第2話 猫が医者になる話

 “最先端医療”と聞くと、どんなものを想像するでしょう?

 とある街で、各家の医者として猫が働いていると聞きました。

 彼らの処置は的確で、そして何より、この街の人々は病気知らず、なのだとか。

 猫の仕事はもちろん、人間との関わり方を知りたく、私は訪れることにしました。


 この街は大陸の西側に位置している、先進国の都市の一つになります。

 何本もの道路には電気自動車が走り、空を突き破るほどの高層ビルが並ぶ、まさしくコンクリートジャングルの大都市。

 そんな、とても近代的な街に、医者となった猫たちは溶け込んでいるそうです。


 私は、7年もの間、医者を続けているリーフに会にいくことにしました。

 彼女は白と黒のハチワレ猫で、ピンクの鼻がキュートな猫です。

 近所の公園を待ち合わせにしたのですが、彼女は白衣の代わりに白い首輪をつけ、出迎えてくれました。


「にぁあ」


 よろしくお願いしますと挨拶をすると、すぐに歩き出します。

 これから診察がはじまるとのことで、少し緊張しますね。

 彼女が向かったのは、家兼職場であるパウサル家です。

 5年ほど前まではホワイトと一緒に診察をしていたそうですが、今は一人。


「寂しくないですか?」

「にゃ、にゃー」


 寂しいけれど、天命には逆らえない。

 グリーンの瞳は悲しげですが、明るく笑って答えてくれました。


 最初の診察は、パウサル家の末っ子ミランダから。

 彼女は7歳。ちょうどリーフと同い年です。


「にゃ、にゃ」


 まだベッドに潜っているミランダの体を踏みつけます。とても激しいです。むしろ、飛んでいます。

 毛布に潜り込んだミランダですが、リーフは毛布を口にくわえはがすていきます。

 かなり力強い攻防です。

 ふと、ミランダの手が緩んだのか、ブロンドの髪の隙間から色白な額が見えます。

 そこに彼女はしっとりした肉球をあて、体温を計測。鼻を近づけ、体調を確認しているようです。


「……にゃ!」


 問題ないようです。

 ですが、さらにリーフは激しくミランダのお腹の上を走りだし、さらに机からベッドへダイブを繰り返します。

 一際大きなうめき声が上がりました。

 5回目のダイブで、ミランダは起きることにしたようです。


 そのままリーフは乱れた毛をなおすことなくリビングへ。

 朝食が並ぶテーブルでは、コーヒーを片手に新聞を読む主人のダニエル、サラダを運ぶのはその妻のメアリです。


 リーフはダニエルを見ると、すぐにテーブルに駆け寄ります。

 毛が逆立ち、短めのしっぽが太く膨らみました。

 どうも、緊急事態のようです。

 彼女はすぐさまダニエルの膝にのると、首元に顔を擦りつけはじめます。

 しまいには、小さな手で彼の首元をちょんちょんと叩きました。


「にゃ」


 リーフは、どうもダニエルの喉の調子があまりよくないと判断したようです。

 彼は大きな手でリーフの頭をなでたあと、簡易端末で内科の診察予約をいれ、席に戻ります。


「にゃ」


 リーフは確認すると、安心したように背伸びをし、次は妻のメアリの足元へ向かいます。

 リーフはメアリの足元を3周したあと、ふんと息をつき、あくびをしました。

 メアリの体調には変化がなかったようです。


 診察してくれたお礼にと、メアリから切り分けられた朝食のベーコンがお裾分けされます。

 軽々と呑みこみ、べろりと口をなめたリーフは、軽々とテーブルに移動しました。

 テーブルに置かれたリーフ用の朝食の前で、美しい姿勢で座り、私を視線で呼んでいます。

 なんでしょう?


「にゃ」

「あ、ありがとうございます。私の朝食まで。とても美味しそうです」


 私もリーフのとなりの椅子に座らせてもらいました。

 とても香りのいいドライフードが盛り付けられていました。

 通称カリカリと呼ばれる茶色のペットフードの上には、ささみのドライフーズ、そして干された小魚がトッピングされ、とても豪華です。


「毎日これを召し上がっているのですか?」

「にゃ。にゃ。にゃー」


 幼い頃は柔らかいご飯だったけど、今はこれ。変わらない味がいいし、毛並みもツヤツヤなの。

 リーフは自慢げです。

 各々のタイミングで食事をするそうで、さっそくとリーフが食事を始めました。

 私もいただいてみましょう。


 お、このカリカリは、とても食感がいいカリカリです!

 よく見れば大小さまざまな形のカリカリがあります。大小の粒ごとに味がちがうようです。

 これはとてもおいしい!

 さらに、ささみのドライフーズが鶏の風味をたしてくれるので、おかわりしてしまいそうです。

 これは食べすぎないようにしないと。


 顔を洗ったミランダが、ようやく席につきました。

 すでにリーフは食事を終えており、家族が朝食を食べる光景をじっと眺めています。

 その瞳は、とても穏やかで優しい、主治医の視線です。


 朝食を終えると、ダニエルとメアリはスーツに着替え、ミランダも学校へ行く準備を整えていきます。

 ものの20分程度で支度を終えた3人は、それぞれ出ていきます。

 一人一人に抱きしめられ、撫でられ、見送ったリーフですが、これで朝の業務が終わったようです。

 ちなみに私も一人一人に抱きしめられ、撫でられて、見送りをしましたが、ミランダの力加減がまだ甘く、少々強引でした。

 少し非難をしたい気持ちになりましたが、リーフの視線が強いので、口に出さないことにします。


「にゃー」


 リーフに呼ばれたのでついていくと、ちょうど2階の出窓につきました。

 彼女用のベッドがあり、そこで日向ぼっこと、これまでの抱っこで乱れた毛繕いを行うそうです。

 私も同じように日を浴びて、毛繕いをさせてもらいました。


「とても気持ちがいい光ですね」

「にゃ、にゃー」


 高層ビル群のおかげで日光が少ないため、人工ランプで窓を照らしているそうです。

 人工ランプもこれほど太陽光に近い温かみをだせることに驚きです。さすが近代的な街ともいえますね。


「リーフに一つ質問ですが、主治医として、辛かったことはありませんか?」

「……にゃー。にゃにゃ。にゃ!」


 もちろん、ある、けれど、私ができるのは人間が病気にかかったシグナルを感じることだけ。それ以上も、それ以下もない。やれることをやるだけよ。

 まっすぐ向いて答えてくれたグリーンの目は、キラキラとエメラルドのように輝いていて、彼女の使命感を表しているように、私には見えました。


「にゃん」


 ミランダが学校から帰ってくる時刻まで、休み時間だそうです。

 さっそくリーフと私は、寝る準備に取り掛かります。



 ──小さなアラームがベッドのそばで鳴り始めました。


「ふぁ………にゃ」


 リーフは器用に液晶をタップし、アラームを止めると、窓の外を眺めます。

 スクールバスの到着時刻のようです。

 適宜に毛繕いをほどこし、ミランダを玄関まで迎えにいきました。

 私もついていきますが、どことなしかリーフの足が速足に感じます。


 ドアベルが鳴り、ミランダが笑顔で帰ってきました。

 しかしリーフはすぐにミランダの胸に飛び込み、彼女の頬を舐めまわします。


「にゃー」


 ミランダが何かあって泣かなかったか、体温が上がっていないか、さらにはケガをしていないかの確認をするためだそうですが、今日はなにもなかったようです。

 安心したようで、リーフのしっぽが楽しげに天井に向きました。

 ですが、彼女の仕事はここまでてはありません。

 ミランダにうがいと手洗いをうながし、着替えをさせます。

 そして、カバンからファイルを見つけると、リーフは前足でパタパタと叩きます。

 宿題をさせるためです。

 しぶしぶですが、ミランダはダイニングテーブルに移動。彼女が広げたプリントの前にリーフが座りながら、チェックしていきます。


「にゃ」


 リーフが空欄を見つけたようです。

 小さな手で踏みつけた空欄に、ミランダは少し悩んだあと、単語を埋めました。


「リーフはミランダの家庭教師もしているんですね」

「にゃ。にゃ」


 穴あきが嫌いなだけよ。

 リーフはいいますが、ミランダはリーフのことを頼りにしているようで、何度もプリントを見せて、確認を促しています。


 リーフとミランダのやりとりを見ていると、人間とともに生活している猫だからこそ、病気に一番に気づけるのはもちろんですが、厚い信頼関係があります。

 また、最近の研究結果で、この都市に住む猫たちは、みな、匂いに過剰なほど敏感なことがわかっています。

 人間の口臭はもちろん、体臭にも病気の原因が散りばめられてるといいます。この特性が、彼らを医者にし、人間とともに歩むきっかけとなったのでしょう。

 とても素晴らしい共存です。


「さあ、リーフ、とても興味深い1日をありがとう。最後に、あなたにとって医者の仕事とはなんですか?」

「にゃ。にゃー」


 とても誇りのある仕事よ。私も人に支えられてるからお互い様だしね。

 ごろんとお腹を見せて背伸びをしながら話してくれたリーフから、彼女にとって医者の仕事が天職なのがわかります。



 さて、医者になった猫、いかがでしたか?

 さあ、次回はどの猫をご紹介しましょうか。


 悩みますが……、次回は、猫がバスになる話をご紹介しましょう。


執筆:二足歩行猫類 ヨル

 

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