始まる前に終わった恋を

@Tane3

少女の独白

 始まる前から終わっていた私の恋が、もう一度始まろうとしている。

 そんな幸運を与えてくれた悪魔様に私は祈る。

 ああ、悪魔様。

 

 




 彼は元々、クラスでもあまり目立たない人だった。積極的に何かをするわけでもなく、とびぬけて優秀な何かがあるという話も聞かない。だからといって悪目立ちするような何かがあるわけでもないので、そもそも話題に挙がることがあまりない。強いて特徴を挙げるならと聞かれれば、インドア派な印象がある、くらいの解答になってしまういたって普通の高校生。

 かくいう私も似たようなもので、その他大勢の女子高生といったところだ。少しばかり手際が悪く、どんくさいので悪目立ちはしてるかもしれないけれど。

 こんな話をすると親近感を抱いていたようにも見えるけれど、実際のところは……そもそも親近感を抱くほど意識することがなかった、というのが正直なところ。多分、彼もそうだったのだろうと思う。




 そんな彼が変わったのは、二学期が始まってからのことだった。

 表情が明るくなり、これまでよりもどこか生き生きとした姿を見せる彼は、正に幸せの只中に居るようで。その理由はといえば、どうやら隣のクラスにいる生徒会副会長と恋仲になったかららしい。

 高嶺の花と言われていた副会長さんとの間に何があったかは知らないものの、昼の休み時間や放課後には人気のない場所でいちゃいちゃしているという噂は意識せずとも聞こえてくる。というより、一度現場を見てしまったのでただの事実でしかないのだったけれども。

 ともあれ、彼と副会長が付き合ったという話はすぐに学年中へと知れ渡ることになる。




 そんな彼とよく接するようになったのは、文化祭の準備がきっかけだった。

 彼と同じ作業を二人で担当することになった私は、それはもう彼の足を引っ張ることになってしまった。元々要領の良い方ではなかったわけで、何かともたもたと時間をかけてしまう作業ペース。かといって特別良い出来になってるわけでもないので、自分でもどうしようもないと思う。

 それでも彼は、そんな私に呆れることも無く一緒に作業をしてくれた。友人たちでさえも、冗談交じりにせよ、こういう時には愚痴を言ってくるものなのに。

 遅れを取り戻すために残って作業をすることもしばしば出始めたある日のこと。

 彼女との時間を奪ってしまっているようで申し訳ないという謝罪をすれば、返ってきたのは意外にも誉め言葉だった。


 時間はかかっても丁寧にやってくれているし、そもそも真面目にやっているのは見ていればわかる。だから付き合うよ、どれだけ時間がかかっても。


 我ながらちょろい女だと思う。そんな言葉にどうしようもなくドキドキして、この人は特別な人なのだと思いそうになって。

 そうして……そうして…………そうして、彼には彼女がいた事を思い出す。恋人について語る時、副会長さんと共に居る時の彼を見ていれば、私の想いが受け入れられる余地は無いのだと理解させられてしまう。

 なんというべきか、それはあまりにも今更な恋で。どうしようもなく惨めで、それでも理屈で諦められない想いで。どこにも行き場のない大きな感情だけが私の中に渦巻く。

 やめて欲しい。これ以上、私が惹かれるようなことをしないで欲しい。

 続いて欲しい。彼が私と居てくれる、特別な今という時間が。

 二つの想いがぐちゃぐちゃに混ざり合い、わけがわからなくなって。それでも、この一分一秒を無駄にしないためにも表面上は取り繕って。

 こういうことには鈍い人だとは、なんとなく悟っていた。だからこの想いは、誰にも言わなければ彼が気付くことはないだろう。それに、仮に気付かれたとしても。優しい彼のことだ。直接言葉にしなければ、彼から終わりを告げられることはないだろうとも思っていた。

 高校を卒業してしまえば、彼と関わることはもうなくなるだろう。そうすれば、この想いはいつかは青春の苦い思い出として消化できる。それはそれで、ちょっと嫌だなという思いには蓋をして。


 結局、文化祭は何事もなく終わってしまった。本当に何事もなくというには少々波乱があったので、私と彼の間についてはという但し書きは付くけれど。

 彼は副会長さんと共に文化祭を巡ったらしい。私は私で、友人からこれで良かったのかと心配されたけれど。終わらせる勇気のない私には、何の話かわからないと誤魔化すことしか出来なかった。

 あの言葉がきっかけで、ほんの少しだけ、以前よりも自分のことが好きになれた。だから、それで充分だと自分に言い聞かせて。



 それからの日々は、幸せでもあり、辛くもある毎日だった。

 彼と直接話をすることはあまり出来ていない。けれど、僅かにでも会話が出来た時は心が弾む。そして、彼の恋人への想いを目の当たりにして心が沈む。そんな、浮き沈みする心を抱える日々。

 そんな一喜一憂、というには憂いの比率が大きい毎日を過ごしている内に、年は変わり、学年が上がり。再び彼と同じクラスになったのは喜ばしいものの、会長さん――文化祭の後に行われた生徒会選挙で、副会長さんは会長に就任した――もまた同じクラスになったりもして。

 彼自身は気付かなくても、会長さんからは当然のように牽制されてしまったのはあまりにも当然の話だろう。僅かにでもあった会話の機会はさらに減り、また日常の憂いの比率が上がった。


 もしも、もっと早く彼に惹かれていれば、と。ありえもしないもしもを願わずにはいられない。そんな一喜多憂とでもいうべき日々は、ある日突然終わりを迎える。


 その日のことはよく覚えている。夏が近付き、強い日差しが辺りを照らす。良い天気というにはあまりにもギラギラとしており、うだる様な暑さに辟易としているところを大音量の蝉の声が出迎える。それほど珍しくもないはずの、ただの日常風景。

 けれど、二つほど。いつもと違うことがあった。

 一つ目は、前日に考えてしまったことによる自己嫌悪。親が見ているからと偶々見たそのドラマは、恋人を亡くした男が新たな恋と出会うというストーリーだった。だからだろうか、もしも会長さんに不幸があれば、私も彼と……などと考えてしまったのだ。それだけならば、なんということはない日常の一ページ。嫌な自分を見つけてしまったという、ちょっとしたエピソードでしかない。そのはずだった。

 それをただのちょっとしたエピソードで終わらせなかったのは、二つ目の違い。

 登校して暫く、いつもの時間になっても彼と、そして会長さんの姿が見えないことに気付く。以前あったように、どちらかが風邪でも引いてギリギリに来るのだろうかと気にしていれば、二人が不在のままホームルームが始まった。

 そこで先生に告げられたのは、二人が不在である理由だ。


 会長さんが交通事故に遭い、意識不明の重体となった。

 原因は飲酒運転、だったらしい。歩道へと乗り上げて、彼女を轢いたのだという。


 クラスに広がる動揺。けれど、その中でも私の動揺は一際大きかったように思う。まさか昨日、あんなことを考えて願ってしまったから?

 そんなあるはずもない結論に辿り着いてしまうほどに、あまりにもなタイミングでの出来事だった。



 その数日後。会長さんはこの世から去ってしまった。

 それから一週間、未だに彼は学校に来ていない。

 心配になった私は彼の家を訪ねる。住所については、年賀状を送るという名目で聞き出していた。

 あれほど愛していた人が突然亡くなった。それが彼にとって耐えがたい事実だったのだろうということはすぐに解かった。けれど、このままでいいはずがない。ほんの少しの勇気と優しさを貰ったから。だから、少しでも彼の助けになりたい、と。そんな建前を用意して。

 本当のところは私にもチャンスが巡ってきただとか、私以外の誰かと立ち直り、また手の届かないところに行ってしまうのが怖かっただとか、そんな自己中心的な理由でしかない。それでも、私はそのチャンスに縋らざるを得なかった

 神様がくれたチャンス。いや、あんな願いを聞き届けたのだから、叶えたのは神様ではなく、悪魔だろうか。どちらにせよ、私の願いのせいで会長さんは亡くなってしまった。なら、私はこの想いを叶えなければならない。

 どこか強迫観念めいた想いを胸に。


 始まる前に終わった恋。そのはずだった想いが今、始まりを迎える。

 あまりにも身勝手に、他人の不幸を糧にして。

 だから私は悪魔様に祈る。

 どうか私を、生涯許さないでくださいと。

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