第15話

「ありゃ。そんな状況になってるの?うんうん」

『ざしき怪異保険』のオフィスにて。

つなぎ姿の童女がキャスター付きの椅子の上に正座してクルクルと回転しながら廃寺に出張中の委託調査員と通話をしていた。

「野寺坊かー。あいつはねー、行動原理がよくわかんないんだよねー。寂れた寺に出没するんだけど、鐘ついてるだけだったりするし。まあ個体差もあるだろうけどさ、うんうん」

廃寺に野晒しの人骨が大量に残されていたという猟奇的な報告を受けても幼い顔に動揺は見られない。

「やらかした理由は本人に訊けばいいだろうけど。……え?殺っちゃったの?あやくらが?あいつ物腰柔らかだけど血の気も多いからなぁ。喧嘩売られたら買っちゃうタイプだもんね」

あちゃー、と天井を仰ぐみくら。ひとつの案件にバッティングすることは過去にもあったが、今回は数十年振りだ。三つ子の魂百までと言うが、百どころではない年数を経ても性格が変わらぬ者も存在する。知己の青年はそれに当て嵌まるようだ。成長が無いと見るか安定していると受け取るかは評価が分かれるところであろう。

みくらは評価そのものをひとまず棚に上げて、調査員の無事をひっそりと喜ぶ。既に幾人も手に掛けた妖怪が、己のテリトリーに侵入してきた人間を見過ごすとは考え難い。霊感こそあれど、対処や殲滅に特化した霊能者ではないたきが野寺坊とエンカウントした場合、最悪の事態も有り得る。

「契約者のトムソン君には悪いけど、現状骨の山から見つける術は無いし、そもそも骨の山に混ざってるのかも分かんないもんね」

状況を鑑みて、みくらは調査依頼を取り下げることに決めた。

「わざわざ足を運ばせといてなんだけど、調査は引き揚げて。怪異絡みなのはほぼ確定してるから次は手が空いた霊能者専門家を派遣するよ!お疲れ様!骨の始末はあやくらに任せよう!煮るなり焼くなり埋めるなりどうにかするさ!」


「……とのことなんだが」

依頼元との電話を終えたたきは内容を簡潔に伝える。

「発見してしまったのは僕ですからね。承りました。土地の所有者とも相談してどうにかしますよ」

あっさりと請け負うあやくら。山姥の女将も一筆書きで描けそうな顔のバイトも腹が膨れた狸も、この場の誰一人として警察に通報しなければと言う者は居なかった。殺人事件ではあるが犯人は既に死亡している上、犯人の正体は妖怪である。まさか警察も野寺坊が犯人であるとは辿り着くまい。

骨組みの続きに取り掛かるというあやくらは狸を連れて廃寺へ。 

たきはタクシーを拾う。

「駅までお願いします」

車が走り出すと、運転手が話し掛けてくる。

「お客さん、ここいらじゃ見ない顔だねぇ」

「ええ、ちょっと仕事で」

「こんな田舎までご苦労さまですねぇ。バスも随分前に採算が取れないからって廃止になってるからね。不便でしたでしょう。この辺に住んでる人は車を持ってるし、運転できないような年寄なんかはタクシーを使ったりね。まあ、みんな細々と暮らしてますよ。

でも最近じゃあ余所から若者なんかがやって来たりしてね。動画配信者って言うんですかね、妙な連中が探検気分でカメラを回してたりするわけですよ。なんかねぇ、山の上の荒れ寺が心霊スポットとかってはしゃいでたりね」

「へえ。そんな場所があるんですね」

たきは初耳のような顔をして相槌を打つ。

「あるんですよ。まあね、うちらも商売ですから。その寺まで乗せることもあったりするんですけどね、正直気は進みませんよ。寺の帰りとかは絶対乗せたくありませんね」

「それはまた、どうしてですか?」

運転手は少しだけ言い淀むと「大きな声じゃ言えませんがね」と前置きする。

「ここからちょっと走った所に海に面する崖があるんです。サスペンスドラマとかで出てくるような、いかにもな崖なんですが……お客さん、ここだけの話ですよ?そこはね、自殺の名所なんですよ。それでね、寺の帰りにタクシーをつかまえたお客さんらは何故かその崖に行ってくれって言うんですよ」

信号待ちで停車する。

車内に嫌な沈黙が下りる。

たきは車窓からの景色に違和感を覚える。

ーーこんな道を通ったか?

往路とは異なる風景。駅に戻る道の筈だが……。

「お客さんから言われたらねぇ、こっちとしてはお連れするしかないわけですよ」

信号が青に変わり、発進する。

「崖までお連れして、降ろすんですけどね。その後までは分かりません。そんなのが続くんで、タクシーの運転手仲間も気味悪がってねぇ。廃寺からのお客さんは断るようにしてるんです」

「あの……」

やはり道がおかしい。

わざと遠回りされているのかと訝しむ。

「僕は駅に向かいたいのですが……」

「分かっていますよぉ。この辺は庭みたいなものですからね。慣れたもんです。何年もやってますから」

運転手は前だけを向いて運転している。駅とはまるで違う方向にどんどん進むタクシーに不安になったたきは後部座席から停まるよう声をかける。

「あの、申し訳ないがここで降ります」

「駄目ですよぉ。まだ到着してませんから」

「っ!?」

グルリ、と。

身体を真正面に固定したまま首を百八十度回転させ、運転手は無表情で言う。顔は土気色で唇は紫色。

「とと到着までデししバらくオ待ちクククくダさイ」

アクセルが踏まれたのか、加速する車。

「なっ、ちょっと!?」

ぐんぐんとスピードが上がっていく。ドアを開けようとするもロックされていてビクともしない。

「停まってください!このままじゃ事故りますよ!」

「ホほんジツはご乗車いたダきマママことニありガトうござイます」

首を後ろに回したまま潰れた声で疎通不能な言葉を垂らす運転手。

ーークソッ、こうなりゃどうにかして窓硝子を割って外に出るしか……。

高速で走る車から飛び降りれば無事では済むまいが、遅かれ早かれ何かに激突するだろう。

一か八かに賭けるたきだったが、いつの間にか相乗りしていたもう一人の乗客の存在に気づいてはいなかった。

その乗客は自身の髪を瞬く間に伸ばし、運転手を締め上げ、隙間から車外に髪を滑らせてタイヤに絡ませ強制的に停車させた。

「……!?」

ガクンッと慣性の働きで前のめりになるたき。前方の座席に激突しなかったのは車内に張り巡った髪がシートベルトの代わりになったからだった。

「この髪は……」

隣を見ると豪奢な着物を纏った日本人形がちょこんと座っていた。着物の柄は異なるものの面差しと雰囲気は見覚えがある。

「どうしてあなたがここに?」


ほぼ同時刻、廃寺の境内にて。

骨を仕分けして並べていたあやくらは妹の姿が見えないことに気づいた。











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影負う禍時 @azsun

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