第49話 機兵の国アーキシティ。


「首尾よくいった。しかし、問題も発生している」


 ホワイトコールから東にいった機兵の国、アーキシティ。


 そこは竜の地とも悪魔の地とも異なり、先進的な技術が織り成す未来的な風景に包まれていた。


 エレクトロニアの都市は高層建造物が聳え立ち、その隅々まで洗練された魔法と機械のテクノロジーが行き渡っている。機兵たちは身に纏ったスーツを通じて仕事をこなし、ホログラフィックな画面に触れることで情報を得ている。


「問題とは?」


 天高く聳える生産設備の頂上で聞くシグ。

 隣のシルバーレインは、最東端のグランナディアに一瞥を向けている。


「悪魔たちが、最も危惧していた存在だ。何でも〝勇者〟たちは、とんでもない戦闘民族らしい」


「その勇者というのがよく分からないが、種族名ではないのだろう?」

「いいや、種族名だぞ。勇者という種族が、存在するようだ」

「……は?」


 さしものシグでさえ、唖然と口を開けてしまう。


「それは……どのような種族だ?」


「分からん。文献の中には、人間というワードも散見されたぞ。勇者は、人間が進化した種族なのかもしれん」


 シルバーレインが、ピッピッと腕に着けているデバイスを操作する。


 空中にはブゥンと音を立ててホログラムが投影され、グランナディアに関する調査報告書が浮かび上がる。悪魔たちが取り纏めてきた資料だ。


「……待て、なんだその技術は?」


「この街並みのように、アーキシティでは魔工学が発展している。このデバイスは魔工具という技術らしく、よく分からん原理で動いているぞ」


 シグはシルバーレインが差し出したその機械を検分してみる。

 だが覇王の目をもってしても、どのような技術で動いているのかさっぱりだ。


「もう、アーキシティに悪魔は残っていないのだな」


 シルバーレインは「ああ」と残念そうに肩を落として、


「なかなか骨が折れた。奴らにとって重要拠点だったらしく、高位の悪魔が一〇体も配置されていた」


「高位、か。アビゲイルほどでなければ、相手にはなるまい」


「そうして、容易く陥落できたわけだ。いや、なかなか大変だったのだぞ、我が主よ。やつら機兵も襲い掛かってくるし、悪魔を滅ぼして、都市の中枢機関に潜り込み、機兵たちのマスター権限を上書きしようとしたところで、爆破カウントが始まった! 一髪千鈞のアクションシーンには、皆の心が躍ったであろう!」


「滅ぼしたということは、もう誰も、この国の技術は知らないわけだ」


 シルバーレインは腰を下ろし、地上で機兵と戯れるブレイズハートとブルーウェイヴの姿を眺める。


 機兵はバリエーションに富んでおり、掃除型の機兵や、警備型の機兵、門番となる機兵は山のように大きく、また工場そのものの機兵もいる。


「主は、『殺さずに情報を聞き出せばよかった』と、言いたいのだろう?」


「ああ」


「もちろん、私たちは先に尋問したぞ。だが、奴らは本当に何も知らなかった。この国が、どういう技術を持っていて、どんな原理で数多の魔工具が動いているのか。悪魔共は、既にこの国の技術者を滅ぼしてしまったらしい」


「……つくづく無能な悪魔共め。だがまあ、やりたいことは分かる。これだけの技術を、他の種族に渡したくなかったのだろう。奴らは現状維持で満足し、機兵の国を情報の管理庫として運営した」


 シグがデバイスを操作すると、機兵たちへの指令や、悪魔たちが保管してきた数多の情報、問題点、種族の分析、将来の展望などがスクリーンに投影された。


「よって、私たちは悪魔共を殲滅した。しかし……この国にはもう、機械以外に何もない。これといった収穫がないのだ」


「なるほど、他の種族たちも目を向けないわけだ。こんなガラクタの国を落としたところで、見返りがないのではな」


『――何がガラクタか! スーパーウルトラビーティフォ―な国であろうに!』


「「……あ?」」


 隣を見ると、ぷかぷかと回転翼で飛んでいる一体の機兵が。


「ふふふ……驚いたかね諸君。この僕こそが、アーキシティの叡智、マキナ・リンディなのである」


 ぷしゅーっと、機兵の蓋を開けて出てきたのは水色髪の少女。

 自称叡智の少女はちんまりと小さく、ふふんと張った胸も真っ平である。


「おい。この国の科学者は、全滅したんじゃなかったのか?」


 するとマキナは、チッチッチとにくたらしく指を振って、


「この僕にそっくりなアンドロイドを用意して、死んだことにするのは容易い。やつら悪魔が朽ちる時を、ゆるりと待っていたのさ」


「……この国が落ちたのは、千年前の大戦だろ。お前、千年間も生きてたのか?」


 マキナは頭をパカッと取り、そこには脳みそではなく機械が詰まっている。


「ふふふっ、身体を機械化することも容易い。もちろん、この僕もダミーの一体に過ぎないよ。本物の僕は、いまよりもっと魅力的だからね」


「「魅力的、ねえ」」


 シグとシルバーレインの視線は、マキナの胸に集中している。


「ぼ、僕を愚弄しているのか!? 言っておくが本物の僕は、それはもうすごい悩殺ボディーなんだからな!」


「「へぇー」」


「スリーサイズは、上から一〇〇、一〇〇、一〇〇で!」


「「ドラム缶じゃねーか」」


「目が合っただけで、キュンとなるくらいの美貌を持ち!」


「「ふぅーん」」


「け、喧嘩を売っているのか!? 僕は、本当にすごいんだからな!」


 マキナが涙目になってぐるぐる腕を回している。


 だだっ子パンチはポカポカとシグの身体を叩き、いいマッサージだな、なんて感想は胸の内に留めておいた。


「――それで? 悪魔が駆逐されたいま、マキナはやっと出てこれたと」


 二人はマキナに招かれて、アーキシティの中心部に来た。

 ガラス製の回転筒に無数の光の粒が舞い踊る中心部の駆動機関部で、マキナはタッチパネルにパスコードを打ち込む。生体認証も済むと、ガコンと地下への秘密通路が現れた。


「言っておくが、俺たちは相当強いぞ。もしも陰謀を企てているのなら、やめておいた方がいい」


 マキナはパタパタと手を振って、シグの言葉を否定する。


「ふふふっ、知っているとも。あの夜、空には諸君らのシンボルが描かれた。きっと全世界の種族が、諸君らの威権を知っただろう」


「で、俺たちを招く理由は?」


「世界平和だよ」


 マキナはくるりと振り返り、無邪気で少女らしい笑みを浮かべる。


「諸君たちは、世界平和を目指しているのだろう? 悪魔を滅ぼしに来るほどなんだ。さぞかし、立派な大義があると見えよう」


「つまり、お前もそれに協力すると?」


 シグは訝し気に視線を細め、マキナは彼からの疑念を拒むようにまた笑う。


「詮索はよしなよ、シグ君。本当の意味で、協力したいだけなんだ」

「だと、いいがな」


「如何せん、世界は滅亡の危機にある。君たちも知っている通り、あるいは見てきた者もいるだろう。この世界の闇は、僕も知っていることなんだ」


 地下の最深部に辿り着いたシグは、培養器に容れられたソレを見て絶句する。


「貴様……」


 シグに続き、シルバーレインも面貌に不快感を示した。


「なぜ、アレがここにある!? あの聖霊樹は、まさか……」


 培養器に収容されている物は、〝腐敗した〟聖霊樹の欠片。

 断片的な枝葉や根が、循環された膨大な魔力によって、その内側に閉じ込められている。


「おやおや。その反応を見るからに、君たちも、この世界の法則を知っているようだね?」


 饒舌に語るマキナの首へと、シグは指先を突き付けた。


「いったい、ここで何を研究している?」


 しかしマキナは、呼吸ひとつも乱さない。

 いまの彼女もまた、数ある内のダミーに過ぎないのだから。


「もうちょっと、優しくしてほしいものだね、まったく。僕は、何も企てていない。会ったばかりの人から、信頼を勝ち取るのは、難しいのだよ」


「貴様は、何を研究している?」


「だから、この世界の闇についてさ。まあ、そうだね……信用してもらうためには、まずは僕の素性からかな。付いてきたまえ」


 マキナは軽快な足取りで、奥のラボへと歩み出した。


「どうする、我が主よ」

「きな臭いが……行く他あるまい」


 マキナの手のひらで踊らされているような感覚は不愉快だが、ここは従うしかない。シグは最大限に警戒を払ったまま、機兵の科学者に同行した。

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