猫が◯◯する話(全3話完結)

yolu(ヨル)

第1話 猫がポストになる話

 猫と人間は共存が可能です。

 その一つに、静寂の村と呼ばれる村で暮らす、猫のアボントの話をお届けしましょう。


 山岳に囲まれた風車と花畑が広がる小さな村は、静寂の村と周辺地域からは呼ばれています。

 理由の一つに、村人たちの声がないことが言えるでしょう。

 声がないのに、不自由なく人々が暮らしているのは、猫がいたことに大きく関わりがあります。


 猫は各自、大なり小なり、縄張りを持ちます。

 さらに、縄張りの監視時刻は猫によって時間がちがうのですが、このポイントに目をつけたのが、この声なき村の人々です。

 猫が周回するポイントを把握し、そのポイントポイントで手紙を運ばせることを思いついたのです。

 今では猫に小さな箱をつけ、そこに手紙を入れ、猫が縄張り確認のに届けてもらっています。


 村人が猫たちの歩みに合わせ、寄り添い、手紙を託すことで、会話が成り立つ。

 とても理想的な人と猫の共存と言えるでしょう。

 過去の記録から、筆談しかない生活は、とても窮屈で、ひどく荒んだ時代だったと記されています。

 猫の生態に寄り添い、猫と共に生きる村。

 まさしく、猫の理想郷かもしれません。


 では、今日は村の中でも一番の長寿、黒猫のアボントの1日を見てみましょう。


「にゃ……はふ……」


 アボントの朝はとても遅いです。

 まだまだ艶やかな黒い毛並みを持つ彼ですが、今年で19歳。

 現在の彼の1日は、寝ることが大半です。

 今日は薄曇りであったため、昼までぐっすり。

 飼い主のカレンのベッドをずっと横取りしていました。

 村の花畑のように色とりどりの刺繍がされたベッドカバーにある赤いバラのポイントが、アボントのお気に入りの場所です。

 彼曰く、いつもほんのりと温かいのだそうです。


 カレンはいつも通りに起き、既に朝の仕事を終えています。

 そして、寝起きが悪いアボントのために、柔らかく煮た野菜とウサギの肉を用意。

 カレンの家族用にスープに変わる具材ですが、アボントには食事になるところが素敵ですね。


 アボントの家族は、カレン含めて他の4人がおります。

 農夫である主人のマルクと、幼い子どもが2人、ハンスとニコレの兄妹きょうだいです。彼らはとても仲が良く、父親の畑の手伝いはもちろん、一緒に畑仕事をする牛の面倒もよく見ています。


 アボントは寝室を出てすぐ、スープの匂いに気付いたようです。

 磨き込まれた木の廊下をはずむように歩きながら、リビングに着いたアボントは、みんなが座るテーブルへ。

 階段状に積んだ本をゆったりと歩きながら、アボントは自分のテーブル上につきます。


 現在、昼食時間。

 野菜とウサギ肉のスープ、焼き上がったばかりのパン、スクランブルエッグや羊のチーズに、塩漬けの豚肉、さらにはカレン手作りの色とりどりのジャムが並んでいます。


「にゃ」


 アボントが鳴いた声に合わせて、カレンたちは手を組み、静かに祈りはじめました。

 家族の団欒ですが、言葉がない村ですから、会話はありません。

 今はアボントも食事中のため、手紙も渡せないのですが、彼らは視線と指さしで会話をしているようです。

 ただこの会話はローカルルールのようなものらしく、他の村人たちには通じないと、先ほど筆談でお聞きしました。


 しかしながら、彼らの食事は音がなくとも、とても和やかで楽しげな空間で心地がよいです。

 もちろん、カレンの食事がとても美味しいのもあるのでしょう。

 特にスープが絶品です。

 私は人間と同じものを食べられるのですが、ここの村人たちは素材の味を生かしながらも、丁寧に加工食品をつくっており、どれも旨味まで感じられる完成度の高い素材ばかりです。


「にゃにゃ」


 アボントが私に味はどうだと聞いてくれました。


「とてもおいしいです。パンもなにもつけなくても甘味があってとても香りが豊かで、いくつでも食べられます」

「にゃぁ」


 お世辞を言うなと言われましたが、アボントは嬉しそうに目を細めてくれました。

 早々に食事を終えたアボントは、玄関ドア近くに置かれた首かけポストの綱に頭を通します。


「にゃ」


 これから縄張り確認と共に、配達に行くそうです。

 着いていきましょう。


「今日の天気はとても穏やかですね。この村はいつもこんな天気なんですか?」

「にゃ。にゃ。にゃ」


 今の春が一年のなかで一番長いから、とても過ごしやすい、とのこと。

 この村で多くの猫たちが過ごす理由がわかる気がします。


 1個目のポストスポットに到着したようです。

 村人がアボントの胸にあるポストから手紙を取り、名前を確認していきます。

 宛名が違えば戻し、さらに新しい手紙がアボントの首のポストへ入れられます。


「にゃ」


 アボントはまた歩き出しますが、今度は小川を辿っていくようです。

 とても透明度のある小川です。

 小魚はもちろん、水草もゆるやかになびいています。


「雨の日は大変ですね」

「にゃ!」


 雨の日はみな家にこもるため、とても楽だとのこと。


「でも、家族の会話など、運ぶのでしょう?」

「にゃ」


 アイコンタクトや指差しでことがすむため、あまり必要がない、と。

 確かに先ほどの団欒風景を見ればそうかもしれませんが、少し寂しい気もしますね。


「にゃにゃ」


 ここの人間はそれが最大限のコミュニケーションだからな。問題ない。と言われました。

 アボントが言うと、説得力があります。


 ……おや、茶色の虎猫です。


「なー」

「にゃ」


 お互いの縄張りの重なるポイントのようですが、ここではケンカはありません。

 お互いに『いる』ことを確認したのみで、通り過ぎていきます。


「威嚇などもしないんですか?」

「にゃ」


 しないそうです。

 大人ですね!


 少し進むと、ポプラ並木が現れました。

 ここが2個目のポストスポットになるそうです。


「……にゃ」


 軽々と小川を渡り、ポプラ並木をすぎた場所にヤギが飼われています。

 そこがアボントのもう一つのお気に入りの場所であり、ポストスポットになっているそうで、複数の猫たちが集まる集会所の役割もあるそうです。


 アボントは崩された干し草の山の一角を陣取り、手で穴を掘りながら適当に草をほぐし、自分の寝やすい場所を作っていきます。

 私も真似をして作らせてもらいましたが、この干し草の香りのいいこと!

 とても弾力も柔らかく、毛に刺さりにくい。さらには保温効果もあり、この春の日差しをしっかり吸収していて、いつまでも眠れるベッドになっています。


「にゃ」


 ここでしばらく過ごすそうです。

 私もお言葉に甘えて、他の猫たちといっしょにお昼寝タイムとしましょう。



 ──気づけば、もう夕方です。

 私が起きると、アボントも起きました。

 首にかけられていたポストの袋がまるでかわっています。

 アボントの手紙はすっかり入れ替わっているようです。


「にゃ」


 今日の仕事は終わりということで、帰路につきます。

 帰り道は大きな通りを辿っていくそうです。

 小川の方にはキツネがおり、この時間帯は特に気をつけなければならない。

 大きな通りを歩くことで人間たちに追い払ってもらったり、安全を確保が大切だと、アボントは言います。


「にゃ」


 安全に仕事をこなすのが大切だと、アボントの言葉には重みがありますね。


 さ、無事に家に帰ってこれました。

 出迎えてくれたのは、ハンスとニコレです。

 私も抱きかかえてくれようとしましたが、そこそこなボリュームボディなもので、……主人のマルクが抱き上げてくれました。

 とても分厚い胸板と二の腕に包まれて、少し窮屈です。


 夕飯もご馳走してくれるということで、準備されたものは、なんと丸鶏のグリル。

 またカレンのスープもあるそうで、本当に今晩はご馳走です!


 鶏のグリルと煮野菜をたいらげたアボントに、最後の質問をしてみましょう。


「あなたは、ポストとして働いていますが、その自分のことをどう思いますか?」

「にゃ。にゃー。」


 とても、誇りに思っている。この村に生まれてよかったよ。

 アボントはクリクリの目を細めながら語ってくれました。

 彼の心からの声は、我々猫科にとって、とても励まされる素敵な言葉ですね!



 さあ、次回はどの猫をご紹介しましようか。

 そうですね。猫が医者になる話をしましょうか。



執筆:二足歩行猫類 ヨル

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る