三章
第46話 ペットが出来ました(ヘルハウンド)
決戦から一週間。
シグは二大陸の覇者となり、いまはホワイトコールの統治に精を出している。
彼の比類なき魔力とその頭脳にかかれば、都市を復元及び開発することくらいは造作もない。
――悪魔の首都アイスヴェイル。
かつてアビゲイルたちが根城としていた大魔堂は、「ダサイから」というシルフィアたちのクレームによって魔改造された。
七階まで拡張して、最上階は盟主に選ばれた者たちが入れる『洗礼室』なんて気取ったフロアが丸々設けられた。六階には、入ったら○○するまで絶対に出られない部屋が、何部屋も作られた。もっぱら、シグを誘い込んでそういうことをするための欲望深いフロアである。シグはドン引きしていた。多分、絶対に入らないだろう。
五階はホワイトコール経営陣のオフィス・戦略室。四階は会議室・トレーニングエリア。三階はクリエイティブスペースで、二階が事務スペース。一階はロビー・受付・会議室。
地下牢は廃止されて、研究開発ラボとなった。魔法や権能の実験、聖霊樹に関する研究室に変更された。
悪魔たちに、商業や産業という文化はない。
とにかく強い=正義という脳筋思考が一般的で、悪魔たちにはいちから文明を築くところから始まった。
幸いにも、言語はカスケーロ大陸と同じだ。
はじめに人間関係の重要性や共同作業の概念を導入し、食物調達の方法など、基本的な医療手段も教育し、健康の維持方法を理解させる。
ホワイトコールの悪魔は九割がサキュバスであるわけだが、彼女たちは原種の悪魔たちほどタフではない。傷を放置すれば化膿するし、寿命だって二〇〇年くらいだ。
それでも価値基準や、なぜ他者を傷つけてはいけないのか? などの前提認識を理解できる知能はあり、協力や礼儀、共感の重要性、社会的なルールや価値観にも、興味を示した。
原種よりも力がない分、知能を発達させる方向に進化したのかもしれない。
まあ、九割と言っても、総数が三〇〇体あまりだ。
他の凶暴・凶悪・凶猛たる悪魔たちは、シグに淘汰されてしまった。
残る、一割の種族はと言うと――。
「ヘルハウンド。地獄の番犬を、意味するらしいが……」
洗礼室にはいま、二体のヘルハウンドが招かれている。
一体が、茶色い毛並みの少女犬。頭にピョコンと獣じみた耳が生え、髪も襟足も無造作に伸びている。腰には、もふもふな尻尾が生えていて、シグを前にすると嬉しそうにフリフリ尻尾を振っている。名前はフレアらしい。
もう一体が、銀色の毛並みの少女犬、ヴェーラ。彼女はクールっぽさがあり、「ハッハッ」と甘えたそうなフレアとは違う。ツンと素っ気なくしているのだが、構ってほしそうにシグをチラ見している。目が合うと、頬を赤くしてまたそっぽを向く。
体格は……どちらも人間換算で、一五歳前後の少女くらいだろうか。
彼女たちも、地下牢にて収容されていた。アスターに聞いたところ、戦闘能力はあるが、知能が低く、使い物にならないらしい。主と認めた者には異常に懐き、生涯を共にすることもあるのだとか。
「フレア、俺の言葉は分かるか?」
「……」
フレアは首をこてんと傾げてから、シグへと四足歩行で駆けた。
「う、ううぅ……」
すると、ひとりだけ放置されたヴェーラが、涙を湛えて唸っている。
「ヴェーラ」
「……っ!」
名前を呼んであげると、ヴェーラも嬉しそうに飛んできた。
二人はシグの顔を舐めて、次の指示を待っている。
「……俺は、どうするべきだ?」
顔面をぺろぺろとご奉仕される中、シグはこのカオスな状況に困惑した。
二人の手足の枷を外して、地下牢から出して、餌付けしたのは確かに自分だ。
自分の莫大な魔力を見て、「主さまだ」と認めた節もあるのだろう。
「これは……先に言語を教えるべきか? いや、それよりもだな……」
今さらながら、フレアとヴェーラは全裸である。
犬には服を着る習慣がないのだから、当然だ。
とはいえ、二人は見かけが少女でもあり、色々と露わになってはいけない部分もある。自分がこのまま彼女たちを引き連れていては、白い目も向けられるかもしれない。そして何より気にすべきは、二人の身なりだ。
これまで、まともに育てられてこなかったのだろう。身体はやせ細り、耳も尻尾も薄汚れている。
「ふふふっ……ならば、調教の時間だと言うことだ! フレア、ヴェーラよ! 今から、この俺が直々に懲罰を下す。元の生活に戻れるとは、思うなよ!」
ひとつ目の厳罰、洗体。
フレアとヴェーラの獣臭さを対処するため、浴場へと連行。
冬の大地なだけあって、ホワイトコールは温泉が豊富なのだ。
「くっくっく……獣臭さが取れていくぞ。さあ、思う存分に苦しむがいい……」
シグはフレアとヴェーラを、ゴシゴシと洗っていく。
頭から足の爪先まで、一切の妥協を許さぬ洗体を施し、洗体後は冷えないように炎と風の融合魔法で乾かした。肌の乾燥対策で、保湿クリームを塗りたくり、肌には綺麗な光沢が浮かび上がった。毛並みも上々、オイルで照り光っている。
全裸なんて犬らしい尊厳も与えない。二人には、貴族と同等に華麗なドレスを買い与えた。
「さあ、満腹になるまで喰らうがいい!! 空腹のままでは許さん……しっかりと栄養を取り、肉を付けるのだ……ククク……」
二つ目の厳罰、摂食。
フレアとヴェーラは、尾を振りながら香りを嗅ぎ、興奮気味にテーブルの周りを歩き回る。彼女たちの大きな瞳は、食卓に広がる色とりどりのご馳走を見つめている。
最初に目を引くのは、新鮮な肉と野菜の入ったフードボウル。だが、これで終わりではない。――調理だ。
更には、糖質を多分に含んだデザートまである。
フレアとヴェーラは目を輝かせて食らいつくし、満足そうに欠伸を漏らした。
「ククク……冷たい石畳みの上で寝れると、思ったか? 残念だが、お前たちは今日からここで寝てもらう。闇のように深く、入ったら二度と抜け出せない……
三つ目の厳罰、就眠。
夜になると、シグはフレアとヴェーラを寝室に運んだ。
二人は暫し興奮して布団の上で飛び跳ね、疲れると毛布に包まって、一緒に寝た。
生地は雲のように柔らかく、触れる手にはふんわりとした感触が広がる。身体の重さが少しずつ沈み込む感覚に身を委ね、フレアとヴェーラは眠りに落ちた。
「クックック……調教完了。これで、二度と犬の暮らしには戻れまい」
大魔堂の頂点で佇みながら、シグは意味深にそんなことを言った。
明日は、お遊戯という拷問を科そうか、なんてことも考えながら。
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