いつか伝説になる男の、はじまり

黒味缶

いつか伝説になる男の、はじまり

 照明も満足に用意できない、古びた冒険斡旋所。そこに、1人の大男が足を踏み入れた。

 冒険者としての新規登録を申請した彼は、滅多にないことに手間取る受付を待ちながら、それまでの人生を思い返す。


 流され続けた人生だった。始まりはいつも、自分以外がもたらした。




 彼の故郷は、とある開拓地だった。行商人が季節ごとに来るか来ないかという場所で、大人は少なく子供が沢山いた。

 土地を拓くには人手が必要だが、人を維持するためには食料が要る。食料が無いなら人を減らすしかなく……結果、貴重な働き手であるはずの子供のうち何人かは、商人につれられてどこか遠くに行ってしまう。

 彼もまた、そうしたよそに連れていかれることになった少年の一人だった。


「ぼくはどうなるの?」

「移動中は俺の手伝いをして、向こうについたら次の大人の言うこと聞くんだ」

「わかった」

「まずは、兎馬の世話を覚えるんだ。一度しか教えないからな」


 荷台を曳く兎馬が気まぐれに足を止めないように、機嫌を取ることを最初に教えられた。

 次に荷物の数え方。そして数字の読み方。夜には寝物語の代わりに簡単な計算を教えられた。


「お前は大人しいし物覚えがいいね。きっと喜んでもらえるよ」


 行商人がうれしそうだったので、彼は幼心にきっと正しいことをしているのだと思えた。

 開拓地では碌に食えず、いいものほど年上が持っていく食事も、この旅路の間は飢えない程度に食えた。


「お前らはちゃんとメシくうとデカくなるんだよ。だから引き取り手がある。お前もあっという間にデカくなってきたな」


 商品に対するものではあったが、少年は行商人から丁寧に扱われ多くを学んだ。

 個人としての彼は、売られたことで始まった。



 大量の保存食と引き換えられて開拓地を出た少年は、次は硬貨の詰まった袋と引き換えられた。彼は行商人の商品から、とある街にある商業組合の商品兼下働きになった。


「普通は別のとこに渡すんだが、お前を一番評価してくれるのはここだと思ったからな。うまくやるんだぞ」


 行商人がそう言って去っていくのを、少年は寂しく思いながらも見送った。

 とはいえ、彼は行商人がなぜ自分に色々と教えてくれていたのかはわかっていた。使い捨てにしていいものではないと、相手に思ってもらうためだ。

 そのために、商業組合の貸し出し兎馬の手入れを丁寧に行った。荷運びをさせられるときも、きちんと運ぶ前と後で荷物を数えて間違いのないようにした。


「お前は真面目だな。もうちょっとここの仕事覚えてみないか?」


 キチンと言われたことを続けていた少年は、別の動物の世話を教えられた。

 兎馬よりもきちんと働くが、兎馬よりもずっと繊細な馬。兎馬よりも気分屋だが頑丈で、早く多くの荷を運べる駆竜。

 そいつらの世話を覚えたあたりで、少年の引き取り手が決まった。

 軍という、しっかりとした人の集まり。そこで、所有する動物の世話係として引き取られたのだ。


「お前には、戸籍をとってもらう」

「こせき、とは?」

「お前を人として扱うために必要なものだ。これから行く場所で貰える銅板があれば、この街で人として認められる」


 少年の、人としての権利も、売られたことでようやく始まった。



 売られた先ですることは、商業組合で商品だった時とさほど変わらなかった。

 することは変わらないが、出来ることは大幅に変わった。


 働くことで、自分が金銭を手に入れられるようになった。食事や寝床を用意してもらう分、手元に入るものは少なかったが、大きな変化だった。

 その変化を、少年は仕事をよりよく進めるために使った。動物たちの世話にもっと詳しくなるべく勉強した。


「いやあ、良い働き手が入ったもんだよ。軍に動物の世話しに来る奴なんてそうそう居ないからね」


 熟練の世話係に酒を渡し話を聞いた。貸本で、動物たちの事を調べた。……ついでに、自分が文字をきちんと読めていないことに気づいて文字を読む練習をした。

 そうしているうちに、仕事が丁寧なことが評価されて、少年の手元に入る金はそれなりに増えていった。

 しかし、それを面白くないと思う人とも遭遇するようになった。


「お前そんなに無学なのに、よく軍になんか来たな~!ま、だから下働きしかできねえんだろうけど!」

「普通の職は普通のやつのためのモノなんだよ、田舎のバカは冒険者でもやってりゃいいのによ!」


 少年はこのようなことをよく言われた。鎧を着たやつらの言っている意味はよく分からなかったが、馬鹿にされてる事はわかったしそれなりに腹も立った。

 しかし、そうしたことも含めて、彼にとっての興味の始まりも売られたことでやってきた。


「兵士の人からお前にお似合いだって言われたんですけど、冒険者ってなんですか?」


 そう熟練の世話係である老人に聞くと、老人は嫌そうに眉根を寄せながらも教えてくれた。


「冒険者な……危険地域の探索をする連中さ。戸籍が無くても冒険者としては登録できるかわりに、給金は安定しないし命の保証が無い。まともな職についてるお前がわざわざなるもんじゃないね」


 冒険者が普通の人々にもたらすものは多いが、けして好かれるものでもなりたがるモノでもない。

 そう言われて納得した少年だったが、老人の次の言葉には強く惹き付けられた。


「まあ、お前にバカなこと言った連中のように見下したりはしない方がいい。ここにいる駆竜たちだって、冒険者が持ち帰ってきた竜が起源だ。もしかしたら連中が新しい動物を連れてきてくれるかもしれないんだからな」

「ここで見ないような動物、居るんですか?」

「ああ、大体全部危険な生き物だけどな。本当に赤ん坊のやつをもってこれたら、駆竜だとか三首犬みたく人と暮らすことも覚えされられるんだが……雄雌そろってないと定着はしねえからなあ」


 動物の世話で生きる少年にとって、知らない動物の話はとても魅力的に思えた。この日以降、少年が学ぶ内容に珍しい動物の事が増えた。

 そんな少年の様子を、老人は何処までも熱心でいい事だと笑ってくれた。



 動物の世話をまじめにこなす事だけが取り柄で、動物の事を調べることが趣味の少年は、数年間仕事を続けるうちに背丈がぐんとのびた。

 青年と呼べるようになるころには、力仕事をこなすのもあって新兵が見劣りするほどの体躯の大男になっていた。


「駆竜のヒナの選別終わりました」

「そうか……ちょいとそこに座れ。お前に、特別な仕事の命令が来た」


 ある時、軍用に耐えうるヒナとそうでないヒナを仕分けた彼を迎えた老人は、いつも以上に顔にぎゅっと皺を寄せていた。

 離れた町で起きた内乱を抑えるために、この街の軍が増援として派遣される。そして、その供に動物の世話係が求められている……と、老人は青年伝えた。


「兵士が世話するのが基本だが、お前が居ると居ないとでここのやつらの落ち着きが違うって上官にバレてしまった。だからこそここに居させるべきだと伝えたが、本当に上の連中に逆らうことはできん……」


 大きく育った身体も、青年を戦場に連れて行ってもいいだろうという上層の判断に繋がっていた。青年はいつの間にか、剣の振り方も槍の使い方も知らないままに戦場に向かう事になっていた。

 あわただしくなる中、元は兵士だったという老人が槍術を少しだけ青年に教えてくれたが、それをきちんと熟すにはあまりに時間が足りなかった。

 そのせいだろうか。出立の時、見送りに来てくれた老人の目に、行商人や商業組合の世話係が見せた別れの色を見た。ここに戻ってこれないかもしれないのだと、青年はその時はじめて自覚した。



 戦場は、地獄だった。

 ただの内乱と聞いて油断していた増援隊が実際に遭遇したのは、暴徒とは名ばかりの統率のとれた軍隊だった。

 用意すべき戦術も意識も足りなかった増援隊はあっという間に壊滅し、青年が一匹一匹手ずから餌を与えていた馬や駆竜も血にまみれ死んでいった。

 ようやく撤退の指示が出た時、青年は手負いの馬を任された。

 見捨てても良いとは言われた。戦場に置いていって一人逃げるか、自分が死にかねない中で連れて逃げるか。

 弓の雨が降る中で冷静な判断などできるものではなく、青年は血を流す馬を全力で駆ってその場を離脱するしかなかった。


「ごめんな……最後に苦しい思いをさせたな……血が出てるのに俺みたいなでかぶつを乗せてくれてありがとうな」


 弓の雨を避ける事だけ考えていた青年と手負いの馬は、気づけば隊からはぐれていた。それに気づいたときには、任された馬はすでに息絶えていた。

 しかし、全力で青年を逃がしてくれた馬のおかげなのだろう。黒い毛並みの馬が倒れたのは、幸いにも人の生活の痕跡がある場所だった。

 青年は自分を救った軍馬の亡骸の目を閉じさせて、身体に鞭打つようにゆっくりと人の息遣いのある場所へと向かっていった。




「ええ~……お待たせしました。これが、登録証です」


 そうして、戦場から外れた場所にある小さな町にやってきた青年は、町の事を色々と聞いた後に冒険者としての登録を行った。

 戸籍証明となる銅板は、あの街の外では使えない。


「ここでは危険地域での仕事の斡旋をしていますが、命の危険がある事、自己責任であることを了承してもらいます」

「わかっている」


 理想は、金を貯めて生きていると老人に伝える事。そのための仕事として彼の頭に浮かんだのは、いつか聞いた冒険者という選択肢だった。


 青年は思う。

 何度も始まりの瞬間はあった。自分以外の"誰か"の意図が、沢山あった。それならばきっと、自分の意思で始めることだってできる――と。


「では、まずは簡単な物から案内させていただきます」

「ああ、頼む」


 己の意志を証明するかのように。彼は生まれて初めて、やってみたいと思った事に自ら足を踏み出した。

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