第48話 竜の地ウィングスレイド(制覇)。


 竜といっても、四足歩行で翼が生えている原種だけが全てではない。

 なるほど、こういう種族もいるのかとシグは関心を示している。


「助けてくれて、ありがとうございました!」

「この瞬間は、私たち飛竜の歴史に残り、未来永劫と語り継がれていくことでしょう!」


 人と似た身体構造を持ち、共通の言語を口にしている彼女たちは、ドラゴノイドという半竜だ。竜の鱗と瞳と尻尾を持ち、二足で歩行する。口の端から火炎が漏れ出ている点も、竜の特性を引き継いでいる。


「しかし、これが竜のみやこか。なかなか、どうして悪くない」


 竜たちが集うこの最大都市、ドラングニルは峡谷の中にある。

 自然を利用した巣作りが基本的だ。

 文明はあまり発展しておらず、人工物もない。


 しかし、竜の鱗は宝石のように輝き、竜の瞳も造形的な価値があると、悪魔たちは彼女たちを支配して、趣味の悪い装飾品を作っていたのだとか。


 実際、悪魔たちの駐屯地では、竜を利用した装飾品が散見された。

 シグはそれらを土に埋葬し、彼女たちを供養した。


「彼らは、ドラゴンの炎を恐れていたんです。私たちの力を封じるためにも、住処を侵略してきて……種族の、最も大切なものを奪っていきました」


「大切なもの? ……他にも、なにか目的があったのか?」


 ドラゴノイドの少女は、彼方の霊峰へと指を向けた。


「火山です。私たちはマグマ浴びをしたり、遊泳したりするのですが」

「すごいな」

「悪魔たちは、基本的に冬を好みますから。雪を融かす火山を、特に嫌ったのです」


「なるほど、それでウィングスレイドに踏み入ったと。奴ら悪魔の中には、炎属性魔法を好む個体もいた。あれは、ウィングスレイドの名残だったのか」


「あのっ、どちらへ!?」


 シグは意味深に「ふっ」と笑って、北の霊峰へと空を駆けた。


「我が威光を、しかとその目に焼き付けろ。貴様たちの尊厳を、取り戻してやる」


 悪魔はまだウィングスレイドの各地に居着いていて、霊峰へと向かう途中、シグは手慰みついでに悪魔を殲滅した。バタバタと倒れていく悪魔たちを見て、アスターはきゃっきゃと笑っていた。


「嬉しそうだな。一応は、もと同胞だろう?」


「悪魔なんて嫌いだもん! ひどいことをする悪魔なんて、みんな死んじゃえばいいんだよ♪」


「まあ、そうだな」


 空に浮かぶ魔力の球体たちは、シグお得意の駆除魔法だ。

 自動で敵影を捕捉し、光線を照射して殲滅する。

 霊峰を守っていた幹部の大悪魔も、脳天を貫かれて即死した。

 かくして、ウィングスレイドにいる悪魔たちは全滅。

 シグは霊峰の麓、分厚く覆われた氷塊に手を添えた。


「さて。大自然のあるべき姿を、解き放つとするか」


 氷塊は蒸発し、シグは山嶺の頂きまで飛翔する。

 火口の中も、凍結されている。勿論、ただの氷魔法ではない。

 たかだか氷程度では、大自然の火山活動を止められるわけがない。


「これは、アビゲイルの魔法だな。絶対零度をも下回る、更なる次元の凍結魔法。だがいずれにしろ、この俺には児戯も同然だ」


 魔法すらも凍結させる、アビゲイルの〝真の冷気〟。


 であれば、シグが掛け合わせるのは、魔法すらも融かす超越熱度クオンブラスト。物理の上限であるプランク温度を超えた炎を浴びせることで、真なる凍結魔法を相殺できる。


「見て、シグ! ほらほら、全部融けたよ!」


「ああ……だが、これだけは足りん。いまこの火山は、ようやく息を吹き返した段階だ。その眠りを覚まさせてやるには、命を吹きかける必要がある」


 シグは錠剤を飲み込み、ダークファンタジー世界の自分を顕現する。

 ヴィルゴッド・フィルディーン。

 盟主の真の姿に、興奮を隠せないアスターと、フレア&ヴェーラ。


「長年の酷寒によって、ウィングスレイドの地は荒れ果てた。緑豊かな大地は、色褪せた地面と化し、草木の一本も残らない。竜たちの象徴である火山は、氷の眠りにつき、いまや紅蓮の欠片もない。――そしていま、再生の時が来た」


 シグが右手を下に向けると、ウィングスレイドの地は黄金に満ちた。


 循環の光リ・ノヴァ――全生命体にシグの生命力を分け与える、ダークファンタジー世界の秘術。草木も火山も、ひとつの生命であることには変わりない。長い凍土の下に眠っていた草木の種が、いまようやくの目覚めを果たし、瞬く間に全土を緑生い茂る地に変えていく。目星の火山もまた、盛大に息吹を上げた。


「わあっ!! 見て、シグ! 噴火……噴火だぁっ!!」

「行くぞ、アスター。お前は、流石に少し熱いだろう」


 霊峰を中心として地鳴りが響き、大地は底から揺れ始めた。


「ねえ、ねえ、お母さん!」

「ええ……あれが、私たちの故郷の、本当の姿」

「やったぜ! 冷たいだけの冬なんて、もう終わりだ!」

「ああ、主よ……どうか、我らをお導きください」


 ドラゴノイドの人々は興奮を懐いて空を仰ぎ、その神秘の前兆に心を奪われる。

 火口から次第に高まる煙と共に、空には赤みを帯びた輝きが広がり始めた。


「ふっ……宵闇に咲く、紅蓮の大輪。これもまた、一興か」


 それは、山がこれまでの怒りを爆発させたようだった。


 大地の奥底から湧き出るようにして、炎の舌が空へと舞い上がり、夜空を紅く染め上げていく。


 炎は空高く舞い、火山の咆哮は風に乗って遠くまで届いた。

 半竜たちは臆面もせず、その瞬間を静かに見守っていた。

 在りし日の故郷――冬に覆われる前の竜たちの世界。

 噴火の余韻が風に乗って街に広がり、新たなる生命の息吹となった。

 大地は再び穏やかな夜に包まれ、星々がその光を注ぎ込んでいた。


      ♰


 彼らの住処に戻ると、シグは本格的に竜たちの王として迎え入れられた。

 悪魔の支配から解放し、大地もかつての豊かさを取り戻した。


「ドラゴンの統率者はいるか?」


 そうしてシグは、彼らのリーダーと相対することを認可された。


「ふんっ、なんじゃ! 小さな人間ではないか! 随分ともてはやされているから、何かと思ってみれば、ふふんっ、大したことはないようだのぅ!」


 そうしていま、シグは竜王たる幼女の巣に招き入れられた。

 竜王、ゾフィーラ・リュウリス。

 いままでシグがあってきた中でも、かなり小さい部類の少女である。

 灰色の瞳と長髪、灰色の竜鱗と、確かに竜ではあるようだが……。


「親御さんは、どちらに?」


 シグが冗談半分でそう言うと、ゾフィーラは「ムカーッ!」と発狂した。


「妾じゃ! 妾が、ドラゴンの王なのじゃ!」

「ふーん」

「きいいいぃっ! お主、信じておらぬな!」

「まあ」

「ぐぐぐぐぐぐぐっ……よいじゃろう。ならば、これを見るのじゃ!」


 ゾフィーラは外にパタパタ駆け出すと、峡谷に身を投げていった。


「見事な自殺だな」


 なんて呟いた次の瞬間、ゾフィーラはカッと光り、灰色の竜に変貌した。


「どうじゃ!! 見事なものであろう!!」


 ふふんと鼻を鳴らして、ご満悦顔のゾフィーラさん。


「いや、まったく」


 これに怒りを覚えたゾフィーラは、我慢ならずに息を吸い込む。


「むむむむむ……じゃというのなら、これを受け止めてみるのじゃ!!」


 ゾフィーラの口腔から吐き出された灼熱のブレスは、魔力も込められていて、そこそこに威力がある。直撃すれば大地は溶けて、雑魚なら一掃できるだろう。


 だが、所詮はその程度でしかないわけだ。


「な、なにゃあっ!!?」


 シグが素手でパシッと弾くと、ブレスは見る影もなく消滅した。


「ぐ……ぐう。悔しいが、主を認めようぞ……」


 そうして戻ってきた幼女の頭に、シグはポンと手を置いた。


「頼みがある」

「な、なんじゃ……っ」


「俺たちは、出来る範囲でウィングスレイドを守る。既に世界へと牽制も済ませている、むざむざこの地にやってくる愚者はいないだろう。だが、もしもの場合、この地で戦うのはお前たちだ。いまのブレスが本気だったのなら、ハッキリ言って戦えない」


「ぬぅ……でも、妾はこれが限界なのじゃ。他の者はもっと弱い、父上と母上も、悪魔共に殺されてしもうた……」


「分かっている。だから、力を与えよう・・・・・・


「……へ?」


 シグがゾフィーラに魔力を注ぐと、彼女に宿る魔力量は、目に見えて跳ね上がった。


「おっ、お主……いったい、なにを!?」

「ゾフィーラの魔力配列を解析して、適合する魔力を付与した」

「そ、そんなことが……」


「戦う気概のある竜を呼べ。竜たちの力を底上げする、その力をどう使うかは、お前たち次第だ」


 そうしてシグは、三〇〇体あまりの竜を礼拝者たちの水準にまで引き上げた。

 戦う気概のある竜の少女たち四人は、監視者程度に。

 ゾフィーラは、巡礼者相当の力を得た。


「カスケーロ大陸から、魔導書を持ってきている。これを読んで、魔法の基礎知識を身につけろ。俺たちに頼るな、お前たちで大陸を守れ」


「ああ……ありがとう、シグ。お前は、妾たちの救世主じゃ!」


 しばらくシグは、活気に満ちた竜の都を見眺めていた。

 竜たちに迎え入れられている状況で、直ぐに旅立つのも味気ない。


「ねえ、シグ! アスターも、竜さんの背中に乗ってみたい!」

「俺ではなく、竜に頼んでこい」

「分かった、乗ってくる!」


 きゃああと竜の背中に乗り、アトラクションよろしく楽しんでいるアスター。


「……俺も一体、欲しくなってきたな」


 覇王には竜。相性も抜群で、構図も映える。

 格好いいを重んじるシグからすると、なかなか悪くない組み合わせなのだ。


「であれば、妾の妹を連れていくがよい。――アウアレス!」


 見るも眩い黄金の竜が、頭上より舞い降りた。 

 翼の羽ばたきが風を巻き起こし、黄金の鱗が夜空に煌めく。


「ほんとに、妹なの?」


 人型になると、アウアレスはゾフィーラよりも遥かに大人じみていた。

 アウアレスの瞳は碧い湖のようで、その中には清澄な透明感が宿っている。


 彼女の容貌は優雅であり、肌は月光によって反射している。慎ましい笑顔が彼女の唇を彩り、しゃらんとかき上げた金髪が瀟洒に舞い踊る。


 今までシグが出会った女性(という枠組みに入るのかは分からないが)の中で、背丈も一番高い。この形態では、尻尾と瞳以外は人間よりのお姉さんである。


「よ、よろしく、お願いします……」

「ふむ。ついでに分け与えておくか」

「シグ、そんなにいっぱい使って大丈夫なの?」

「案ずるな。これまで分配した魔力量は、俺の総魔力の5%にも満たない」

「えーっ! じゃあ、アスターにもちょーだいっ!」

「……分けるからには、戦えよ?」

「戦ったら、お勉強しなくてもいい?」

「悪魔の取引だな。……いや、子供は勉強しろ」

「やーだーっ! アスターも戦うーっ!」

「……仕方あるまい」


 かくしてアスターとアウアレスにも分配し、監視者相当の戦力になった。


「フレア、ヴェーラ。竜と遊ぶのは終わりだ、行くぞ」

「い、行き先は、どちらですか」

「肩の力を抜け、アウアレス。そう緊張しなくていい」

「はいっ! あ、ありがとうございます、シグさま!」

「アウアレス……傾向としては、ブルーウェイヴに似ているな……。さて、一旦ホワイトコールに戻るか」


 黄金の竜の背中に乗って、シグたちは帰路を辿っていく。


「シグさまは、その位置がいいのですか?」

「ふっ……竜の首に佇む、世界の覇王。なかなか、悪くない景色だ」


 空から見下ろしていると、東の機兵たちの国も、既に落ち着いているようだ。

 シグはひと足先に拠点へと戻り、彼女たちの吉報を待った。

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