残念! 青春ラブコメでした!

<第二幕 鍵山幹二>


 駅で電車を待つ間に、俺はみのりにLINEを入れた。

『いまから帰る。三時にいつもの場所で』

 ホームに滑り込んできた電車に乗り、座席に腰を下ろした直後に、OKと横に書かれたアニメキャラのスタンプが返ってきた。

 三ツ橋みのり――

 俺と同じ高校に通う同い年。成績はシンイチほどではないが俺よりは良くて、今年から特進クラスに入っている。

 もっと上の大学にも行けるのだが、親元を離れたくないとのことで地元の公立大が第一志望だとか。そこだったら、俺も行けないわけじゃない(ただしB判定だけど)。

 彼女とは、何故か、小学校、中学校、高校とずっと一緒だった。

 小学校の頃は、眼鏡だの髪型だの服装だの、事あるごとにいじって、よく泣かせて、何度も先生に怒られたなあ……

 彼氏彼女としてつき合い始めたのは、去年のクリスマスからだ。

 正直、長い間、俺はみのりを異性として意識していなかった。しょっちゅう話をする仲ではあったんだが……

 それが決定的に変わったのは――去年の今頃のことだった。


「ねえカンジくん、篠原くんってさ……好きな人とかいるのかな」

「え」

 夕方、駅からそれぞれの自宅への、ちらほら商店が並ぶ帰り道――それまで、昨日見た深夜アニメの感想など、たわいもない話をしていた途中で、急にみのりの口からポツリとそんなセリフが出て、俺は驚いた。

 みのりはれっきとした「歴女」だ。研究部の部員じゃないが、俺がシンイチと歴史談義をしていた時、何度も乱入してきた。

 もっとも、彼女は歴女の前にアニメマニアで、「戦国SARABA」と言う、有名な戦国武将たちがどいつもこいつもイケメンでイケボな青年武将に美化され、時代考証ガン無視の架空の戦国時代で活躍するアニメにはまったのがそうなったきっかけなので、俺たちとはちょっと違うのだが。

 ともあれみのりなら、シンイチと話が合うだろう。

 それに「戦国SARABA」にはまる前から、みのりは、頭の切れる、クールな美形の参謀タイプのアニメキャラを好きになることが多かった。シンイチに近いと言えなくもない。

(優等生どうし……正直、お似合いだよな……)

 みのりの顔とシンイチの顔を並べて思い浮かべて、俺はそう思った。

 横にいるみのりの、夕陽に照らされた表情は、ちょっと恥ずかしげで、今まで俺が見たことがないようなもので……


(――取られたくない!!)

 自分でも意外だった。

 突然、そんな思いが、どうしようもないほど胸いっぱいに膨れ上がった。

 みのりの質問から十数秒後、とても不自然な間があってから、俺は答えた。もしかしたら、ちょっと声が上ずっていたかもしれない。

「い……いるよ。二組の白石さん」

 断っておくが、まるっきりの嘘ではない。ちゃんと本人からそう聞いた。

 白石初音さん、の名を知らない人はこの学校にはいないと思う。俺たちと同学年の彼女だが、今や朝ドラの主役もはった女優の「真鍋みなみ」さんによく似た美少女。もし我が高でミスコンがあれば、間違いなくぶっちぎりで優勝するだろう。現に芸能事務所にスカウトされたという噂もちらほら。

 仲間うちで「女の子誰が好き?」という話題になった時に、答えるのに面倒だったり、あるいは本命を隠したりしたければ「白石さん」と答えておけば場がおさまるような、そんな存在なのだ。

 なので、確かに俺はそう聞いたが、シンイチがどのくらい本気で言ってたかは分からない。

「そっかー、初音ちゃんかあ……彼女、かわいいもんね」

 みのりは、白石さんとも友達だ。その時はとした感じで言っていた。

 しかし……


 それから一月ひとつき後の、文化祭の日。

 この年、俺たち歴史研究部は、教室の一つを借りて、真田幸村をテーマとした展示を行っていた。

 正直、部員の知り合いしか見に来ないような、お世辞にも人気とは言えないような展示で、俺も暇を持て余しながら席に座っていたが――

 そこに、友達を二人連れて、その白石さんが教室にやって来たのだ。

 連れも十分ハイレベルな女の子たちで、まるで教室に、一斉に花が咲いたみたいだった。

 何でも、今、好きな俳優さんがTVドラマで真田幸村を演じているからという理由で見に来たらしい。

 俺も含めて、他の部員より圧倒的に知識が豊富なシンイチは、一年生の時から文化祭の展示においては実質的に「部長」を務めていた。

 なので、白石さんに説明するのも自ずとシンイチの役割になった。

 ガチの恋愛感情があろうがなかろうが、校内一の美少女と楽しく会話できて、嬉しくならない男子などいるはずがない。

 シンイチは、俺が(あいつでもこんな顔するんだ……)と思うほどの喜色満面さで、六文銭の由来やら、九度山での生活の裏話やら、真田丸の構造やらを熱心に語っていた。

 その様子を――教室の入り口のところで、みのりが立ち止まって見ているのに、俺は気づいた。

 その顔には、明らかに動揺が現れていた。

「みの……」

 ガタンと、音を立てて席を立った。

 俺は、慌ててみのりのもとに立ち寄った。

「あはは、かないっこ……ないか」

 彼女が小声でそう言ったのが聞こえた。

 みのりは踵を返して歩き出した――いや、二、三歩進んだ後は走り出した。

「みのりっ!」

 俺はみのりを追いかけようとした。だが、教室の中からシンイチの「カンジくーん、ちょっと説明手伝って~」という、何も知らない無情な声が飛んできて、そうすることが出来なかった。


 その後、俺はみのりにアタックを開始した。

 フラれた――と思い込んでただけかもしれなかったが――女の子を口説くなんて簡単だろうって? いやいや、そんなことなかった。みのりはなかなか首を縦には振ってくれなかった。

 そして、クリスマスの日。

 俺はミッキーとミニーの小さな人形が入ったスノードームをプレゼントして、これでダメだったら諦めるという言わば背水の陣で、みのりに思いを伝えた。

 みのりは漸く「うん」と言ってくれて――で、今に至る。


 俺は思う。

 もし俺がシンイチに、正直に「みのりのことだけどさ、お前に気があるみたいだよ」と伝えていたら、どうなっていたか。

 シンイチが、文化祭の後、白石さんとどうにかなった話なんか聞かないし、今でも俺にリア充爆発しろと言い放つフリー状態だ。

 昔より歴女は増えたかもしれないが、そうはいない。

 あの頃、シンイチの激アツ歴オタトークにつき合える女の子なんて、みのり以外にはいなかった――いや、女の子との会話自体、俺とシンイチの話にクチバシを突っ込んでくるみのりとの間以外、ほとんどなかったんじゃないだろうか。

 そして、繰り返すが白石さんの名前は、意中の人を秘密にしたいときに「使われる」ものなのだ。

(ひょっとしたら……)

 考えすぎかもしれないが、そんな思いが頭から消え去ることはない。

 みのりの立場で考えても――俺なんかより、東京の有名私大合格ほぼ確定、将来有望なシンイチとつき合っていた方が、この先よかったかもしれない。

 それらを全部ぶち壊しにしたのは、他ならぬこの俺だ。

「僕の意見では、秀吉は情報を持っていたのに黙っていた重罪人だよ」

 シンイチの言葉が、俺の頭の中でリフレインする。

(……俺も秀吉と変わらねえよな)

 真実は、誰にも言うわけにはいかない。みのりにもシンイチにも、この先隠し通すしかない。

 例え一日で百キロ進軍しましたレベルの、明らかな嘘をついてででも――


『次は○○、○○――左側の扉が開きます』

 おおっと危ねえ、考え込んでたら乗り過ごすところだった!


<第三幕 三ツ橋みのり>


(はあ、カンジくんと二人で、アニソンガンガン歌って、だいぶテストのストレス発散できたなあ……でもカンジくん、いつまでたっても歌上手くならないね。ま、ヘタでも一生懸命歌うところが可愛いんだけど……)

 いま、家に帰って、パジャマに着替えてベッドに入る前だけど――カンジくん、あたし、ホットチョコレート飲みながら、楽しかった今夜のこと、思い出してるよ。


 昼、篠原くんと、秀吉の中国大返しについて話し込んでいたんだって?

 カラオケボックスじゃ、ふんふんと相づちを打ちながら聞いてただけだったけど――あたしの推理はこうだよ。

 あたしは部屋に飾ってあるポスターを見てる。いろんなアニメの、あたしの好きなキャラ(全員男だけど)が並ぶ中に、「戦国SARABA」のメインキャラクターが総登場しているものがあって、並ぶ人物の右端に、黒くて長い総髪で、切れ長の目の美形キャラに黒田官兵衛の姿があるの。

 彼を見ながら思ってるんだけど、全ては、秀吉ではなく麾下の天才軍師、黒田官兵衛の計略だったんじゃないかな。

 理由はもちろん、主君である秀吉に天下を取らせるためだけど、裏の目的は自分のためよ。

 官兵衛には天下取りの野望があったという見方をする人は多いよね。関ヶ原の合戦の時、戦いが長引くだろうと予想して、その間に九州と中国地方を制圧して、西から、関ヶ原の勝者に最後の決戦を挑もうとしていた……って話、聞いたことない?

 稀代の傑物だった信長は無理でも、百姓上がりの秀吉なら、いつか自分が取って代われる……そう考えていたんじゃないかな。


 それにあたし、官兵衛は絶対信長のことを良く思っていなかったと考えてるんだ。

 カンジくんはよく知ってると思うけど、本能寺の変の数年前、摂津の武将の荒木村重が信長に反旗を翻した。官兵衛は、説得のため村重の居城、有岡城に行くんだけど、捕らえられて監禁された。救出されるまで一年かかって、ずっと投獄されていたから、髪は抜け落ち、足が悪くなって歩けなくなってしまうんだけど……問題は、信長が官兵衛が村重についた、自分を裏切ったと決めつけて、人質に出していた息子(松寿丸、後の黒田長政)の処刑を命じたことね。秀吉の配下にいた竹中半兵衛が上手くごまかしたんで助かったけど、それがなかったら本当に処刑されていたわ。

 官兵衛はどう思ったでしょうね。自分は一年もの間過酷な監禁に耐え、身体を壊しても忠義を貫いていた。それなのに、相手は我が子を殺そうとした。いくらその後誤解だって明らかになっても、本当にほんの僅かな恨みも持たずにいられたのかしらね。

 光秀謀反の情報、もちろんその情報網のトップにいたのも官兵衛だと思うけど、それを得た時に信長に伝えるのを止めたのは、官兵衛だったんじゃないかしら。秀吉に、それこそ「殿、これは天下取りの好機かもしれませんぞ」とか何とか言って。

 ううん、光秀は公家の人たちと親しくしていたらしいけど、彼らは官兵衛ともつながりがあったはずよ。官兵衛なら、公家さんから情報を得るだけでなく、彼らを使って光秀に信長への叛心を持つよう仕向けた――それくらいの芸当、したかもしれないと思ってるんだ。


 で、さあ、カンジくん。

 あたしがこんなに歴史に詳しくなったのは何のためか、いや、誰のためか、ホントに分からなかったかなぁ?

 そりゃ、恥ずかしかったからさ、「戦国SARABA」のせいにしたけど。いや、確かに、美形キャラが推しの声優の声で喋ってくれるアニメはマジで大好きだけど。

 鈍感にもほどがあるんじゃない?


 あたしから告ることも考えたよ。

 でもね……子供のころ、メガネブスとか「その髪型似合ってねー」とか、さんざん言われてさ……あたし結構、真剣に傷ついてたんだからね?

 そっちから好きだって言ってくれるくらいじゃないと、割が合わないわよ。


 だからあたしは一計を案じた。

 篠原くんに気のある素振りを見せた時のカンジくんのキョドった顔は、あたしの心の中のファイルに永久保存してる。あ、やっぱりあたしのこと気になってたんだって思って、ホントうれしくなっちゃった。

 そしてさらにダメ押しの一手を打った。

 去年の文化祭の日、初音ちゃんに「一年三組の教室で面白そうな展示やってるよ。ほら、今ドラマで『酒井雅彦』さんがやってる真田幸村の展示なの」って言って、見に行くように勧めたのはあたしなの。

 で、後は初音ちゃんにちょっと遅れて教室に行って……失恋した女の子を演じてみせたってワケ。

 その後、カンジくんがアプローチしてきてさ……喜びのあまり転げ回りそうになったわよ。

 でも、すぐにはOKしなかった。そりゃ、軽い女だって見られたくなかったのもあったんだけど、どんどん真剣になっていくカンジくんを見て、あーカンジくん本当にあたしのこと好きなんだってのがひしひし感じられて、すっごく幸せだったの。もったいつけて、ごめんね。


 うふふ、どう? あたし、悪い子でしょ? 官兵衛にも負けない策士でしょ?

 こんな子ってバレたら、きっと嫌われちゃうよね。

 秀吉も、官兵衛が野心を持っていること、そのためにどんな手を講じてくるか分からないことに気づいた後は、彼と距離を置いたわ。

 天下取りにあんだけ貢献したのに、官兵衛の領国を、中央から遠く離れた九州にしたくらいですものね。

 だからこのことは、誰にも言わない。

 でもね、カンジくん――


 あたしは、机の上の一番いい場所に飾ってあるミッキーとミニーのスノードームを手に取った。

「あたしがこんな悪い子になっちゃったのは、カンジくんが鈍すぎるせいなんだからね?」

 スノードームを指でツンとつついて、あたしは呟いた。


 その直後のタイミングで、スマホが鳴った。

 もう分かってるけど、画面に出ているのは、あたしがずっと前から大好きな人の名前だ。

 今夜も、互いに寝落ちするまで話そうということらしい。

(今日カラオケボックスであんだけ話したのに……ほんと、しょうがないなぁ)

 ちょっとぬるくなったホットチョコレートの残りを飲み干して、あたしは呼び出しに応じた。


 もしもし……え、うん、まだ起きてる……うん、いいよ。何かな……

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恋といくさの裏ばなし ~俺と、豊臣秀吉と、そして~ 桃島つくも @101099

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