第55話 見定めてやろう……。


 どうやらグランナディアの勇者たちは、南部の神秘の森エーテリアルを敵視しているらしい。


「ほら、モブオ! さっさといくわよ!」


 あれからシグは何度かサブリナたちとクエストをこなし、上級モンスターを狩って回った。彼らモンスターが、もしも不当な理由で一方的な虐殺をされているのなら、シグの敵意は勇者たちに向いただろう。


 しかし、神秘の森に居着くモンスターは、討伐されるだけの理由がある。


 夜な夜な、シグは神秘の森中を調査して、モンスターたちと対話できないかと試みていた。しかし、彼らの答えはいつだって殺意だ。


 コミュニケーションは不可。そもそも文化とか、文明とかを持っていない。


 モンスターたちは野生の獣も同然で、自分以外は敵だし、普通にモンスター同士で殺し合ってたりもする。フレアとヴェーラのように、最低限の知能があればよいのだが、これでは調教も無理そうだ。


 シグは冴えない勇者Aとして潜むことを続行し、サブリナたちを隠れ蓑とした。

 彼女たちが上級モンスターを倒しているのは、全てシグ。

 だが、その事実に気付く者はこの大陸にいない……。


「今日、貴殿らをこの場に呼び出したのは他でもない。機兵の国、アーキシティを乗っ取った奴らエルフ共を葬り、我ら勇者の支配下とするのだ!」


 そしていま、上級冒険者として名を馳せているサブリナ、シャキリン、ソフィア、シグ(サエナイン・モブオ)の四名は、勇者たちの尊厳をかけた大舞台に召集される。


 ここは聖都市の中枢機関である星辰の聖教団、身廊。祭壇前には聖教主であるラグナル・オデアンが、勇者たちに号令を下している。


 彼の銀の髪は太陽の光に輝き、鈍く青い瞳が勇者たちを見据えている。


「おいおい、あれってよ……」

「シャキリンも分かるか。あのお方は、四英傑のドレッドシャドウだぜ」

「す、すごいところに招かれちゃいました……」


 ラグナルの演説中、勇者たちは最前線に立たされた男を一瞥しては、興奮したように上ずった声音で囁き立てる。


 サブリナ、シャキリン、ソフィアも、彼の威光に惹かれている。


「ドレッドシャドウ? 強いのか?」


 シグが聞くと、サブリナはあり得ないと頭を振って、


「まさか、知らないの? 〝鮮血の影〟ドレッドシャドウさまは、グランナディアの頂点に立つ内のひとり、四英傑と呼ばれているのよ!?」


「じゃあ、あと三人いるんだな」


「彼はその内の一角――脅威のLv488であり、必殺のスキルも数多く習得している。勇者たちの最終兵器とも言われているの!」


 人間の身分にしては、随分と強い部類なのかもしれない。

 グランナディアは、先の大戦で戦勝大陸に数えられていた。


 となると、ホワイトコール級に匹敵する強者はいるはずであり、ただ馬鹿なだけでは収まらないということだ。


「しかし、その一角がLv488か……」


 シグの試算によると、彼の戦闘力は月光の監視者以下だ。

 礼拝者になら勝てるだろうが、アーキシティ陥落とは程遠い。


「仲間たちよ! 我々は新たな冒険の旅に挑む。この世界を襲う闇の脅威に立ち向かい、いま結託して勝利を掴み取ろうではないか!」


 最後にドレッドシャドウが宣誓すると、勇者たちの大歓声が湧く。

 一群は直ちに聖都市を出発し、西へと直進していく。


 目的地はエルフたちが根城とするアーキシティ。事前の偵察では二体の魔獣が確認された。以前の戦い、黄金の竜も推定Lv300からLv400とされている(大誤算)。


 これに対抗するのは、屈指の上級冒険者たちだ。


 最低でもLv200から召集され、確かな実力が裏打ちされたつわもの共が結集されている。


「サブリナたちも、Lvって足りてるのか?」

「ふふっ、あれだけの上級モンスターを倒していたんだぞ」

「経験値は、パーティーに分配されるんですよ、モブオさん!」

「へえー。やっぱり、固有の法則が働いているんだな」

「任せろよ、モブオ。エルフ如き、この俺が一撃で片をつけてやる!」


 シグが上級モンスターを張り倒すことで、彼ら三人がLvUPしていた。

 観葉植物のように少しずつ育っている感覚が楽しくて、シグは彼らをもっとLvUPさせようか、なんてことも考える。

 しかし本題は、結局勇者たちが、世界にとって害なのかどうかだ。


「なあ、俺たちって、なんで機兵の国を落とそうとしているんだ? いままでは、ずっと放置していたんだろ?」


 自然にシグが訊ねてみる。


「悪魔がいなくなったからさ! あれは元々、悪魔の支配下にあったからな!」


 得意げに語るシャキリン。四人は大陸を移動するため馬車に乗り、三日後にアーキシティへと到着する予定だ。


「悪魔には、アビゲイルっていう最強の悪魔がいたんだ。あたしは、そいつがどの程度の強者なのかは知らないけど、Lv500とかLv600相当らしい」


「いや、そこそこ強かったぞ。700以上はあるんじゃないか」


 シグの呟きも、彼女たちには届いておらず、


「ですが、いまアーキシティにはエルフがいます! 悪魔たちは敗れたのだと見て、ようやく侵攻に出れるわけです!」


 普通、悪魔が敗れたのなら、その種族はもっと強いと考えないのか?


 ソフィアの言葉が勇者の総意なのだとすると、シグはとても心配になった。

 やっぱり、勇者って脳筋集団なんだなと。


「何のために、侵攻するんだ?」


「そりゃあ、俺たちの正義のためさ! アーキシティを陥落した種族だ! 相手は、相当の悪党に違いない!」


「ん? では、いまからアーキシティを攻める俺たちも、悪党ではないのか?」


「どうしてそうなる? 俺たちは、勇者だぞ! 世界を束ねる俺たちが、統治することで、真の平和が訪れるんだ! グランナディアを見ろ、平和そのものだろ? だから、アーキシティも保護してやるんだ!」


「……ああ」


 もはや、問答の余地はないし、自問する間でもない。

 シグは彼らを、〝愚か〟と結論付けた。


      ♰


「ドレッドシャドウ団長、着きました!」


「あれがアーキシティ……ふふっ、魔法と機械の融合都市か。俺たちの新たな領地とするには、申し分ない」


 総勢一五〇名にも及ぶ一師団を束ねるドレッドシャドウは、漆黒と唐紅が入り混じった短髪を掻き上げる。


 得物は双刀。彼が得手とするつがいの凶器が、血に飢えたようにギラリと日差しを反射する。磨き上げられた鎧は、ハイミスリル装備一色。堅牢でありながらもその重量は羽毛の如く軽く、卓越した足さばきの重荷にはならない。


「Lvの低い者から突貫せよ! 第一部隊から第一二部隊を足掛かりに、第二〇部隊から第二二部隊と続け! Lv差を織り交ぜて突撃し、奴らの守りを乱せ!」


 団長さまが指令を上げると、勇者たちが意気軒昂と乗り出した。

 今回、アーキシティへと続く大橋は降ろされている。

 鉄の門も開かれたままだ。

 攻めてくるつもりなら、攻めてこい。

 大胆というより、余裕だという舐め切った守備体制が窺い知れる。


「ほら、ぼさっとしてないで、行くわよモブオ!」

「モブオさん、わたしたちも参りましょう!」


 シグたちのパーティーも、決死の特攻に出る番がきた。


「まあ……仲間たちが死ぬのは忍びない。折を見て、適度に助けるとするか」


 シグが言う仲間たちとは、もちろん礼拝者たちのことだ。

 巡礼者の配下である彼女たちは、勇者という蛮族共と戦闘中。

 形勢は、礼拝者たちが大きく有利。

 しかし後に続く精鋭の勇者たちが加勢して五分五分に。

 もしかしたら、案外、いい戦いをするんじゃないかと思えたところで。


「「うがぁっ!!」」


「な、ななななな、なんだこいつら――う、うわああっ!!?」

「ばかな、パーティー随一の剛力である俺が……っ!」

「ステータスが高すぎる! なんだこの魔獣はぁっ!!?」


 魔獣であるフレアとヴェーラが飛び入り参加して、恐ろしい勢いで勇者たちが駆逐されていく。あの二体は、勇者たちの基準で強さを測ると、Lv550からLv650。で、精鋭勇者はいいところLv300。いやはや、どう考えたって無理ゲーである。


「こっ、今度はなんだい……モブオ、ソフィア、シャキリン、下がりな!」


 アレを表現するとしたら、何という呼び名が適切か。

 機構天使。その存在はまるで機械仕掛けの奇跡そのもの。


 彼らの翼は機械と天使の融合を果たしていた。白く煌めく鋼鉄のボディーには、微細な魔力が溢れ出ている。背後は幾何学模様が浮かび、そこから魔力の奔流が渦を巻いて魔法を形成していく。


「そんな――アレは天空都市の使者、エンジェロイドだ!」


 愕然とするサブリナに、シグは呆れた様子で、


「まあ、立地的に近いからな」


 アーキシティとグランナディアがやり合えば、北の天空都市が得をする。

 悩むほどでもない、至極当然の話だ。


「しかし、漁夫にしては早いな……狙い目は、お互いがより消耗してからのはず。なぜ、これほど早期に奴らは……ああ、なるほど」


 エンジェロイドの軍勢は、勇者たちにだけ猛攻撃を仕掛けている。

 ピィーっと光線を照射して焼き払い、光の粒子や誘導弾で爆撃する。

 ゴマすりだ。

 彼らは、暗黒の巡礼者の領地であるアーキシティを守護することで、こちらの陣営に加えてもらおうとしている。勇者たちとは違い、機構天使は賢い選択をしたようだ。


「チィッ……エンジェロイド如き、俺たちの敵ではないぞ!」

「だが、ただでさえ戦況が悪いのに、どうしたら……っ!」

「恐れるな! この〝鮮血の影〟、ドレッドシャドウに続け!」


 勇者たちが奮闘する中、シグはどうしたものかと考え中。


 放っておけば、勇者は勝手に全滅するだろう。しかし、全滅したらいよいよ聖教主の怒りは頂点に達し、総力をあげて乗り込んでくるに違いない。


 つまり、超のつく大量自殺だ。


 あまり救う価値のない命のようにも思えるが、あのバカな聖教主の一存で全滅してしまうのは憚られる。中にはまともな者もいるだろうし、もうちょっと拮抗してくれた方が面白くもある。


 よって、両者に被害が出ないような加勢を――。


『はあっ!!? ちょっと、なに、雑魚に止められたんですけど!?』


 棒立ちしていたシグの背後から、シルフィアが斬りかかった。

 しかし、彼女の刃は容易く受け止められ、シグに切り払われて後退する。


「モブオ! あんた!」


「いいから、ここは俺に任せて先に行け! 見るからに、戦況が悪い……ここは一旦、仕切り直しだ!」


「くっ……あんたのこと、絶対に忘れないから!」

「モブオさん、絶対に戻ってきてくださいね!」

「俺たちは、ずっと友達だからな!」


 サブリナ、ソフィア、シャキリンは潔く撤退していった。


『で? あんたはなに? まさか、勝てると思ってるわけ?』


 月光の監視者、シルフィアは組織の準幹部である。


 シグは彼女たちと手合わせしたことがないし、実際に彼女たちがどれだけの力量を持ち合わせているのかは、これまで推察するしかなかった。


 これを機に、配下たちの腕前を推し量ってみよう。


 シグ……いや、サエナイン・モブオの唇には、愉快的な輝きが漂っていた。


「僕は、上級冒険者のサエナイン・モブオ。悪いんだけどさ、君じゃあ僕には勝てないよ」


『はあっ!!? ……舐められてるってこと? だったら――全力でぶっ潰す!!』


 彼女は魔女としての神髄を行使し、アーキシティの空を夜に塗り替える。

 この夜空の内側が、闡明せんめいの魔女シルフィアの支配下だ。

 俯瞰的な視界を得られるだけではなく、対象の思考回路をも看破できる。

 どのタイミングで避けて、どこで反撃してくるのか、本命は何なのか。

 思考が筒抜けということは即ち、対人戦闘において強大な有利だ。


『ねえ……ウソでしょ、あんた』


 が、事前にこれを知っているシグには対策も可能だ。

 2、3、5、7、11、13、17、19、23、29。

 脳内で素数を数えることにより、シルフィアに考えを読ませない。

 振りかかってくる斬撃は、全てただの条件反射で反応した。


『バカなの!? ちょっと、どうして戦闘中に素数を数えてんの!?』


「男は、素数で戦いを語る。お前は、何で戦いを語る?」


『あっ、頭おかしいんじゃないの!?』


「シルフィア、応援にきました!」


 セレンが到着し、二体の魔女が差し迫るも、シグは剣一本で二人からの猛攻を軽々と受け流している。しかも、剣を振る手は片手だ。もう片方の手で、呑気に耳くそをほじって、ふっと少女に吹きかける。……セレンは激昂した。


「強い……ですが、それなら!!」


 刹那の魔女であるセレンは、指定対象の時間軸を部分加速できる。

 加速空間域においては、時間が通常の速度よりも速く進む。


 つまりセレンが繰り出した魔力の波動や飛翔する斬撃が、加速空間域に差し掛かった瞬間に速度が変わり、緩急をつけた不意打ちを可能とさせる。


 時速五〇キロで飛んでいた物体が、突然時速五〇〇キロになったら、反応することは極めて難しい。セレンはこの変則攻撃で、撃破しようとしたのだが。


「なっ!!?」

「藁屑のように軽く、脆い。この程度で、俺を屠るというのか?」


 シグはそれさえも捌き切り、背後から仕掛けてくるシルフィアを掴み取る。

 彼女をセレンにぶん投げて一網打尽だ。

 さて、どう料理したものかと、シグはゆるりと歩み寄る。


「〝動くな!!〟」


 その瞬間、束縛の魔女エレスティアによる言霊が振りかかる。


 彼女の言霊には、強制力が発生する。

 耳を塞いだり、鼓膜を潰していたりしても適用される。

 強制力の発動条件は、聞くのではなく、言霊を浴びることだからだ。


「ふっ……言葉で俺を縛るか? 王は、背中で覇道を語る。口で語るのは、商賈しょうこの性だ」


「……っ!」


 それでも、シグにはエレスティアの効力も通じない。


 強制力も、ひとつの魔法に過ぎない。彼女たち月のエルフにとっては魔法ではなく、罪法の羅列に含まれる魔力配列の規則に基づいて、簡単に言うと、特定の配列を有した魔力で身体を覆えば、強制力を打ち消して相殺できる。


 シグは簡単にやってのけているが、そんな技術は巡礼者でもなければ不可能だ。


「監視者たちで倒せないだと? ほう……面白い。あいつは、私がやる」


 銀髪のエルフが参戦し、これにはシグの口角も緩む。

 巡礼者のシルバーレインだ。

 神速を誇る彼女との打ち合いは、なかなか興が乗るところだ。


「シルバーレイン! お前、この前もやっただろ!? 次は、あたしの番だ!」


 続けて赤髪のエルフ、ブレイズハートも飛び降りてきた。

 ブレイズハートの右手には、ドレッドシャドウ団長さまの雁首が。

 まあ……仕方ない。

 あの憤怒の少女が相手では、何英傑だろうと無理だろう。


「というか、逃げ遅れたやつらは全滅したか。まあ、因果応報だな」


 空は機構天使と黄金の竜に制圧されて、地上はエルフたちと、フレア&ヴェーラに支配された。いま立っているのは、サエナイン・モブオだけだ。


「いいや、私がやる。ブレイズハート、お前はそいつをやっただろう」

「いーやーだーね! こいつ、一秒も持たずに死んだんだぜ!? いくら何でも、弱すぎるだろ!?」


 一応は、四英傑の〝鮮血の影〟らしいが、シグは突っ込まないことにした。


「お楽しみのところ悪いが、俺もそろそろ引かせてもらう」

「あんたは、逃げられるとでも思ってんのか?」

「見逃してください。お願いします」


 サエナインがぺこりと頭を下げると、ブレイズハートは毒気が抜けたように絶句した。


「それに俺は、命令されて来ただけなんだ。お前たちの仲間は、誰一人として殺していない」


「ま、まあ……確かに、そうかもしれねえけどよ」


「お前たちが、弱者をいたぶる卑怯者だというのなら、追いかけ回してくるといい。だが、俺を討ったところで何も変わらんさ」


「待て! お前は……そっちの幹部か、何かなのか!?」


「四英傑のひとり、サエナイン・モブオだ。聖教主、ラグナル・オデアンさまの指令で侵攻にきた。俺は、あまり乗り気でなくてな」


 上手いこと情報も伝えて、シグは撤退に成功する。


 本当は、意味もなくグランナディアを遊び回っていただけなのだが、巡り巡って彼女たちへの協力となった。いま仲間たちが隣にいれば、「ふっ……計算通りだ」なんて戯れ言を吐くに違いない。シグは、そんなドヤ顔をしている。


「サエナイン・モブオ。彼は、いったい……」


 ローズはグランナディアを脅威と見定め、反撃への策を練る。

 先に攻撃を仕掛けてきたのは、あちらから。しかも、これで二度目だ。

 聖教主ラグナル・オデアンを討つには、十分過ぎる理由である。

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