第54話 些末なパーティー追放劇。


 勇者の地グランナディアの首都、アークライト。

 この大陸に住む人間は、全員が〝勇者〟である。


 老若男女問わず、剣や弓、槍に斧、あるいは盾や長杖といった得物を携えている。彼らの生業は、もっぱらモンスター退治。モンスターを殺すことで、討伐ポイントなるものがギルドから付与される。早い話、いっぱい殺したら偉いということだ。


「思ったより、人が多いな。文明は、カスケーロ大陸と同じくらいか」


 シグは変成魔法により姿を変えて、『サエナイン・モブオ』として潜伏中。

 ひょろひょろの体躯に、丸めた中背、死んだ魚の目、誰がどう見たって強そうには見えない。魔力も制限しており、身バレの心配はない。


「ちょっと、そこの弱そうなあなた。この私と、パーティーを組まない?」


 短パンにタンクトップに短刀という、いかにもな盗賊姿の女。

 短めの金髪は高等部で結われており、目つきも鋭い。

 弓なりに綻んだ口角は、まるで獲物を見つけた捕食者のようだ。


「俺、金は持ってないぞ」

「カツアゲじゃないわよ! だからほら、あたしとパーティーを組まない?」

「ん……? パーティーを組む?」


 祝祭や記念日などで、特別なイベントとして開催される。

 シグにはそっちのパーティーしか知らず、『パーティーを組む』という言葉に、とても頓珍漢な構図を思い浮かべている。


「祭りを独自に組み上げる、ということか?」


「はあ? 違う違う、パーティーっていったら、少数グループのことよ! ほら、三人とか四人で行動して、一緒にモンスターを倒すの!」


「なるほど……そしていま、僕が君のパーティーに選ばれたと。しかし、なぜ?」


「だってあんた、いかにもクソ雑魚って感じでしょ? 実はこう見えて、私は腕のたつ勇者なの」


「ふーん」


「まだまだ実績が足りないから、高難易度クエストを受注できないのよ。低難易度のクエストは、低級の勇者同士でないと受注できない。だから、どうせ駆け出しである弱そうなあなたを、勧誘しているってこと」


「ふむ……パーティーは二人か?」

「ううん、あんたで最後よ。残り二人は、もう声を掛けてあるから」


 女盗賊が指を向けた先、そこには魔法使いと、小さな剣士が。


 魔法使いは肩までの桃色髪で、長杖を持ち、魔法使いのフードを纏っている。華奢な体つきだが、背丈はそこまで低くない。


 剣士は、黒髪黒目の男の子だ。魔法使いの少女よりも頭が低く、その身体も恵体とは言えない。しかし彼の瞳には確かな熱気が帯び、顔つきも覇気に満ちて勇ましい。


「俺は、シャキリン・ユウヤシ! パーティーの前線をつとめるもんだ!」

「わたしは、ソフィア・ヒヨリッコ。こ、後衛の魔法使いです!」

「そしてあたしが、サブリナ・ゴロゴロス。戦場をかき乱す、盗賊よ」


 シグは、素直に感心した。

 三人寄れば文殊の知恵ならぬ、三人よっても烏合の衆か。

 ここまで名前からして弱そうなパーティーは類まれで、だからこそ自分は最後のひとりに相応しい……。


「僕は、サエナイン・モブオ。剣士だ」

「よろしくな、サエナイン!」

「こ、これから、よろしくお願いします!」

「ほらいくわよ、モブオ。あんたの腕前を、あたしが推し量ってやるわ」

「俺、初めてだけど大丈夫なのか? ほら、色々と手続きとかさ」

「なに、ギルドカードを持ってないの? ほら、こういうやつよ」


 サブリナは、横長長方形のギルドカードを見せた。

 カードには実績や業績が印字されており、ギルドの証明印も捺されている。

 偽装はできないように、透かしや箔押し加工がなされている。

 しかしこの程度のものなら、シグは一目で錬成できる。


「ああ……そう言えば、持っていたな」


 シグは完璧に模倣された、ギルドカードを取って見せる。


「なんだ、ちゃんとあるんじゃない! それじゃあ、早速行くわよ!」


 グランナディアには特有の文化が根付いており、クエスト達成の報酬金で生計を立てている人が、全体の六割強にも及んでいる。


「すごい熱気だな」

「気を付けなさい。あんたみたいな雑魚が、一番カモられやすいんだから」


 ギルドなる集会所では、幾多の冒険者が足を運んでいる。


 お役所と食事処が一体化したような施設だ。胃袋を満たす勇者もいれば、酒に溺れている勇者もいる。クエストが張り出された掲示板にも、おびただしい数の勇者たちが群がっている。


「おいおい、クソ盗賊のサブリナじゃねーかぁ!」

「見ろよ、へたれ小僧のシャキリンもいるぜ!」


「クソ雑魚魔法使いのソフィアもいる……なんだぁ、追放されたモブ同士で、傷のなめ合いパーティーかよ!!」


「こりゃあ傑作だ!! ガハハハハハハハハハハッ!!」


 サブリナがクエストを取ろうとした時、幾人かの男たちが嘲笑を浴びせた。


「知り合いなのか?」


 シグが問うと、サブリナは悔しそうに拳を震わせて、


「ええ……あたしらはみんな、パーティーを追放されたの」

「なんで?」

「あまり、役に立ってないって、そう思われたのよ」

「本当は、違うのか?」


「もちろん! あたしたちは元々、中級勇者だった……なのに、あいつらに濡れ衣を着せられて、分け前を全て持っていかれた。勇者の階級も、不当に降格させられたの!」


 サブリナに続き、ソフィアも口を開く。


「実はいま、不正が流行っているんです。クエストを達成した後で、ひとりだけ逃亡していたとか、何もしていなかったとか報告して……報酬や業績を、三人で分け合うんです。わたしたちはペナルティとして、降級して……」


「おいおい、嘘はいけねえぜソフィアちゃんよぅ!」


「お前ら雑魚は、これまで何もしてこなかったんだ! いい夢見せてやっただけでも、感謝しろよ!」


「本当に何もしてこなかったのは、お前たちだろ! いままで、散々、俺が倒してきたのに……いったい、どの口が!」


 シャキリンも加わってますます口論が激化し、殴り合いにも発展しようとしたところで、シグが人混みを押しのけ掲示板に手を伸ばす。


「おい……何をやっているんだ、モブオ」


「サブリナよ。追放されたというのなら、見返してやればいい。この掲示板にある、最高難易度クエスト……雷霧のグラゴンドール。こいつを討伐しよう」


 これまで何百人という勇者が犠牲となった、雷鳴と濃霧を呼ぶモンスター、グラゴンドール。全身に角が生えた獣で、全長は三〇メートルにも及ぶ。巌のように頑強な皮膚を持ち、神秘の森の深部に生息しているのだとか。


 シグがそのクエストを手に取ると、男たちの爆笑がさらに増した。


「いやっ、モブオ……それは、さすがに」

「そうだよ、俺たちじゃあ手に負えない」

「な、なにか勝算はあるのですか、モブオさん……」

「簡単な話だ。こいつを倒せば、俺たちは昇級する。パーティーの名声も上がる」

「だが、モブオ、あたしたちの腕では」


「見返してやるんだろ。まあ、物は試しだ。俺はお前たちを信じている。お前は、自分の力を信じないのか?」


 シグが発破をかけると、彼女たちは顔を合わせ決心する。


「おいおい、無理に決まってんだろうがよぅ!!」

「追放された落ちこぼれ同士、仲良くするんだなぁ!!」

「ギャハハハハハハッ、こいつぁは見物だぜ!」


 ――そうして勇者たちの嘲笑に送り出されてから、数時間後。


「グラゴンドール、討伐してきた」

『なにぃっ!!?』


 モブオは帰還を果たし、彼はグラゴンドールの瞳を背負っている。

 討伐対象の特定部位を持ち帰ったことで、低級パーティーはグラゴンドールの討伐をギルドに認められる。


「あっ、あり得ねえ……いったい、どうやってそんなことを」

「四英傑さまでさえ、手を焼くモンスターだ。それが、何故……」

「不正だ! 不正を働いたに、決まっている!」


 サブリナたちは、男たちの野次を心地よさそうに聞き入っている。


 グラゴンドールを討伐したいま、四人は低級から、一気に上級勇者へと成りあがった。破格の報酬金も手に入り、心に余裕が生まれたのである。


「サブリナさん、すごいです。まさかグラゴンドールの心臓を、〝盗む〟なんて」

「ソフィアも、すごい魔法だったわ! あのメテオは、本当にすごい隕石だった!」

「俺のスラッシュも、なかなかだったろ! 一撃で、骨を断ってやったぜ!」


 実態は、シグが彼女たちの補助を――というより、シグがグラゴンドールをしばき倒していた。モンスターの心臓をぶち抜き、それをいつの間にかサブリナの手に渡し、ソフィアが降らせた隕石に馬鹿げた魔力を乗せ、シャキリンの斬撃に合わせて抜刀、シグがグラゴンドールを一刀両断した。


 が、その真実を知る者は誰もいない。

 彼女たちは、自分の実力だと信じて、討伐し切ったのである。


「さ、サブリナ……てめぇ……」


「残念だったわね、ジョセフ。あたしを追放したのは、大きな間違いだったと、認める時が来たんじゃない?」


「さてさて、俺の元パーティーは、いまどこにいるんだっけか。もしかして、まだ中級の勇者なのか?」


「わ、わたしは、別に何も……ですが、二度と、あんな不正はしないでほしいと思います……」


 自分たちが追放した彼女たちに、まさか見返される日が来るなんて。

 しかも、あのグラゴンドールを討伐するほどの英雄だ。

 元パーティーの男たちは、周りから「無能」の烙印を捺され、さらにグラゴンドールを倒すほどの勇者が、何もしていない、逃げ出した、なんてことはあり得ない。元パーティーの男たちが申告した、サブリナたちへの虚偽は取り消され、衛兵たちに連行された。不当な追放行為が、暴かれたのである。


「今夜は祝杯だな、サブリナ!」

「ええ、あたしたちはここから、最強のパーティーに成りあがるのよ!」

「わたしも、尽力します……って、あれ? モブオさんは、どちらに……?」


 シグは、夜の雑踏に紛れながら、彼ら勇者の生き様を観察していく。

 醜悪な者共も多いが、これはこれで愛でようがある。

 いましばらくは、サエナイン・モブオとして身を潜めるのも悪くない。


「本格的に、勇者たちが動き出すまでもうしばらくか。アーキシティへの侵略、エルフの討伐クエスト……面白いドラマが描けそうだな」

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