強がりテテネと喋るランタン ~まっ暗闇の世界~

ありこれ

強がりテテネと喋るランタン ~まっ暗闇の世界~


 冬の夜のような冷たい暗闇のなか、オレンジ色に灯るランタンをもって、歩き続ける少年がいました。

 名前はテテネ。

 こんなまっ暗な世界でも、怖がらないで歩くことのできる、勇気ある少年でした。


「なあ、テテネ。 こんなまっ暗でなんにもないところを歩き続けて、いったい何があるというんだ? 諦めて眠った方がいいんじゃないのかい」


 ランタンは口もないくせしてテテネに話しかけます。

 その言葉にテテネは慣れたように、返事をします。 その声はしっかりとした意志を感じるものでした。


「いやだね。 ぼくは歩き続ける。 もしかしたら、ここから出る場所が見つかるかもしれない」

「バカだなあ、いつもそう言うけれど、なーんにも見つからないじゃないか」


 ランタンはなまいきな口を叩きます。 ランタンはいつも、テテネを諦めさせようとするのです。


「諦められない理由があるんだ」

「ほんとう、バカだなあ」


 まっ暗闇のなか、テテネは歩き続けます。 ランタンの光りでほんの少しはあかるくなりますが、だからといってまっ暗闇なのは変わりません。


 これまで歩き続けてきたテテネですが、今までだれにも会ったことがありませんでした。 目標である出口も見つからなければ、何ひとつ、ヒントになりそうなものもないのです。

 それでもテテネは諦めませんでした。

 さっきランタンに言ったとおり、歩き続けなければいけない理由があるのです。


 するとテテネは突然、何かにつまづいていきなり転んでしまいます。 勢いよくどしゃっと、痛そうな音がしました。 そのとき、唯一の灯りであるランタンも、からんからん。 テテネの手から離れてしまいました。


 テテネは何も言わず立ち上がります。 この世界で転ぶことはなれていました。 なにせ、なにかが、テテネの歩みを邪魔するのです。


「まーた転んでやんの」


 転がってしまったランタンを拾うとランタンはテテネをバカにしたように言います。 それでも、テテネは返事をしませんでした。 何も言わず、がまんをしたのです。 痛みも声も、すべてをおさえこむように。


 それからしばらく歩き進めると、今度は後ろから強く背中を押されました。 しょうげきでテテネは再び転んでしまいます。


 どしゃり。

 からんからん。


 転ぶ痛々しい音も、ランタンが転がる音も、このまっ暗闇のなかで唯一の音でした。


「なあ、テテネ。 痛くて怖いのに歩き続ける理由はなんだ?」


 ランタンは何度も同じ質問をします。 まるでなにか確認しているかのように。


「わからないのか?」

「わからないさ」


「ぼくは王子だ。 王子はみんなのために役にたたねばいけない。 そう、お父さまが言っていたんだ」

「そのお父さまはもういないじゃないか。 いないやつの言葉を守るのか?」

「ばかだなあ」


 今度はテテネが笑ってランタンをバカにしました。


「見えないからって、いないからって、ほんとうにいないと思うのかい?」

「見えないし、触れないし、しゃべれないんだぞ?」

「それだけで、人の存在を確認しているのかい? きみはよくボクをバカだと言うけどど、ランタンこそ、何も知らないんじゃないか」


 そしてテテネは歩きます。

 一体どれだけ時間が経ったでしょう。

 この世界にはお月さまもお星さまもいません。 だから、一体どれだけ時間がたったのか、よく、わからないのです。


 だからこそ、テテネは焦っていました。

 このまっ暗闇の世界にずっといるわけにはいきません。

 元の世界に戻って、やるべきことがあるのです。

 もしかしたら、現実ではたいへんなことになっているかもしれません。

 テテネはこんなところでずっと、さまよっているわけにはいかないのです。

 けれど出口は一向に見えてきません。


 そしてまた、一度、二度、三度。 四度、五度。

 もう数え切れないくらいに転ぶのです。


 どしゃり。

 からんからん。


 そして、とうとう、テテネは立ち上がれなくなりました。

 痛むひざに、重たい体に心、見つからない出口。

 転んだ体勢のまま、テテネは動きません。


「おい、おい、死んだのか?」


 地面に転がって横になったランタンが焦ったように言います。

 テテネは返事をしません。

 返す言葉を考えることも、言葉を言う強さも、ほとんど消えかけていました。

 あれだけ歩くことをがんばっていたテテネでしたが、ここまで来ると、さすがに疲れてしまったのです。

 そして一度、疲れを感じてしまうと、今度はかなしくなってきました。 これだけがんばっていても、何もみつからないのです。 テテネは心がおれてしまいそうでした。


 すると、どうでしょう。

 ランタンの灯りが少しずつ弱くなってきました。

 更には、ちかりちかり、と点滅して、とうとう灯りは消えてしまいます。


 灯り一つもない、本当のまっ暗闇がおとずれました。

 何も見えず、一体自分が、目をつむっているのか、そうでないのか。 それすらも、わかりません。

 いつもはうるさいランタンも何も言いません。

 何も聞こえず、何も見えず、何にも触れられません。

 テテネはさっきランタンに言ったことを思い出します。

 ランタンは、見えないし、触れないし、しゃべれないのなら、いないことだと言いました。


(いま、ボクはいないのかな?)


 まっ暗闇に体が溶けてしまいそうでした。


(このまま、ボクは死んでしまうのかな?)


 生きていたって、この場所から出口を見つけられないのなら、意味がありません。 痛みも、疲れも、心も、精一杯強がっていました。 けれど、もう、限界でした。 いくら強がって、がまんしたところで、何もみつからないのです。


(死んでしまったほうが、楽なのかも)


 テテネは死ぬことが怖いです。 できることなら、死にたくありません。

 それでも、このまっ暗闇のなかにいると、そう考えてしまうのです。


(でもなあ……)


 死んだ世界にはお父さまとお母さまがいます。

 お父さまとお母さまは言っていました。


『あなたはこの国の王となる者なのです』


 それは、何回も、何回も。

 どんな声で、どんな表情で、言っていたかも、すぐに思い出せます。

 それくらいテテネのお父さまとお母さまは真剣で切実だったのです。

 このまま死んだ世界に行っては、きっとテテネのお父さまとお母さまは、テテネを怒ることでしょう。 理由を話しても、きっと納得はしてくれないでしょう。


 テテネは、どうしたらいいかわかりません。


「おい、テテネ!」


 そこでランタンが、ちかり。 一瞬光っては、さけぶようにテテネの名前を呼びました。

 テテネは返事をしませんでした。

 ランタンの灯りのないまっ暗闇は、なぜだか怖くありませんでした。 それどころか、落ち着いて、このまま眠ってしまおうか、とかんがえていました。


「おい、テテネ!」


 ふたたび、ランタンはちかり、と光ってテテネの名前を呼びます。

 うとうと、としていたテテネはランタンの声が邪魔でした。


「テテネ! おい、テテネ!」


 無視しつづけても、ランタンは諦めず、ちかり、と光ってテテネを呼びます。


「うるさい!」


 思わずテテネは返事をしました。 眠るのにランタンの声が、あまりにもうるさかったからです。


「寝たらダメだろう! おまえは出口をみつけるんだろう!」


 いつもはテテネの歩みを止めようとしていたくせに、必死な声でテテネを呼ぶのです。


「いいんだ、もう。 ボクはずっとここにいる。 そうだ、それがいい」


 そうすれば、もう、つらくはありません。

 もう、転ぶことも、お父さまとお母さまの言葉を気にする必要も、ありません。


「それ、ほんとうか? 本気で、そう言っているのか、テテネ!」


 もうやる気をなくしてしまったテテネにランタンは叫びます。


「おまえならできる。 そう、お父さまとお母さまは言っていただろう!」


 まっ暗闇にランタンの声が響きます。

 ランタンは喋るたびに、ちかり、と星のように光るのです。


「なあ、テテネ。 おまえ、本当はわかっているんだろう。 自分は、なにもできないって、信じられないんだろう」


 ランタンの声は、テテネの心にぐさりと刺さりました。

 このまっ暗闇の出口さえ見つけられないテテネは、元の世界に戻ったって、なにもできないように思えたのです。

 だから、お父さまとお母さまの言葉は重たいのです。 痛いのです。


「じゃあ一体、ぼくになにができるって言うんだ」


 テテネは悲しい声で言いました。 言葉にすることで、さらにつらくなりました。


「テテネ、おまえはずっとこのまっ暗闇を歩いて来ただろう」


 ランタンは言います。


「ほんとうは、怖いのに、ずっと強がって、歩いて来ただろう! それは、おまえ、テテネのすごいところだろう!」


 ランタンの言葉にテテネは胸が、ぎゅう、としめつけられました。


「テテネ、立てよ! 信じろよ! ぜったいに出口を見つけてやるって、信じるんだ!」


 ランタンの必死で真剣な言葉に、テテネは少しずつ勇気づけられてきました。


(そうだ、ボクは……)


 テテネは胸の前で手をぎゅうと握ります。


(こんな、ボクは、出口なんて見つけられないと、そう、おもっていたんだ。 ずっと。)


 すると、ちかりちかり、ちかちか。

 ランタンが少しずつ光りを取り戻してきました。


(もしかして、だから、出口を見つけられない?)


 テテネは重たい体に痛むひざに抵抗するように立ち上がります。


(ボクは……)


 胸の前でぎゅうと手を握ります。 自分で手が胸に力をあたえるように。


(こんなボクでも、出口を見つけられる?)


 ずっと強がって歩いて来たテテネでした。

 ずっと出口を探して歩いて来たテテネでした。

 けれど、テテネはが出口を見つけられるとは、信じていなかったのです。


 ちかちか、ぱっ!


 とうとうランタンにオレンジ色の灯りが戻りました。

 テテネはランタンを拾いあげ、問いかけます。


「強がりでもいいのかな?」


 テテネは自分の強がりなところがきらいでした。 ほんとうは、強くないのに、強がって、自分にうそをついて歩く、弱い自分がきらいでした。


「なにを言う! それでこそ、おまえだ!」


 ランタンは当然のように声を張って言います。


(それが、ボク……)


 テテネはもう悲しい表情をしていません。


(そうだ、ボクは、ずっと、そうやって歩いて来たんだ)


 このまっ暗闇を。

 この、冬の夜のように冷たい、何も見えない場所を。

 こわくても、こわくても。

 強がって、自分に語りきかせて、がんばって歩いてきたのです。

 強がりが、勇気となっていたのです。


(ボクは、出口をみつける……)


 胸がぽかぽかと温かくなってきました。


「言え! 声に出すんだ! 全力で、強がるんだ!」


 ランタンがテテネを応援するかのように叫びます。

 テテネは息を吸います。

 空気を吸い込んだことで、自然と胸が張ります。

 テテネは、やっぱり怖くて、ぎゅうと目をつむり。

 ぱっと目をひらくと、思い切って声を上げました。


 せいいっぱいの強がり。

 勇気でした。


「……ボクはっ……、ボクは、出口を見つけてみせる!」


 すると、なんということでしょう。

 胸が、白く、ぱあああと光りだしたのです。

 あまりにも強く白い光りにテテトは一体何が起きているのか分かりません。 けれど、必死に目を開いて、光りを見つめていました。


 白い光りは胸から離れて宙に浮きます。

 そして、どんどん大きくなると、扉が現れたのです。


「出口だ!」


 テテトがなにかを言う前にランタンが先に叫びました。

 テテトは扉に駆け寄って、、取っ手を掴みます。

 そして奥へと押すと、扉は開きました。


「ほんとうに……?」


 テテトは、つい不安に思ってしまいます。

 けれど、すぐにはっとして、強い意志を感じる表情になると、更に扉を押し、中へと進みました。

 まっ暗闇の世界は、ようやく終えたのです。




 テテトは目を開くと、すぐに現実世界に戻ってきたのがわかりました。

 重たいものが体に乗っかって、すぐには立ち上がれませんでした。

 力を入れて、なんとか立ち上がります。

 どうから体の上にはがれきとがれきから守ろうとした人が乗っかっていたようです。

 テテトが気を失う前は、そこら中で戦いが行われていましたが、今は誰もおらず静かなものでした。


「戻ってきたな、テテト」

「うん」


 テテトのお父さまが王さまを務めるこの国は、いきなり襲撃をされてしまいました。 あっという間にお父さまは殺されてしまい、はげしい戦いで城はほとんど形を残しておらず、あたりはがれきだらけです。


 必死に逃げようとしたテテトは壊された城の破片が飛んできて、気を失ってしまったのです。 幸運にも生きているのは、破片から身代わりになってくれた人がいたからみたいでした。 がれきと一人の遺体の下にいたおかげで、この国の王子であるテテトは見つからなかったようです。


 この世界に戻ってくるのがテテトは怖かったのです。 愛するお父さまと国はなくなってしまいました。 この国の王子であるテテトは一体どうすればいいと言うのでしょう。


 テテトは空を見上げます。

 崩れた城の上に広がるのは、うつくしい青い空。


 テテトの気持ちは落ち着いていました。

 あのまっ暗闇の世界で、出口を見つけると信じたとき、既に覚悟をしていましたから。

 それでも、怖い気持ちは変わりません。

 足に力をいれていないと、震えて、立っていられなくなりそうでした。


「ありがとう、ランタン。 きみがいて、よかった」


 あれだけ憎まれ口を叩くランタンでしたが、最後にランタンは必死にテテトの名前を呼んでくれました。 ランタンがいなかったら、きっとテテトはあのまっ暗闇の世界から出ることはできなかったでしょう。


「何言ってんだ。 ボクは、おまえだろ」


 ランタンはお父さまからもらったものでした。

 このランタンはまほうのランタン。 持ち主の心が宿るのです。 まっ暗闇の世界で、あれだけ歩みを止めようとうるさかったのは、テテトが出口を見つけるのが怖かったからでした。


「さあ、行こう」


 テテトは言います。


「どこに?」


 ランタンは返事を返しました。


「わからない。 けど、行こう」


 強がりテテトとしゃべるランタンの物語は、まだ始まったばかりでした。


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