呪いの少女

 姫子から案内されたのは集落の中でも一番北側にある屋敷であった。長く屋根の葺き替えも行っていないのか、茅葺にはびっしりと苔が生しており、ところどこに穴が空いていた。とても、集落中から尊敬される貴人の住む屋敷ではない。

 「ここが、ユリアのいる屋敷っていうのかい。」

 秋人は怪訝な表情で姫子を見つめる。

 「武家である秋人様からすると、信じられないでしょう。」

 「あぁ。一番偉いやつっていうのは一番いい屋敷に住む道理だ。」

 秋人の言葉に姫子は首を横に振る。

 「それは泰平の世なればこそです。我々切支丹にとって、今もまだ、戦の最中なのでございます。」

 なるほど、隠したい人間は隠れやすい場所にということか。そういえば、姫子や茂平の家は、村で一番立派で大きかった。

 「入るぜ。」

 一言だけそう言うと、まるで我が家に入るかのような足取りで暗い屋敷に入った。扉を閉めると一瞬何も見えなくなったが、すぐに蝋燭に火が灯り、小さく辺りを照らした。

 屋敷の壁面には、十字架が血液で描かれており、一番奥にはマリア観音像が鎮座されている。そして手前には妖しいともいえる、緋色の着物を纏った少女が手を合わせていた。

 「お待ちしておりました。小鬼殿。」

 ユリアは振り返ってニコリと笑った。

 「姫子。ご苦労であった。下がってよいぞ。」

 「は、はい。」

 姫子はどうやらユリアと話すのに慣れていないようだった。元服した時、主君である前田利光に挨拶しに行った時と重なる。

 「さて、何から話そうか。」

 ユリアは姫子が屋敷から去ることを確認してから口を開いた。

 「御託は良い。ユリアを出せ。」

 秋人の言葉に少女は首を傾げた。

 「先刻も申し上げた通り、わたしこそがユリアじゃ。」

 言い張る少女を秋人は鼻で笑う。

 「いくらなんでも無理がある。太閤秀吉の伴天連追放令の時代から存在した女が、お前のように若いはずがなかろう。」

 「なるほど、鬼でも馬鹿ではない。」

 少女は感心したように笑うと、立ち上がった。そして、着物の帯を外すと、急に自分の裸体を露わにした。秋人は少しも動じない。

 「少しは動揺せい。傷つくであろうに。」

 秋人は目を凝らした。この薄暗い部屋に目が慣れてきた頃合いだったので、ぎりぎり彼女の体の異様さに気付く。

 少女の乳房の下あたりくらいに、ほんの小さな短剣が突き刺さっていた。確かに、服の上からでも妙なふくらみがあるとは思っていたが。いや、これは短剣というよりかは、元々直剣や太刀のように長いものであったのだろうが、どうやら折れてしまっている代物であるようだ。

 「本物の化物はむしろあんたの方だったというわけか。」

 「これが何か知っておるのか。」

 少女は意外そうな顔をした。

 「無知のまま、右近殿の遺言のままに加賀を飛び出してきたわけではない。狂信者はどの信仰でも皆、命を捧げる。」

 秋人は一呼吸を置いた。

 「信者は聖遺物と一身となり、その信仰を確固たるものとする。そして、神より奇跡を得るのだ。」

 「なるほど、よく勉強しているようで。」

 ユリアは脱ぎ捨てた緋色の着物のみを羽織り、秋人に近づいた。

 「ただし、奇跡を得る方法は大抵飲むか食すだ。聖遺物をわが身に突き刺す程の狂人はさすがに初めてだ。なぜ死なぬ。」

 ユリアは秋人の前にしゃがみ込み、真正面で秋人の目の奥を見た。

 「勘違いしているようじゃが、わたしのこれは基督教の聖遺物ではない。そして、この聖遺物が与えてくれているのは奇跡ではない。」

 秋人もまた、ユリアの目の奥を観察する。まるで、深淵を覗き込んでいるかのようだ。

 「呪いじゃよ。」

 既に陽は傾ききっており、空は東からどんどん暗くなっているようだ。茅葺屋根の穴から差し込むのは光ではなく、闇になりつつある。そして、部屋の中央にある蝋燭の光のみが、その光度を上げていた。

「あんたの話はわかりにくい。」

 存外、この小鬼は素直であるなとユリアは感じた。

 「付いてくるが良い。全ての答えがある。」

 ユリアは弱弱しい体を引きずるようにしながら屋敷の戸を開けた。

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