「わたしが君を支えてあげる」校内No.1美少女からそう言われた
藍条森也
ふたりのはじまり
「わたしが君を支えてあげる」
高校二年の春のある日、
それも、校内No.1美少女、現役グラビアアイドルの三年女子、
「な、なんなんですか、いきなり……」
クラスメートたちの注目が集まるなか、
みづきはまぶしいほどの美貌と、それよりもっとまぶしい胸のふくらみを見せつけながら答えた。
「
「そ、そうですけど……」
空飛ぶ部屋。
それは、
日本は災害列島だ。地震、津波、台風。様々な災害が毎年のように襲ってくる。そして、そのたびに家屋は倒壊し、道路は分断され、孤立した地域が生まれ、多くの人たちが亡くなっていく。だから――。
――そんなことをなくしたい。
もし、災害が起きたとき、どの家にも『空飛ぶ部屋』があったら?
地震が来ようが、津波が来ようが、部屋にいたまま空に逃げてしまえば関係ない。道路が破損しても問題ないし、そもそも、『空飛ぶ部屋』が当たり前になれば道路自体、必要ない。いつでも、どこからでも、空を飛んで好きな場所に移動出来る。どんな災害からも逃げられる。だから――。
――空飛ぶ部屋を作る。
幸い、
「『空飛ぶ部屋』? そんなお
話を聞いた誰もがそう
教師からも『せっかくの才能を、そんなお
それでも、
「飛行機だって、月ロケットだって、実現する前は『出来るわけがない』と言われていたんだ。それが見ろ。飛行機だって、月ロケットだって、ちゃんと実現されたじゃないか。人類の歴史は『出来ない』と言われていたことが出来るようになったことの繰り返しだ。『空飛ぶ部屋』だって、きっとできる」
そう信じ、たったひとり、研究に励んできた。
そもそも、現代の技術をもってすれば『空飛ぶ部屋』を作ることなど簡単だ。要するに、小型の飛行船を作ればいいのだ。部屋としての機能をもつ飛行船を作り、家の上に乗せておく。ただ、それだけで『空飛ぶ部屋』は完成する。動力には燃料電池を使えばいい。燃料電池があれば災害時にも水と、熱と、電気を手に入れられる。
問題は、燃料電池の性能、飛行船を浮かせるための水素を詰めた
「だけど、そんなことは技術上の問題だ。技術上の問題ならクリアできる」
その思いのもと、
「どうしても……」
と、みづきは言った。
その表情は深刻と言っていいほどに真剣なもので、冗談やシャレで言っているように思えなかった。
「どうしても、『空飛ぶ部屋』を実現してほしいの。わたしはグラビアアイドルとしてそれなりに稼いでいるわ。そのお金をすべて提供するから、
その言葉に――。
本気で腹を立てた。
――なんだよ、それ? おれにヒモになれって言うのか?
そんなことができるか!
そう叫びたいのを必死にこらえ、
「人をからかいたいなら、よそを当たってください。おれは本気で『空飛ぶ部屋』を研究しているんです。悪ふざけに付き合っている暇はありません」
「わたしも本気よ。どうしても『空飛ぶ部屋』を実現してほしいの」
「帰ってください」
きっぱりと――。
みづきは目を閉じた。軽く溜め息をついたようだった。
「また、来るわ」
「もう来ないでください」
みづきは言葉通り、その日から毎日、
話の内容はいつも同じ。
「お金はわたしが出すから、なんとしても『空飛ぶ部屋』を実現させて」
そればかり。
何日もそれがつづいたので
「どうして……どうして、そこまで『空飛ぶ部屋』を作ってほしいんです?」
「……わたしの両親は地震で死んだの」
「えっ?」
「わたしが子どもの頃。旅行中、たまたま大地震に見舞われて倒壊した家屋の下敷きになって。わたしは祖父母に預けられていて無事だった」
「そ、そうだったんですか……」
――まずいことを聞いちまったな。
さすがにバツの悪い思いをする
「だから、君が『空飛ぶ部屋』を研究しているって聞いたとき、どうしても実現してほしいと思った。『空飛ぶ部屋』があれば、両親はきっと死なずにすんだ。すぐに空に逃げて無事だったはず。もう二度と両親のような被害者を出さないために、子どもの頃のわたしのような思いをする人を出さないために。
グラビアアイドルになったのだって、防災技術の研究に資金を出せるようになるためだもの。だから、『空飛ぶ部屋』の研究のために協力したかった。でも……」
みづきはそこまで言うと『ふうっ』と、息をついた。
「……確かに、いきなり失礼な言い方だったわね。最初からきちんと説明するべきだった。そのことは謝るわ。ごめんなさい」
でも――。
と、みづきはつづけた。
「また、来るわ。あなたがその気になってくれるまで、何度でも」
そう言って、みづきは去っていった。
翌日からみづきはやってこなくなった。
気にした
――おれのことを見限ったわけじゃないんだ。
――みづき先輩は、本気でおれに『空飛ぶ部屋』作りを依頼してきたんだ。自分のような思いをする人を出さないために。決して、からかっていたわけじゃない。『ヒモになれ』なんて、そんなことを思っていたわけじゃない。次にみづき先輩が来たらおれは、どう答えればいいんだ?
次?
そもそも、次なんてあるのか?
もういい加減、愛想を尽かしてこなくなるんじゃないか?
「……それは、いやだな」
形はどうあれ、はじめて自分の目的を認めたくれた人。その人とこのまま会えなくなるなんて……。
――まてよ? おれはそもそも、理解者を求めたか? 協力してくれる人を探そうとしたか? 身のまわりの人間に
世界には七〇億からの人間がいるというのに。
ネットを使えば世界中の人間とつながることが出来るというのに。
世界中に呼びかければきっと、思いを同じくする人間はいるはずなのに。
――そうとも。みづき先輩はおれの目的を認めてくれた。だったら、他にも必ずいる。そんな人たちを探せばいいんだ。
「そうとも」
「おれから誘えばいいんだ」
そして、みづきが撮影旅行から帰ってきたとき、
「みづき先輩。おれは自分の会社を作ります。日本中、いや、世界中に呼びかけて同じ思いをもつ人間を集めて『空飛ぶ部屋』を作る会社を興します。そのために、協力してください。あなたの人生を……おれにください」
その言葉に――。
みづきは涙ぐんだ。
美しい瞳に涙を溜めたまま、微笑んだ。
「……ありがとう。その言葉がほしかったの」
このとき、この瞬間が――。
ふたりの人生のスタートだった。
完
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