第47話 俺が王だ(決まった)。


 決戦から、三週間。


 暗黒の巡礼者たちは、幾久しくホワイトコールの地で結集した。


「やはり、当面の目標は人員か……」


 大魔堂の四階、対策本部会議室では、幹部たちが円卓についている。

 席は盟主シグを中心として、八人の巡礼者と監視者が。


 シルバーレイン、ブレイズハート、ブルーウェイヴ、ローズウィスプ、ディアナ、セレン、シルフィア、エレスティアだ。


 カスケーロ大陸を無防備に晒してしまうことを危惧して、エルガードはお留守番中。ひとりだけシグに会えないのはと、かなりゴネにコネたが、巡礼者最強の彼女さえいたら、王都も安泰だ。渋々、エルガードは引き受けることに。


 ペットのフレアとヴェーラは、シグの後ろでお座りしている。


「ホワイトコールから北には、竜たちが住むウィングスレイド。東には、機兵たちの国、アーキシティがあります。先週の調査の結果、いずれも、過去の大戦によって悪魔たちの支配下に置かれていたことが判明しました。いまもなお、彼らは悪魔たちによって、厳しい統治がなされています」


 ローズの調査報告書には、シグのやり切れない吐息が漏れた。


 だからこそ、奴らは漁夫の利を危険視することがなく、あそこまでカスケーロ大陸に攻め入ることが出来ていたのだ。


「取り返すことはできる。今からいって、二日以内に両国を制覇できるだろう」

「じゃあ、どうしてやらねーんだよ? そうだ、あたしが行ってやろうか!」

「こらっ! ハートちゃん、失礼だよ!」

「ふっ……そう滾るな、ブレイズハート。取り返すにも、問題があるのだ」

「問題? あたしらに、そんなもんねえだろ?」


 豪放に言い切ってしまうハートの胆力には、心強いとシグは思う。

 だが、気合だけではどうにもならぬ問題がある。

 それが開口一番に言い放った、人員不足だ。


「気負う必要はない。これから告げる案は、事実に基づいた推測だ」


 シグは、そう前置きをしてから、


「今のところ、大陸ひとつを預けられるのは、エルガードだけだ。そして、悪魔たちのように、何らかの手法で内部から襲撃された時、守護者がひとりだけでは、壊滅的な被害が出るだろう。最低でも、幹部は五から七人。騎士団や礼拝者も、千人は欲しい。ホワイトコールでさえ手一杯な現状、あと二つも領土を増やすのは、愚かを超えた道化に過ぎる」


 流石だと、シルバーレインはシグの智慮に賛嘆の声を上げた。


「我が主は、そのためにホワイトコールで滞在していたと」


「俺がいれば、大陸ひとつ守り切れる。が、それも約束された絶対ではない。俺はかつて、己ひとつで抱え込み、破滅を招いた経験がある。……やはり、仲間は必要だ。あらゆるシチュエーションを想定して、確実に大丈夫だと言える守りが欲しい」


 ディアナは彼の意思に頷き、六年前の過ちを自戒した。


「シグ……やはり、あなたが正しかった。もしもあのまま、私が大陸の覇者となっていたのなら……そう考えただけでも、生きた心地がしない。私たちでは、甚大な被害が出ていただろう。いまなら、あの頃の傲慢さが理解できる」


「戒めは必要だが、後悔はするな。俺たちは、共に歩む運命にあるのだからな。さて、話を戻すが」


 シグは、三週間前の戦い、その仔細をまとめた報告書に目をやる。

 実際のところ、悪魔たちとの王都戦はかなり拮抗していた。

 今の状態で戦力を四分割するなど、侵略してくださいと言っているようなもの。


「北の大地、竜のウィングスレイドもまた、異なる大地に面している。ある島国からも近い。生半可な戦力で維持するのは、かえって危険だ」


 ディアナが指摘した通り、世界地図には、精霊の地ウィスプウッドが最北端に見える。お菓子な島国、シュガーコーストとも近い。


『機兵たちの大陸、東のアーキシティもそうよね。最東端に勇者の大地と、北東には天空都市。南に行けば、神秘の森エーテリアル』


「シルフィア。地図を見て地名を言うだけなら、五歳児にだってできますよ」

『うるさいわねぇ! いま、ちょっと仕事してる感あったでしょ!』

「……」

『あーっ! エレスティアも、そんなこと言っちゃうんだぁ!』


 いつもの口喧嘩が始まろうとしたところで、ディアナに睨まれ、「ひぅっ」と押し黙るセレンとシルフィア。


「よって、中途半端に取り返してしまうよりかは、悪魔共の支配下にあった方がよい。……とはいえ、竜も機兵も、過酷な環境に置かれているだろう。見てみぬふりをすることはできんか。――両国の戦力は、どのくらいだ? 悪魔共を追い払い、自立できる程度はあればよいのだが」


 ディアナは頭を左右に振った。


「どうだか……周辺環境にもよるだろう。たとえば竜の大地においては、精霊の地とシュガーコーストが、そもそも好戦的なのかどうか。どの程度の強者がいるのかも分からん。文献でも残っていればよかったのだが、何一つ見つからない」


 それはシグがホワイトコールを、一度更地にしてしまったからである。

 なんて自白したら格好がつかないため、シグはそれっぽい顔で「そうか」とだけ答えた。


「じゃあさ、どうすんだよ? 結局、そのままにしておくのか?」

「ハートちゃん、ちゃんと敬語を使わないとダメだよぅ……」


「ふっ……いいや、俺には案がある。決行は、今宵の一二時だ。世界に俺たちの覇を示し、俺たちは遥かなる高みへと至る。その第一歩が、この地上に刻まれることとなるだろう」


 シグが席を立ちあがり、指先を東に向けた。


 その指示をディアナたちは汲み取り頭を下げ、一部の分かっていないおバカさんたち(ブレイズハートとシルフィア)は、「なあボス、分かんねえよ!」『何、どういうこと!?』とぎゃあぎゃあ騒ぐ。


 この穏やかな空気は、やがて竜と機兵の地にも流れ込むこととなるだろう。


「あーっ、シグ! シグだ!」


 会議室から出ると、サキュバスのアスターがパタパタと駆け寄ってきた。


「アスターか」

「うん、アスターだね!」

「勉強は終わったのか?」

「やっつけたよ! えらい? えらい?」

「ふっ……あの闇を数時間で片付けたか。その勤勉さには、我が誉れを授けよう」

「きん、べん。ほまれ? なんでシグって、面倒くさい言い方をするの?」

「格好いいからだ」

「かっこいい?」

「ふっ……まだ知る必要はない。貴様も王になった時に、分かり得るだろう」


 シグが外に出ると、ペットのフレアとヴェーラ、ついでにアスターも付いてきた。


「ねえ、ねえ、これからどうするの? お出かけ?」


 シグは、フレアとヴェーラの頭を撫でつけながら、


「そうだな。陽光が微笑む世界へと、歩みを成す。死の風が囁き、月華が迎える王の道は、歓迎の踏み跡となるだろう。――お出かけの時間だ」


「あーっ! アスターもいく!」


「よかろう……お前たちも、王とは何たるかを見届けるがいい」


 ホワイトコールからウィングスレイドまでは、五〇〇キロ強。

 シグがフレアの背に乗ると、アスターもヴェーラの背中に乗った。

 ヘルハウンド――彼女たちの足にかかれば、深夜までには到着する。

 両大陸の解放まで、もう間もない。


      ♰


「ウィングスレイド。数多の竜種が生息し、かつては緑豊かな大地だったそうだ。記録は、それくらいしか残されていないが――性懲りもなく、この雪か」


 シグはうんざりと、目の前の景色を睨み据えた。


 ウィングスレイドの大地は、雪原だ。これがただの自然による影響で、元から酷寒の環境であるのなら、喜んで雪の地を踏み締めるところだ。


 しかし、空の雪雲にも、地面の雪にも、多量の魔力痕跡が見られる。

 大自然によるものではなく、魔法によって作られた雪だ。

 となれば、シグの下す審判も決まっていたわけである。


「何者だ? どうやって、この地に足を踏み入れた」


 ホワイトコールとウィングスレイドの境界線には、二体の悪魔が佇立している。

 精鋭クラスの中位悪魔か。

 魔力濃度はなかなかのもので、礼拝者たちでは全く敵わないだろう。


「ヘルハウンドとサキュバスを引き連れているな……使者か?」


 悪魔たちは、呑気に立ち話を始めた。


「いやだが、あの子供は人間だぞ? アビゲイルさまの遣いか?」

「……そうか! 遂にアビゲイルさまたちは、カスケーロ大陸を獲ったのだ!」

「侵略も果たし、エルフと人間も終わりだな!」


 二人の悪魔は能天気なもので、シグたちを自分たちの仲間だと思い込んでいる。


「腕試しにはちょうどいいな。――フレア、ヴェーラ」


 シグの指示に応じて、二体のヘルハウンドが風を切って飛び出す。


「貴様!! 我々に歯向かうつもり――」


「「がぁっ!!!」」


 反応する間もなく、悪魔共の手足胴体が捩じ切られた。

 ヘルハウンドたちの爪と牙をもってすれば、精鋭程度は敵ではない。


 そしてフレアは肉体に炎をエンチャントし、ヴェーラは氷をエンチャントしている。攻撃の命中は即ち炎上と凍結を意味し、悪魔共の肉体は、完膚なきまでに破壊された。


「俺の力を分け与えたとはいえ、ポテンシャルが高いな。知能が低い分、高度な魔法は使えないだろう。しかし、接近戦ならシルバーレイン並みか」


 調教が済んだ後、シグは二人に魔力を分け与えていた。


 純粋な戦闘能力なら、監視者と巡礼者の中間くらいか。かつ、獣魔特有の無限のスタミナ。雑魚相手なら、いくら掃討しても疲労知らずだ。


 幹部として換算しても、差し支えない戦力になっている。


「敵襲!! 敵襲だ!!!」

「サキュバスとヘルハウンド……それに、人間?」

「殺せ!! 悪魔に喧嘩を売ったことを、後悔させてやれ!!」


 それから駐屯地からは、ぞろぞろと悪魔共が湧いて出てきた。


「フレア、ヴェーラ。遠慮はいらない、始末しろ」

「わあっ! とっても楽しそうだね!」


 それから千体近い悪魔と戦っていたのだが、まあ、二人が強い強い。

 速さ、腕力、魔力と申し分なく、全て一撃で葬っていた。


「高位の悪魔、モルティスさまだ! この俺に掛かれば、貴様ら程度――」


 なんて吼えていた悪魔も、二秒後に死んでいた。

 雑魚ではない。

 単純な魔力密度でいけば、監視者たちに匹敵するクラスの悪魔だ。

 それを瞬殺となると、相当なものだろう。


「俺の見立てよりも強いな……」


 戦闘開始から三分以内には、全ての悪魔が殲滅された。


「すごい! フレア、ヴェーラ、とっても、お利口さんなんだね!」

「ああ。こういう遊びを覚えさせるのも悪くない」


 ペットと遊ぶ上での、取ってこいならぬ、ってこいを果たした二人は、褒めてほしそうに尻尾をフリフリしている。


 これをわしゃわしゃと撫で回していくシグとアスター。

 雑音がなくなったところで、シグはウィングスレイドの大地を踏む。


「毎度、毎度、芸がないな。たまに見る雪ならいいが、毎日は飽きる」


 一歩を踏み締めた瞬間、そこを起点として大地の雪が溶け出していく。

 融解はたちまち広がっていき、全土の雪が消滅した。

 魔力の応用だ。


 通常、雪自体は既に凍っている水分で構成されており、これを燃やすことは水を蒸発させることと同じで、燃焼の定義に合わない。連鎖的な融解など不可能である。


 だが、全土の雪に魔力を含ませることで、そこには魔法の起点が発生する。

 後はささやかな炎属性魔法、熱を与えるだけでたちまち雪が溶け落ちる。

 さらに地表そのものを温めているため、水浸しになってしまうこともない。

 馬鹿げた荒業だが、これもシグの法外な魔力量と技術があってこそ可能だ。


「俺は未だに、全ての魔力を解き放ったことがない。この機に、世界へ知らしめるとしよう。俺たちこそが――この星に昇る、新たな秩序なのだと」


 シグは全魔力を纏い放ちながら、空高く飛翔していく。

 彼は眩いばかりの光輝を宿し、闇夜の中で一筋の軌跡を描いた。

 雲よりも高く、空よりも高く、天の限界地点へと達したシグ。


「いざ仰げ。世界のあらゆる闇をも照らし払う、この俺こそが――」


 奔流の中心に立つ異次元の存在が、手を広げ、全ての魔力を束ねている。


 その姿勢は星を支配する神々のような威厳を放ち、魔力の激流を導き出す。


 そして、彼は一言を紡いだ。


「〝王〟だ」


 一瞬、星の全てが静止する。


 天の彼方という広大な空間に魔力の光が満ち、その輝きが地表に舞い散った。全土には彼の魔力が伝い響き、吹き荒れる夜風が奇跡的な響きを運んでいく。


 この瞬間、世界中が、朝になった。


 何にも比類しようのない真なる極光が世界を照らし、遥か上空には、ひとつのシンボルが魔力の痕跡として刻まれている。


 翼の生えた、天秤十字――。


 暗黒の巡礼者の象徴である。


「世界は、俺たちを知っただろう。この光が、この頂きが、俺たちの成すべき世界なのだと」


 シグはウィングスレイドの地に、同様のシンボルが描かれた旗を突き刺した。

 この地は、天をも統べる、我ら暗黒の巡礼者の領域である。

 予め世界にそれを知らしめておけば、人員的問題も関係がない。


 あんなふざけた魔力をもった敵がいる組織の地に、殴り込みしようという凡夫など、いるわけがないのだから。


「さて、竜の解放に向かうとするか」


 地上に舞い戻ったシグは、意気揚々と歩み出す。

 さらさらと吹き抜ける夜風ですら、彼に付き従っているように見えた。

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