めく様子を、私はただぼーと眺めていた。


 悠星はどこかで今日も、この輝きを見ているのだろうか。おかしいな。少しの間だったはずなのに、この瞬間に悠星がいないことに、とてつもない違和感を感じる。


 隣で目を輝かせて無邪気に喜んでいた悠星を思い出す。


 私にこんな事を言う権利はないけれど、楽しかったな。悠星といるの。


 プラネタリウムを一緒に作ったときなんて、柄にもなく昔の宇宙が好きだった頃の私に戻ったみたいにはしゃいでしまった。


「懐かしいな……」


 もう会えないとわかっているからだろうか。今日はやけに悠星のことが頭をよぎる。


 思い出に心が締め付けられる。それでもただ、私は星空そらを眺めることしかできなかった。


 それから幾分が経ったのだろうか。しばらくして、私はそろそろ帰路につこうと思い、ブランコから立ち上がろうとした。


 そのときだ。


「雫!」


 聞こえるはずのない声が、聞こえた。


 驚いて正面を見ると、そこには私が一番会いたくなかった、それでいて、私が一番求めていた彼がいた。

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