第42話 不変たる運命……。
まだか? そろそろ、魔力が尽きてもいい頃合いじゃないか?
シルバーレインは、毎秒、毎秒が永遠に思えるほど長く感じた。
たった一歩足取りを緩めただけで即死するし、適当に回避してても死ぬ。
三〇分間、集中を切らさず、怒涛の即死攻撃を躱し続けるなんて、いったいどんな拷問なのか。ほとほとシルバーレインは、自分の境遇を不幸だと思う。
「乗っ取られたことは仕方あるまい。だが……お前はそんなたまか? 正気に戻れ、エルガード!」
悪魔と化してしまったエルフは、仲間の呼びかけにも応じない。
彼女はいまも、夢の中だ。
ご主人さまと、甘い日々を過ごしていて……共にベッドで眠り、起きたらシグが、お目ざめのチューをエルガードの頬っぺたにして、こんなことをするのは君だけだよハニーなんて時代錯誤な言葉をかけてくれて、ずっと彼と共に居る生活。
いまは、キャッキャウフフな追いかけっこをしている。
待って~。やだ~。
という微笑ましい夢の先には、現実で追い回されているシルバーレインが。
まったく、こんな微笑ましい夢のせいで殺されかけているなんて、銀髪のエルフは思いもしないだろう。いや、思わないだけ幸せなのかもしれない。もしも、自分はこれほど苦しんでいるのに、エルガードだけ呑気な妄想を巡らせていると分かったら、絶対に後で殴ってしまう。
「それに、この吹雪だ。一度、収まったと思ったら、また吹雪始めた。クソ、あとで復讐してやる……」
このデスゲームの腹いせとして、シルバーレインはエルガードを雪に埋めることを決定した。吹雪はエルガードのせいではないのだか、そんなことはシルバーレインの知る由にない。
「ふふっ……諦めたらどうだ? お前では、私は殺せんぞ?」
強がってはいるが、シルバーレインの身体は傷だらけだ。
幾度となく、身体には風穴が空き、切り傷も負っている。
右腕は、もうまともに動かない。
超高速の疾駆を続けて、両足の感覚もなくなった。
けれど、気を緩めるか、動きが鈍るか、どっちか招いたら即死亡だ。
あれだけの斬撃と魔法から逃げ遂せているだけでも、大したものだろう。
「チッ――ぬかったか」
僅かにシルバーレインの動態が鈍ったところを、黒雷が咎めた。
シルバーレインは、潔く己の死を受け入れた。
「ご無事ですか」
「ディアナ……!」
しかし、急遽駆けつけた月の聖女に抱きかかえられ、九死に一生を得る。
「私たちは、負けるわけにはいきません。ここは、任せてください」
「無理だ! 私以外では、避け切れないぞ!」
「いえ、避ける間でもなく、倒してしまえばいい」
既に〝傲慢〟によって超強化されているディアナを見定めて、エルガードは一時停止した。あの敵を殺すには、どんな魔法が有効か。再び殺戮攻撃が開始されるまで、二人にはしばしの猶予期間が与えられた。
「私もそう思った。だが、やって分かった。アレは、無理だ」
「負けない。不屈の気概さえあれば、必ず」
「クソ……それは傲慢過ぎるぞ、ディアナ!! 仲間を頼ると、心を改めたのではなかったのか!?」
「分かっている。しかし……時には、一人で戦うこともまた必要だ」
二人の言い合いの間に、エルガードは再び始動しかけた。
「シルバーレイン!! 悪魔化の原因は、ブレスレットだったよ!!」
ここで四人目のエルフ、ローズウィスプからの助言が入る。
「ブレスレット!? 確かに、身に着けてはいるが……どうやって、アレを破壊する」
「シルバーレインは下がっていて、傷が酷い。エルガードは、私がやる」
「お前も、火傷が酷いではないか!!」
「ちょっと、喧嘩しないでよ! ええい、こうなったら私も……」
「ローズウィスプは、他の仲間たちに伝達してくれ!」
「したって! したから、ここまで来たの!」
「三人掛かりで、どうにかなる相手か……アレを使えば、いやしかし」
ゴゴゴゴゴと轟き渡った嫌な音に、三人は天を仰いだ。
エルガード……ではない。
何かが、空の奥底から生まれようとしているのだ。
天を覆い尽くす雪雲は渦を巻いて、その中心には冷気と闇が奔流している。
「そう言えば――悪魔たちの頭首、アビゲイル! 彼が、空に何かを撃っていた!」
「ローズウィスプ、何かって?」
「知らない! ただ……
渦は開かれ、そこから姿を見せたのは、冬と闇の大地、ホワイトコールの一端。
二つの大陸を繋ぐゲートが通り、悪魔たちが雪崩を打って飛び出した。
「バカな!!? 悪魔の軍勢だと!?」
「しかも、調査報告書にあった個体だね……あいつら、こんな仕掛けまで」
「急いで、迎撃に向かってください。ここは、私が」
「だから、ディアナも傷だらけじゃねーか! クソ……他に、余力のあるやつはいないのか!?」
王都へと目掛けて、幾千と押し寄せる低位の悪魔たち。いかに低位とはいえ、彼らは一体で礼拝者一〇人強に匹敵する。
そして、幹部の巡礼者たちは疲弊し切って、あれだけの悪魔たちを相手に、さらにはエルガードも残されている。
三人のエルフたちが苦しい面持ちをする中で、豪放磊落な少女の声が駆け抜ける。
「うおりゃあああああああああああああああっ!!」
赤髪のエルフ、ブレイズハートが、〝憤怒〟の領域を空一面に生成する。
「
球状に生成した特大の憤怒に対して、ブレイズハートはぎちぎちと右腕を引き絞って、渾身の打撃を掛け放つ。
「
憤怒の球体は、ブレイズハートの打撃に呼応して爆裂し、空より降り落ちる幾千の悪魔を、たった一撃で消し飛ばした。
憤怒に焼かれて、ゲートも完膚なきまでに崩壊した。
戦闘時間、三秒である。
「ハートちゃん、すごい!」
「だっはっは! いままで、雑魚処理しかしてなかったからな!」
「うううぅ……次は、わたしもいいところを見せたいです……」
ブレイズハートには余力があり、雑魚敵は一蹴。
残すところ、この最悪の悪魔だが……。
「エルガード……目を覚ませ!! お前が、悪魔の身に堕ちてもいいのか!?」
いくらシルバーレインが訴えようと、彼女はいまも夢の中だ。
かねてより切望していた、彼との甘い生活……。
『シグ。ほら、あーん、して?』
命を救ってくれた彼に対して、エルガードは崇拝と恋慕、二つの想いを寄せている。
どうしようもなく、破滅の道を歩んでいた自分に、彼は全てを授けてくれた。
だったら自分は、彼のために尽くしたい。
同じ理想を求めて、彼の夢にも貢献したい。
そして、願わくは、彼の隣で……。
『あーん! ……うん! とっても美味しいね、エルガード!』
『でしょ? ふふん、いっぱい練習したんだから』
『エルガードは、何をやらせても完璧だね!』
『次は、この卵焼きとかどう? これも、頑張って作ったの』
『わあ……これも、美味しいね!』
しかしエルガードには、ただひとつ分かっていることがあった。
「何――エルガード、王都を滅ぼすつもりか!?」
彼女は右腕を天に向けて、一二にも及ぶ属性魔法陣を錬成した。
属性魔法は、重ね掛けすることが出来る。
原理は、単純かつ強力。火球を生み出す魔法陣を二つ潜らせれば、より威力を持った大火球となる。しかし準備に時間がかかり、実用性も低い。わざわざ幾つもの魔法陣を用意するより、一発で強い魔法を生み出した方が、効率がいいのだ。
だが、とあるシチュエーションにおいては、有用である。
たとえば……一撃で、殲滅するような場面。
王都ごと人間たちを滅ぼすには、最適解と言えるだろう。
「エルガード!! 目を覚ませ……エルガード!!」
そして夢の中でさえ、彼女にはハッキリしていることがあった。
『あのね、シグ……』
自分は、そろそろ起きなければならない。
また大寝坊をかましてしまったら、愛する彼に、尽くすことができないから。
『シグは「美味しいね」なんて言わないの。「ふっ……悪くないな」、だよ?』
これがただの夢だと気付いていたエルガードは、全魔力をもって破壊した。
『次は、もう少し、上手く化けてね』
天に向けて放った火球が、夢と現実を打ち壊す。
現実では、カスケーロ大陸の空を埋め尽くす雪雲が全て蒸発し、夢の中では、自分を我欲に誘惑していた悪魔ごと世界を吹き飛ばす。
かくしてエルガードは、自力で〝霊魂浸食〟から抜け出したわけだ。
「あれ……どうしたの、みんな?」
元の姿に戻ったエルガードは、ぽかんと周りの仲間たちを見やる。
「ふっ……ふふっ。いいや、なんでもないさ。おかえり、エルガード」
そんな親友の非常識さに、あまりにも納得がいって、シルバーレインは笑って済ませた。
「みんな――ううん、もしかして、わたしは」
破壊された王都を見て、エルガードは事の顛末を理解した。
「安心して、エルガードは悪くないから。そのブレスレットは、悪魔たちの触媒だったみたいなの」
ローズウィスプが告げると、エルガードは残念そうに肩を落とした。
それから地上へと戻って、被害状況を確認しながら仲間たちと歩む。
「霊魂の同期。敵の幹部は、確かにそう言っていた」
ディアナの言葉に、エルガードは面食らう。
「魂の浸食? それは、カスケーロ大陸にはない力ね。犠牲者は?」
「え、ええっと、その……」
「大丈夫よ、ブルーウェイヴ。わたしの責任だから、素直に答えて」
「エルガードさまは、悪くありません! けど……そ、その……0、です」
「あたしとローズで、ほとんど抑え込んだんだ!」
「こら、ハートちゃん! 監視者の方たちと、みなさんのおかげですよ!」
「ちぇー……まあ、それでいっか」
これだけ街が荒れていたというからに、相当な悪魔が湧いたのだろう。
それでも被害を出さないようにと、奮闘した礼拝者、監視者、騎士団、そして剣舞祭に来ていた剣士たち。彼らに最上の感謝を懐きながら、エルガードは次に危惧すべき事柄を思案する。
「あのお方は?」
シルバーレインは、大胆不敵に鼻で笑った。
その結末だけは変わらないといった、勝利を確信した笑みだった。
「偉大なるあのお方なら、殴り込みにいった」
エルガードも、「ああ」と、不憫そうに一笑した。
「こうなることまで、分かっていたのか、それとも……いえ、後は任せましょう。わたしたちの導きである、神――シーグフリードさまに」
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