ホ・ン・モ・ノ

@zawa-ryu

第1話

 授業の緊張から解放され、クラスはお昼休憩の楽しい時間を過ごしていた。

 暑さも段々とやわらいできた十月の昼下がり、教室からのぞく青空はどこまでも高く美しい。開け放たれた窓からは心地よい風が舞い込みカーテンを揺らしている。

 気の合う者同士が小さなグループを作り、あちこちから賑やかな話し声が聞こえてくる。近くにいた女子グループの話題はどうやら先日行われた体育祭の話らしい。

 女子バレー部の、普段から声が大きい3人組だ。こちらが聞こうとせずとも勝手に会話が耳に入ってきた。


「ねえ、こないだの体育祭の写真なんだけど」

「あ、プリント出来た?」

「見せて見せて」

「うん、いちおう」

 写真の束を鞄から出して手渡す。

「てか、何枚あるの」

「むちゃくちゃ撮ってるじゃん」

「むちゃくちゃ撮ったよ。だって思い出でしょ。いっぱい撮るでしょそりゃ」

「てか、いちおうって何?」

「あ、わたしこれ欲しい」

「それでさ、ちょっと見て欲しいのがあって」

 盛り上がってはいるが、写真の話を始めた女子は少し元気がないようだ。

「これ、なんだけど」

「あ、バレー部で集合した時のやつだ」

「うまく撮れてんじゃん。ちょと逆光になっちゃてるけど」

「逆光はまあいいんだけど」

「全然気になんないって」

「ほんとほんと、後でちょうだい。スマホに画像残ってるんでしょ」

「うん、あるよ。後で送るね。それで、ちょっとこの上の方なんだけど」

 写真の上部、バックに写った校舎の4階辺りを指差したのが見えた。

「きゃーっ」

「えーマジ?これって……」

 一際声のボリュームが上がり、何人かの生徒が振り向いた。

 隣にいた男子数人が何事かと輪に加わる。どさくさに紛れて俺も後ろの方から参加する。

「うわっやっば」

「おいおい、マジかよ」

 写真を見ると男子生徒は口々に叫んだ。

 そこにはうっすらと白い影が写っていた。見様によっては半袖のカッターシャツを着た生徒がこちらを向いているように見える。

 思わずゾッとする写真だ。みんなヤバいヤバいとざわついている。

 騒ぎに気づき、少し遅れて話に入ってきた男子生徒がパッと写真を取り上げて言った。

「ふん、良く見てみろよ。ただのモヤじゃないか。こういうのは思い込みでそれっぽく見えるもんなんだよ」

「えー、そうかなあ」

「そう言われたらたしかにそうかも」

「普通に考えたらありえないもんね」

 少し空気が軽くなり、写真を持ってきた女子も笑顔になった。しかし、

「いやこれ、きっとホンモノだよ」

 隣にいた男子生徒が青い顔をして言った。

「いや、実を言うとさ、俺の写真にも写ってたんだよね」

「えっ?あんたも撮影許可もらってたの?」

 ウチの高校はスマートフォンの使用は原則禁止だが、昼休みや放課後は許可されている。行事ごとに限ってカメラとして使用する分には、事前に生徒指導部に申請すればOKだが、生徒指導部の許可を取るのは中々骨が折れるので、たいていクラブ内か仲間うちで誰か一人が撮影係として任命される。もちろん撮影したものはSNSなどへの投稿はNGだ。

「ああ。面倒くさいから嫌だったんだけど、卓球部のくじ引きで負けてさ。当日は撮影に追われて競技どころじゃ無かったよ」

「それで、写ってたの?」

「うん。写真は今無いけど、スマホに入ってる。見るか?」

 みな怖いもの見たさでおそるおそるスマホを回し見る。そこにも同じ場所に、同じような白い影が写っていた。

「神社でバイトしてる姉貴に言ったらすぐ消した方がいいって言われたけどな。清め塩貰ってきてくれたから鞄に入れて持ち歩いてる」

「ねえ、今気づいたんだけど」

「この写ってる場所って、ここじゃない?」

 女子生徒が指で足元を指す。確かに、写真に写ったグランドの方向から考えると位置的にこの教室だ。

「やだーっ怖すぎるって」

 途端に女子たちが騒ぎだす。

「なら、今ここで撮ってみようぜ」

 さっき懐疑的だった男子生徒がスマホを取り出した。

「これで写ったら認めてやるしかないが、まあ絶対に何も写らないね。賭けてもいい」

「えームリだよー」

「本気で怖いんだけど」

「大丈夫だって」

「呪われたらお前のせいだからな」

 本音では皆何も写ってない事を確認して安心したいのだろう。怖がりながらも確かめずにいられないのか、絶対に嫌だと言う者はいなかった。 

「よし、撮るぞ。みんな真ん中に寄れ」

 それぞれ顔を見合わせながら近くに集まる。

 ピコンと軽い音がしてシャッターが切られた。

「どうよ、どうよ」

 みな我先にとスマホに群がる。

 そこには、俺を含めた全員がぎこちない笑顔を浮かべて写っていた。バックには抜けるような青い空。俺たち以外何も写っていない。やっぱり何かの勘違いだったようだ。


「ぎぃやぁーーーーーーーっ」

 バレー部の3人は大声で叫ぶと教室から散っていった。写真を撮った男子生徒もあわあわと腰を抜かし、手からスマホがすべり落ちた。

 なんだなんだ?何が写ってたんだ?いったいどこに?

「助けてくれーっ」

 卓球部の男子生徒はそう叫ぶと、清め塩を取り出しすごい勢いで教室の四隅に盛り、残った塩を空中に振りまいた。

 なんなんだよいったい!俺にもよく見せてくれ。

 俺はスマホを拾い上げると、もう一度隅から隅まで画像をよく確認した。

 おかしい。何度見ても変なモノも写ってない。そこにはさっきと同じように、

 ん?

 画像から、俺の体だけが、だんだんと薄れていく。

 急に息苦しくなってきた。足元が熱い。

 見ると足先の塩がかかった場所から徐々に体が消えていく。


 ああ、そうか。


 そうだ、俺は、


 去年ここから飛び降りて死んだんだった。

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