「スタート」に戻る

味噌わさび

第1話

 段々と意識が薄れていくような気がする。周りには俺の子どもたちや孫たちが悲しそうな顔をして俺のことを見ている。


 俺はすでに十分に生きた。そして、もうすぐその人生を終えようとしている。


 悔いがない……といえば、嘘になるが、悪くない人生だった。もう少し長生きしたかったとは思うが……それは仕方ないと受け止めるしかないのだろう。


 向こう側へ行けば愛した妻とも会うことができるのだ。悲観的になりすぎることもないだろう。


 段々と自分の命の力が弱まっていくのがわかる。あぁ……。言うなれば、俺の人生の終着点ということになるのだろう……。


 そう思ってゆっくりと目を閉じたその時だった。


「はぁ!? ここまで来て!?」


 いきなり頭に声が聞こえてくる。俺は思わず目を開いてしまった。しかし、子供や孫たちが口を開いた感じではない。


「あちゃ~……流石にこれは辛いね……」


 またしても別の声が聞こえてきた。俺は動揺したが、すでに体は動かない。


「まじかよ……。え? ホントにだめなの?」


「そりゃね……。従わないとゲームが成立しないしさぁ」


 何者かがわからないが、とにかく数人が会話しているようだった。俺は意味もわからず、ただ動揺するしかなかった。


「はぁ~……わかったよ。じゃあ、従いますよ……。ここまで頑張ってきたのになぁ」


「まぁまぁ。またもう一度、最初から頑張ればいいじゃない」


 もう一度? 最初から? 意味がわからない。しかし、混乱する俺の頭の中とは真逆に、段々と意識は薄くなっていく。


「……しかし、ここまで来て……『スタートに戻る』を引くとはなぁ」


 その言葉を最後に俺の意識は完全に途絶えた。


 ……と、暫くの間完全な沈黙が続いた。俺はどうなったのだ? 死んだのか?


 最期の声は……なんだったのか? もしかして、死の直前の幻聴だったのだろうか?


 ……まぁ、それなら納得もいく。とにもかくにも、俺の人生はもう――


「ほら。可愛い男の子ですよ!」


 次の瞬間、いきなり、明るい世界が広がった。そして、俺の視界に映ったのは……もうすでに昔になくなった俺の実の母だった。


「あぁ……。可愛い私の子……」


 母が嬉しそうに私のことを抱く……いやいや。ちょっと待て。一体何が起こっている? 俺は死んだんじゃなかったのか?


 と、母に抱きかかえられながら視線を動かす。周りには看護師、そして、涙を貯めている実の父がいた。


 そこまで見て俺は一つの可能性、そして、死ぬ直前に聞こえてきた言葉を思い出す。


「さて! まだ諦めないぞ! ここからもう一度ゴールまで行ってやるからな!」


 そして、俺の頭の中には、俺が死ぬ直前に聞いた声がまたしても響いたのであった。

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