始まると終わる。

黒井羊太

始まると終わる。

 破裂音。同時に僕の役割は終わる。

 その寸前には、君は何度も僕を踏みつけにして、踏みにじって、踏み心地を確かめる。

 僕は黙って耐える。君の努力を思えば、こんなことを耐えるなんて容易い事だ。

 きっと君は今、緊張しているのだろう。顔が強張っているのがここからでもよく分かる。心臓の鼓動が早まり、集中力が増してきている。

 何時間も、何日も、何週間も何か月も、何年も。ずっとずっと君は練習してきたんだろう。良い時も悪い時もあったはずだ。それでも折れずへこたれず、努力を積み重ねて遂にここへ辿り着いた。

 見てきた訳じゃない。ただ、誰もがそうなのだから、きっと君もそうなんだと思う。

 僕はここから動けない。そんな機能は誰からも求められていないから。動かない事が役割なんだ。

 ゆっくりと君は近づいてきて、そして僕と目が合う。見下す君の視線は少しの不安と確かな自信。

 そうだ、君は君の人生の多くをこの瞬間を迎える為に費やしてきたはずだ。ここから後僅かな時間で、その努力がきっと報われる。

 スターティングブロックを力強く踏みつけて、スタートの合図で思い切り最初の一歩を蹴り出して。あとは振り返らず、ただひたすら走るんだ。僕の役割はそれで終わるけど、君が走り抜ける瞬間までは見届けるから。

 


 

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始まると終わる。 黒井羊太 @kurohitsuji

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