スタート

榊 薫

仕事シリーズ

 スタートの画像といえばスポーツの祭典、オリンピックが浮かびます。その前にスタートするのが国際オリンピック委員会で、2013年の総会では東京五輪招致のために使われた「おもてなし」という言葉はプレゼンテーションの決め台詞として広まり、当時の流行語にもなりました。日本各地の観光地商店で店員の丁寧な態度、慮った親切な客への対応など、お客様の身になって先回りして考えるような気配りがあるからこそ応対ができると言えます。

 諸外国からやってくる観光客にとって日本の歴史と伝統文化を体験する時の顧客サービスが人気のようです。店員やタクシー運転手、飲食店、ホテルの掃除人など日本では無料が当たり前のサービスになっています。また、与えられた任務以外でも、顧客から要望があったことは対応する心構えを持っています。

 日本のサービスを外国人が眺めると、日本人はおもてなしという高度なサービスへの気配りにも外国人のように対価要求しないから「サイコーデスネ!」となります。

 サービスに労働力を投入して対価を得る能力は、ISO品質マネジメントシステムで言うと、顧客満足度を高めることになり、専門性の高い能力を磨くことは欠かせませんが、その際、優秀な上司に遭遇できない人、周囲に優秀人材がいないときにどうすべきなのか知られていません。

 高度成長の頃に比べると、ものづくり製造企業数はめっきり減少しました。加工技術力の大半を支えていた団塊世代が後期高齢者となって退職し、若年層の減少と製造業離れが重なり、もはや工業立国を返上する時代を覚悟しなければならい状況です。優秀な人は他で働くことができるのですぐにやめて行く一方、打たれ強い人は、上司の意に反して何度怒られてもやめて行かないものです。したがって、専門力の高い優秀な人材はますます減り、打たれ強い能力を持った人だけ残って企業は成り立っていると言えます。

 上司のお仕事

 実は上司も管理能力よりも打たれ強いために生き残ってきたのです。その多くは、独断と偏見から、自分が今まで経験してきた物事をすべて部下は把握していて、「一を聞いて十を知るものだ」と勘違いしています。例えば、説明力が不足しているにもかかわらず「いちいち言わせるな」などと言うことがあれば、力量を危惧して対応せざるを得ません。

 仕事をする上で、人間関係はゲームのようにはうまくいきません。自分を認めてくれて、尊敬できる上司と一緒に「楽しくお仕事」ができるなどということは、よほど日頃の行いがよい人、人生の達人、幸運に恵まれた一握りの人だけが味わえるものです。普通は、上司と折り合いが悪く、不遇の時代を耐え偲ばなければなりません。昨今の厳しい雇用情勢の中で、職場や客先で相性のよくない人と出会うことはたびたび起こります。顔を合わせるのもうんざりする上司や顧客とうまくやって行く方法を見つけ出すことは大切です。「おもてなしとかけてリバーシブルと解く」その心は「どちらもうらありです」といった、ダジャレを飛ばして凌ぐのもその一つです。

 ただし、上司、同僚や顧客の一挙手一投足といった細かな雑念やダジャレが脳裏をよぎりながら仕事をしていると、他のことは深く考えられず、目先しか見ることができなくなりますのでご用心。多くの失敗はそのときに起こります。忘れ物をするときも、別のことに気を取られているときに起こることが多々あります。不注意、衝動的な症状、仕事や作業を順序立て行うことが苦手で、あまりにひどい人は、その道の医療機関に相談されることをお勧めします。

 就活で見つけたお仕事をスタートして、一般的によくあるのは、自分が何を信じたらよいか分からず、信頼できる人物や考え方を求めようとしますが、本当に信頼できるか、最初は半信半疑です。自分が何を信じることができるのか疑う気持ちと、信じれば救われるといった気持ちの間を揺れ動いて、スタート時点では、独力では行動できないことから、周囲の同意や指示を得るために、周りのさまざまな言動や雑念に悩まされて左右されることになります。ある程度、習熟してくると、関心の高いものを真剣に追求して、用意周到に準備する能力が備わってくるようになります。

 慣習と対応

 ひと昔前と大きく変わったのが、コンプライアンス(綱紀粛正)のはずですが、コインチョコレートや小判菓子は頼み事の手土産に持参するにはもってこいと宣伝しています。

 依然として、次期部長候補同士の勢力争いでは、会議のための対策会議まであり、袖の下の恩恵を受けているところでは、昔からの屁理屈を開かし、節約につながる商品があればその効果を捻じ曲げてでも、従来からある、付け届けの行き届いた商品を優遇します。

 中小企業では、お歳暮とコンプライアンスの関係を官庁・大企業ほど深刻には捉えておらず、細かなルールがない企業がほとんどです。

 接待ゴルフ、接待旅行、接待飲食も大事な交際費として必要経費に含まれています。それがまかり通っている組織では上が上なら下も下です。

 そうなると、どんなに性能の良い商品があっても、優先するのは、昔ながらの付け届けという鼻薬のきいた商品ということになります。


 中小企業数が激減し、個性的な技術を持っていた工場が廃業することで、技術立国を支えていた職人技も次々消滅する現状を痛感し、このままめっきも衰退することを危惧しながら過ごしていました。

 あるとき、社会貢献を定年後の目標に、筆者の特許を使いたいと言ってくる人が現れました。社会貢献には賛同できましたが、発明した薬剤は、自ら使う場合には良いのですが、販売するには採算が合わないため、安価な薬剤を考えることにしました。

 ところで、加工工程に記載のない作業は「やらない」と考えるのではなく、その工程外の作業を踏まえることで良品を生み、作業者の環境が改善されるカギとなるのであれば、それによってリスクを軽減し、おもてなしの高度なサービスに繋がるので、コストをできるだけ抑える方法はないか考えてみました。

 予備洗浄

 ものづくりで予備洗浄という作業用語を使っている人はほとんどいません。自動ラインで加工する前の金属素材について、良いものと悪いものとでは表面処理の仕上がりに差が生じます。めっきや塗装前の金属素材にプレス油、錆、研磨粉や加工傷などが残っていると、皮膜で覆い隠してみても、出荷した後から皮膜の剥がれ、膨れ、変色などの外観不良が発生します。予備洗浄は自動ラインでは対応ができないこれらのものを事前に除去処理する作業です。ちょうどお化粧のクレンジングとよく似ています。

 これまで、国内の表面処理企業は高度成長時代のものづくり技術を磨いてきた職人が、一般の機械による自動ラインではできない予備洗浄方法を見極めて対応してきました。ISOの加工工程には記載のないものがほとんどです。ところが、技術の継承問題は高齢職人の退職・減少だけでなく、若者の製造業離れで、表面処理業は最盛期の半分以下に減少・衰退し、中小企業の減少に伴って、磨かれてきた巧の技が次々と消滅しています。

 また、表面処理薬剤メーカーに、有害なものを使って素材の悪いものを前処理する薬剤はありますが、利益率が低く、複数の汚染物質に対応する技術が難しいことから開発を敬遠し、使い勝手の良い開発は行われて来ませんでした。

 このままでは高品質な国内の製造技能の消滅にも繋がることから、有害なものをできるだけ使わずに誰でも利用できる薬剤を開発することにしました。

 薬剤開発

 金属表面処理の頑固な汚れには、優れた予備洗浄作業として、未だに有害な発がん性の恐れのある有機溶剤が使われています。しかし、これらに替わる無害で安価な商品は知られていません。

 そこで、予備洗浄が化粧のクレンジングと似ていることから化粧品を調べてみました。広告宣伝費をふんだんに使った高級化粧品と百円ショップで買えるものの成分を比べたところ、浸透性の成分・構造は意外と共通しています。そこで、これまでに取り組んできた洗浄技術の考え方に基づいて、化粧品成分の機能を見直し、予備洗浄に当てはめてみました。

 金属素材に付着している頑固な汚れを引きはがす機能として浸透力は欠かせません。そこで、浸透力に着目したところ、発がん性ではない安価で水溶液で利用できるものが見つかりました。百均化粧品を調べたことによる「神のお告げ」とも言えるものでした。

「おもてなしとかけて予備洗浄と解く」その心は、どちらも「思いやりが欠かせません」。

 ものづくり製造業の衰退がますます進んでいますが、消滅する前に、伝統職人が築き上げてきた予備洗浄の分野で有害な薬剤に取って代わるものを安心して利用できる作業環境づくりに貢献できそうです。

 開発品を市場開拓するため、スタートとして技術展示会に出展したところ、来場した「ほうろう」分野の人からの講演依頼が舞い込んできました。「ほうろう」は伝統工芸の七宝と同様、金属素材にガラス質の釉薬を施したもので、産業分類では、その他の窯業・土石製品製造業に分類されています。一方、めっきは金属製品製造業で、金めっきは奈良の大仏にも使われ、受け継がれてきたことからJIS用語では古くからあるものとして、ひらがなで「めっき」と表示することになってます。「ほうろう」も「めっき」も若者の製造業離れが続いて技術継承が難しく衰退しそうです。

 高度成長時代、来る日も来る日も引切り無しに依頼分析がやってきて、処理できないほど試料が山積みになることもありました。分析に使う発色剤は発がん性物質で昔も今もほとんど同じです。現役時代に多量に扱ってきたためか、後期高齢者になって膀胱がんを発症しました。今のところ幸いにも治療後の転移は起こっていません。

 第二の人生となる薬剤の市場展開スタートに当たり、衰退しそうな「ほうろう」・「めっき」製造業と、我が第二の人生と、どちらが先に衰退するかゴールは分かりませんが、当分、技術継承できるような薬剤で企業の消滅を防いで社会貢献できそうです。

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