第14話

大量の人骨が整然と並べられている光景に愕然とするたき。嫌悪感が薄いのは眼前の骨に血肉が全く残っておらず、骨だけだったからだろうか。

「これは……」

その場から動けずにいると本堂から人が出てきた。

作業服の長身の青年は両手に骨を抱えて、一つ一つ矯めつ眇めつしながら横たわる骸達の空白部分を埋めていく。

たきはその青年の顔に憶えがあった。

「あ、あなた……あやくらさん、ですよね?」

「おや?たきさんじゃないですか。奇遇ですね。こんな所で何をしているんです?」

「それはこっちの台詞だ。これ……あなたがやったのか?」

努めて平静を装って尋ねる。

あやくらたきの手にぶら下がっている狸に目を遣ると「人払いをお願いしていた筈ですが」と言った。

「ああ。お陰で石段を余計に上らされたぜ」

狸寝入りの狸に代わって、頼んだのお前か、という思いでたきは返した。

「誤解しないで下さい。僕は骨を並べているだけで殺人を犯してはいませんよ。この人達を殺したのは別のものです。放置しておこうかとも思ったのですが、見つけた手前知らぬふりも薄情でしょう。せめて仕分けくらいしようかと。でも目測を誤りましてね。これだけ並べてもまだまだあるんです」

苦笑する顔には食傷気味の様子が見て取れた。

たきさんこそこのような辺鄙な廃寺に何の御用ですか?」

「仕事ですよ。保険の契約者が行方不明になりましてね。ああ、そうだ。この人に心当たりありませんか?」

空いている方の手でスーツの懐を探り、写真を取り出す。もう片方の手にぶら下がっている狸は身じろぎひとつしていなかったが、写真を見るためにあやくらが近寄るとビクッと震えた。そこに写るとみむらはじめを見たあやくらは眉を寄せた。

「存じませんね。もしかしたらこの中のどれかかもしれませんが、この状態では、ちょっと」

「そうですよね……骨だけじゃ」

身長が三メートルを超えているとか、腕が四本あれば身体的特徴で判別可能だろうが、骨だけの状態かつ素人の目視で個人識別は不可能だろう。

しかし、あやくらが理由として挙げたのは別だった。

「霊が残っていればどの骨が誰のかすぐに分かるのですが、ご覧の通り一体もいませんからね」

ハッとして境内を見渡す。建物の陰や山に続く道の端。これだけ大量の骸が並んでいてもおどろおどろしい感じがしないのは霊が見当たらなかったからか。

「頭蓋骨の損傷からして自然死ではないだろう……。これだけの人間が殺されているのに怨念が一切残っていないなんて不自然だ。そもそもどうして皆頭部を損傷しているんだ?」

硬い物に激しく打ちつけたような傷だ。他にも手掛かりがないか観察しようと屈んだところで魂消るような悲鳴が後方から上がった。

「ひゃあああああっ!?」

一筆書きで描けそうな顔の男が山門で腰を抜かしている。

「ア、アンタら何してんだ……?」

青褪め全身を戦慄かせていた。倒れたおかもちや恰好からして出前人のようだ。震えるその姿が正しい人間の反応のように思え、たきは骸の山を前にしても慣れかけている自分が職業病に侵されているのかもしれないと危惧した。

しかし、一筆書きで描けそうな顔の男にもたきは憶えがあった。

「あ!いつぞやのコンビニ店員じゃないか!」

言われて男はまじまじとたきの顔を見て「あ!」と思い出した。

「あの時のダンナじゃねえか!……と、ゲェーッ!」

作業服姿の青年の正体に気づいた男は蛙が潰れたような悲鳴を上げてわたわたと逃げ出そうとする。立ち上がろうとして転び、おかもちも投げ出したままその場を離れようとする。

「おいちょっと!」

たきが呼び止めるが構わず逃げていく。追いかけようにも片手にまだ狸をぶら下げたままだ。

「やだなぁ。人の顔見るなり逃げるだなんて失礼ですよ」

一方の青年は持っていた骨を躊躇無く逃げる背中に投擲した。

「あでっ!?」

大腿骨と思われるそれは狙い違わず後頭部に当たり、バランスを崩した男はもんどり打って長い石段を転がり落ちた。

「ぎゃああああああぁぁぁぁぁ………!」

尾を引く悲鳴。

「馬鹿!他人様の骨を投げるやつがあるか!?」

思わず叱咤するたき。急いで山門を潜り、石段の上から下を覗く。

「……打ち所が悪けりゃ万が一も有り得るぞ」

「大丈夫ですよ。妖怪ですから。この程度じゃ仕留められません」

「よ、妖怪だって……?」


「勘弁してくれよ、こちとら善良な小市民的妖怪だってのにヒデェ目に遭った」

廃寺がある山から一番近い町にあるうどん屋に一行は腰を落ち着けていた。

石段の上から転がり落ちた一筆書きで描けそうな顔の男は下で目を回していた。暫く待っていると飛び起きて「マズい!サボリがバレちまう!ダンナ方、店に来てくんな!客を捕まえて帰りゃ女将も角を引っ込めてくれるってもんだ!」と有無を言わせず引っ張った。

奇しくもその店は狸が推薦していたうどん屋だったようで、きつねうどんを美味そうに啜る狸は満足気だった。

「飲食店なのに狸姿のままで入店オッケーなんだな」

「この店の女将は山姥だからな。細かい事ァ気にしないのさ。客なら人間も妖怪も大歓迎ってね。」

「全国各地を転々としているのは知っていましたが、まさかこんな所で会うなんて思いませんでしたよ」

「そりゃこっちの台詞だ。アンタ幽霊屋敷で暮らしてたんじゃないのかい」

それはたきも気になっていた。あやくらしずたきの祖父母が住んでいた町に居を構えていた筈だ。それがどうして廃寺で骨を拾っていたのか。

「勿論今も暮らしていますよ。あんな物件はそうそうありませんからね。こちらに赴いたのは依頼を受けたからですよ。あの廃寺……山ごと、になりますが、売買される話が持ち上がっていましてね。しかし心霊スポットとしても好事家の間で有名らしく、所有者からは『本当に何か居るなら今のうちに退去させといてくれ』と言われ、購入希望者からは『本当に何か居るなら移住先の相談をしなくてはならないから今のうちに話を通しておいてくれ』と両サイドから依頼がきたんですよ」

「所有者というと……ふなもり氏か」

登記簿上の名義人の名をたきは口にする。あやくらは頷く。

「ええ。尤もふなもりさんは所有しているだけで宗教法人の運営はされていないようですが」

「貴方達、あのお寺の話をしているの?」

店の奥から妙齢の女性が出て来た。

「お、女将、オレは決してサボっているわけではなく接客に勤しんでおりまして」

「どうだか。まあいいわ。格好良いお客様連れてきてくれたから。狸ちゃんもいらっしゃい」

口元のほくろが婀娜っぽい女将、山姥のは「あのお寺、変な所でしょう」と訳知り顔で言った。

「あそこはね、昔わたしが住んでいた場所なのよ。その時はあんな建物は無かったけれどね。それがいつの頃だったかしら、土地を譲ってほしいって人間がやって来たのよね。お礼も充分貰ったからわたしとしては構わなかったわ。で、あれよあれよという間にお寺が作られたの。

変な所っていうのはね、あのお寺が祀ってる本尊。人間の文化じゃ仏像や経典、曼荼羅を安置するでしょう?でもあのお寺は六本腕の木乃伊を祀っていたのよ。わたしの目から見ても気味が悪かったわ」

「六本腕の木乃伊を?本堂にそんなものが?」

本堂に入っていないたきは目を丸くした。

「六本腕の木乃伊ですか?僕が見た限りでは須弥壇にそのようなものはありませんでしたよ。須弥壇は空で、周囲に人骨が山となっていました」

あやくらが語った本堂内の光景に今度はがキョトンとした。

「あらそうなの?人骨?さては野寺坊ちゃんの仕業かしら。あの子ったら悪い遊びを覚えたのねぇ」

頬に手を添えてアンニュイな溜息を吐く。

「地元の人は滅多に寄りつかないけれど、心霊スポット探索とかで流行っているみたいだものね」









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