第53話 自由行動開始!


 ――機兵の国アーキシティ、自律機兵監察庁、機兵総局にて。


「マキナ、アーキシティまでは、どのくらいで開通する?」

「うう~ん……流石に、半年は掛かるかなあ」

「十分だ、いまは海での輸送を重点としよう」


 アーキシティを解放してから二日。


 シグの手引きにより、二大陸と一国に、運路や交通路が整備される。


 先ずはカスケーロ大陸を中心に、王都から各国、小さな村町までのインフラを整える。これは既に手を付けていたことなので、あまり大事ではない。移動手段は主に馬車だが、マキナのテクノロジーにより、〝魔導車〟なる鉄道車両を自走する機兵が生み出された。


 これがカスケーロ大陸に導入されると、王都からシグの故郷ルンダールまでは一時間。大陸の端でも五時間以内に到着と、移動距離を大幅に縮めることが出来る。


 カスケーロ大陸は元の整備がされていたため、一か月以内には、全地域に魔導車が開通するとのこと。


 問題は、ホワイトコール以降の地だ。


「見ろ。ホワイトコールの大地は広大だが、整備がまだまだ行き届いていない。この交通路が開通せねば、その先のアーキシティへの移住もできない」


 シグはホログラムで、冬の大陸を指さしている。

 発展途上のため仕方ないが、ホワイトコールはまだまだ開拓地も多い。


 シグはカスケーロ大陸で希望者を募り、ホワイトコールとアーキシティへの、移住計画を画策しているのだ。


「なあ、ボスー。なんで、人間を呼び込もうとしているんだ?」


 ひょっこりと彼の顔を覗き込むブレイズハート。


「それは、奴らが原因だ。勇者という種族は、確実に知能が低い。戦闘に特化したあまり、頭の冴えが後退したように見受けられる」


「あ、あはははっ……世知辛い評価ですね……」


 反対側から、ブルーウェイヴもシグに擦り寄った。


「んで、どうして人間を移住させてるんだ?」

「こらっ、ハートちゃん! ちゃんと、敬語を使わないと!」

「だって、ボスは大丈夫だって言ってたんだぜ!」

「それでも、ダメなものはダメなんです!」

「ちぇっ、そんな目くじら立てなくてもさあ」


 二人の少女がぎゅむぎゅむと身体を寄せて言い合う中、間に挟まれたシグは、絶妙な面持ちで固まっている。


「勇者たちのことだよ。私たちエルフは目の敵にされちゃったから。でも、人間がいると、牽制になるでしょ」


 入室してきたローズウィスプが、シグに助け舟を出した。


「あ、そっか! 人間の都市だって分かると、攻撃してこないかもな!」

「流石は、シグさまです!」

「けど、移住までに時間が掛かるんだよな……あっ、海からは来れないのか?」

「カスケーロ大陸には、海を渡る習慣がありませんでしたから。人間たちは、陸路でないといけないのだとか」

「怖がりだなあ。海の底まで沈んでも、死にようがないのに」

「それは私たちだからだよ、ハートちゃん……」


 アーキシティが人の国に変わると、勇者たちも見方を変えるかもしれない。

 しかしシグは、勇者たちの好戦的な姿勢を危惧している。


「上手いこと、停戦に結びつくといいが……ああいう手合いは、一度、敵と見なした相手は、執拗に攻撃してくる。いずれにしろ、人間の移住計画は当分、先の話だ。委細は任せたぞ、ローズウィスプ」


「必ず果たすわ。親愛なる、あなたのために」


 シグは総局から出て、外で待っていたアウアレスが、スケジュール帳を読み上げる。シグはとにかく多忙を極めていて、ここ一か月ばかりは、まったく休みがない状態だ。半放置状態のウィングスレイドも、たまには様子を見に行かなければならず、三つの大陸と一つの国を束ねる王として、激務が続いている。


「シグさま。三日後にウィングスレイドの都市、ドラングニルで会談があります。精霊の地ウィスプウッドと、お菓子の孤島シュガーコーストから要請があり、それぞれの統治者と、今後の展望を――」


 アウアレスの言葉も、シグの耳には話半分にしか入っていない。


 外交、会談、戦略、都市開発、治安維持、法の制定、種族の統率……。


 そんなものが、王の役目か?


 信頼を預けられる仲間は、随分と多くなった。


 今一度、初心に帰り、王とは何たるかを考えてみてもいいかもしれない。


「今夜には、海を渡って三〇〇名あまりの礼拝者たちが、アーキシティに着きます。受け入れ準備は整っており、直ぐにでも組織として体制が」


「アウアレス、俺には世界の命運が懸かった、重大な任務がある」


 何もかも出まかせなのだが、従順な彼女は疑う素振りもない。


「さ、流石はシグさまです! しかし、世界の命運となると……まさか、既に先手を打っておられるのですね!! 勇者たちの数手先を読み、綿密なブラフを織り交ぜていた。二日前の戦いから、私たちの勝機は約束されていたのですね!」


「……え?」


「え?」


 一瞬、何とも言えない空気が流れたが、シグはそれっぽい顔で取り澄ます。


「ふっ……そういうことだ。流石はアウアレス。よく分かっているな」


「とんでもございません! 私なんて、巡礼者さまたちと比べたら、まだまだ」


 このドラゴン、ノリがいいな。


 シグは、てっきり彼女が自分の〝重大な任務を背負うダークヒーロー〟的な芝居にノってくれているのだと誤解している。実際は、アウアレスが王たるシグを心酔しているだけなのだが。


 とはいえ、これまでシグが成し遂げてきた実績、及び実力を知っていると、自然とそういう風に捉えてしまうのも無理からぬ話だ。


 シグは世界を股にかけて、神懸かった暗躍を果たそうとしている――。


 それがアウアレスから見た、シグの姿だった。


「よって、アウアレス。煩雑な雑事は、全て我が臣下たちに預ける。俺は、この世界を救わねばならんのでな」


「はいっ!! そのようにお伝えいたします!」

「フレア、ヴェーラ。俺が留守の間、任せたぞ」

「「がうっ!」」


 ペットの彼女たちの頭を強めに撫でつけてから、シグはアーキシティの外へと旅立った。


 二か月ぶりの自由――さてはて、何から手を付けようか。


 選択肢が無限にある中で、シグはまず東に向かうことにした。


 勇者たちの地、グランナディア。


 そこで冴えないぼんくら剣士を装うのも、悪くない。


「ふふふっ……光の舞台では見えぬ王の影、力強き心躍る闘志、しかし微笑みの裏に秘めた実力。――最東端の地に、新たな輝きが上るだろう!」


 特に意味のない、それっぽい言葉を紡ぎながら、シグは空を駆けた。


      ♰


「ねえ、ひま」


 毎度の如く、エルガードは学園で――とはいかなかった。


 シグは数日で帰ってくると言っていたのに、もう四週間近くカスケーロ大陸に帰ってきていない。


 これに耐えかねたエルガードは、学生を放棄して、王都を練り歩いている。


 目的はない。ただ、あんな学び舎で得るものはなく、そもそも剣舞祭が終わったいま、学園を監視する意味も薄い。


 悶々とした日々は続き、エルガードのストレスは限界に達している。


「我慢ならないわ。わたしも、シグのところまで行こうかしら」


 九割くらい本気だ。

 エルガードが東に足の向きを変えると、隣のエルフが慌てて立ち塞がった。


「え、エルガードさま! それはなりません、エルガードさまは大陸最強の守護者なのですから!」


 明るい茶色に輝く髪を持つ、穏やかな顔立ちの少女は、ヴァイパー003。

 瞳は透明な琥珀色で、深い中には澄んだ空のような広がりを秘めている。


 彼女の肌は、太陽に優しく撫でられたような健康的な褐色。小さな鼻と柔らかな唇、身体は中背で、程よい体つきに女性らしい曲線が描かれている。


 いまや巡礼者たちの総数は二千人にも及ぶ。


 千人はカスケーロ大陸、三〇〇人はアーキシティ、後の七〇〇人はホワイトコールとウィングスレイドに配置されている。


 数が増えてきたため、名前はコードネームを使用している。

 ヴァイパー部隊は、エルガードが鍛えた直属の配下たちだ。


「そうだよーっ! エルガードまでいなくなったら、アスター、とっても退屈だよーっ!」


 そしてこの黒髪赤目のサキュバス、アスターは、強制送還されてきた。

 アーキシティでの重要な任務に、アスターは重荷(知能的な意味で)。

 残念な判断を下された彼女は、カスケーロ大陸に送られたのである。


「アスター、003。わたしはいま、冷静さを欠いているの」

「……見たら分かります。先ほどから、殺気が」


「二〇日よ? 二〇日以上も、彼と会っていないの。このままじゃあ、わたしの理性が崩壊して、再会した時には彼の唇を奪いかねない」


「抜け駆けですか? エルガードさま」

「なによ。わたしが、一番彼と付き合いが古いのだから、それくらいの権利は」

「ダメだよ、エルガードっ! シグは、アスターと交尾するのっ!」

「黙りなさい、サキュバス。わたしはいま、冷静さを欠いているの」

「ふっふーん♪ わたしの方が若いもんね~♪」

「あら? 見た目はそこまで変わりないはずだけど」


「エルガードは、エルフだからでしょ! たしかに見た目は女の子だけど、年齢は、じゅうはっ――」


 ズガガガガガガと、魔力の球体光線がアスターに高速掃射された。


「失礼ね。そんなにいっていないわ」


 アスターは余裕を示して、ふふんと腰に手を当てている。

 彼女はウィングスレイドの地で、シグに力を分け与えられた。

 めきめきと成長したアスターには、無尽の光線を避ける程度は楽勝である。


「じゃあ、一七歳?」

「さて、どうかしらね」

「あっ、一六歳?」

「ふふふっ、もっと下よ」

「分かった! 一九歳だ!」

「……どうして上げるの? 殺されたいの、アスター?」

「あーあっ、図星なんだ!」

「殺すわ」

「ちょっ、ちょっとエルガードさま! ここは、街中ですよ!」

「ふっふーん♪ アスターはまだ、一三歳だもんねー♪」

「殺すわ」

「え、エルガードさまぁ!」


 多分きっと、ヴァイパー003がいなければ相当な修羅場に発展していた。

 彼女の身を挺した行動によって、凄惨な殺し合いは止められる。


「分かった。分かったわ。こうしましょう、003」


 エルガードの行き先は、西に変わった。

 アスターもエルガードの隣に並び、003も恐る恐る同行する。


「吸血鬼の国に行きましょう」


「はっ!!? な……なぜですか、エルガードさま」


「いい? わたしがカスケーロ大陸に一任されているのは、もしもの場合を見据えてよ。敵軍が攻めてきたら……という想定をするのなら、そもそも敵国を直接、見てくればいい。東にはシグがいるし、だったら警戒するのは西」


「しっ、しかし……西の大陸に行くには、海を渡らなければ」

「え、渡ればいいじゃない?」

「……」


 沈黙する003に代わって、「さんせーっ!」とアスター。


「ほら、こんな退屈な国を抜けて、西に行くわよ」

「いこいこーっ! 空を飛べば、海なんて関係ないよね♪」

「で、では……私は、これにて……」

「何を言っているの? ほら、いくわよ003」

「しかし、王都での雑務処理と、シグさまとエルガードさまが休校している間、学園での埋め合わせや――」

「いくわよ、003」

「……」

「いくわよ」


 うなだれる部下を引き連れて、エルガードたちは西へと向かう。

 海を越えた先にある吸血鬼の大地、フォボス。

 未知の世界を楽しみにすると、エルガードの歩調は弾んでいった。


「かしこまりました。エルガードさま……」


 一方で部下の顔色は、吸血鬼くらい真っ青になっていたのだが。

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