第38話 クロスゲーム。


「おいおいおい、死んだわ、俺!」

「バカ言ってないで、戦えや三下ぁ!」

「体力、腕力、知能、魔力、速度、全てがオール5だなんて……」

「戦える人は、協力してください! 私も、前線に出ます!」


 三下A、ボトヴィッド、ナイシン、アクセリナたちの一般剣士たちはいま、王都中に発生した青の悪魔たちと奮闘している。


 しかし彼らでは足止めにしかならず、一〇人束になって掛かっても、一蹴されるほど悪魔は強い。


 礼拝者たちも総出動して迎撃にあたっている。

 ひとりあたま、一〇人強でようやく撃破できるといったところか。

 だが、悪魔たちの元は人間だ。

 これだけの数の人間を、全て殺し尽くすことなんて、彼女たちにはできない。そんな虐殺は、シグの理想とする世界平和から、遠くかけ離れている。


「幽鬼だなんて、呼ばれていたけど……ブルーウェイヴ、これって!」

「うん、悪魔だと思う。低位の悪魔が、どうしてこれだけ」


 ブレイズハートとブルーウェイヴは、人々を襲う悪魔共を、片っ端からねじ伏せていっている。だが奴らは何度でも立ち上がり、ダメージをものともしていない。


「クソ、これじゃあ……」

「任せて、ハートちゃん! きっと、私の権能なら……っ!」


 ブルーウェイヴが、〝悲嘆〟の領域を形成する。

 あらゆる異能を洗い流す罪によって、人々は元の姿に戻り始めた。


「やった! 待っててください、皆さん! このまま、領域を王都全域に……」

「ダメだ、そんなに広げたら、ブルーウェイヴの魔力が持たない!」


「流石、ハートちゃんです。だったら、この区画に……えっと、ハートちゃんは、街の人たちを、ここに集めてきてください!」


「勿論! ローズとシルバーレインにも、知らせてくる!」


 王都の空には、人々の悲鳴と絶叫が鳴り渡っていく。幹部の大悪魔は、この悲劇に酔いしれる中で、もう一方の大悪魔は、心底呆れ果てている。


「フィームよ。本番は、明日だと言ったはずだが……」


 銀髪の悪魔に対し、青髪の悪魔は、汚らしい高笑いを上げている。


「だあっはっはっはっはっはぁ! アビゲイルよ、いったい何を恐れている? 俺たち大悪魔が、エルフと人間に、後れを取るとでも?」


「油断はするなよ。金髪と、黒髪の人間だ。あの二体だけは、例外的に強い」

「――慎重と臆病は違うのではないか? 正直、俺も退屈していたところだ」


 観客席のVIP席、スイートルームの窓ガラスを叩き割って、赤髪の大悪魔も合流した。闘技場にはいま、三体の大悪魔が集結している。


「リザリオン……そっちの宿主は」


「ヴィンセントという男、エストホルム家の長男だそうだ。人間にしては、悪くない魔力を持っている」


「羨ましい限りだ。俺はラッセという、ただの人間だぞ」

「なんだぁ、アビゲイル? 負けた時の保険かよ」

「抜かせ。この宿主、最悪クラスに魔力は低いが、俺の手に掛かれば造作もない。直に同期も終わるだろう。フィームはどうだ」


「俺の宿主は……誰だ? なんか、知らねえ雑魚だ」

「シルヴィア・エストホルムだろ。先ほど、誘惑していたのではなかったか」


「ああ、それだそれ! この俺様に反発しやがって……こうなりゃあ、強制的に発動するだけよ。同期までに、時間は掛かっちまうがな」


「〝霊魂侵食〟。魂を乗っ取り、やがてその器を自分のものとする。強行した代価として、魂と馴染むのが遅い。できれば、明日まで待ちたかったが……まあいい。適応化が終わり次第、ゲートを開ける。そうだな……三〇分前後か」


 大悪魔たちが、呑気に立ち話をしている。

 このチャンスを見逃すなんてと、オリヴィエは苦渋の面持ちだ。


「離してください……私はまだ、戦えます!」


「無理を言わないでください! 致命傷ではないようですが、その傷では、戦えませんわ。――トゥーラ!」


「分かってるって。王都で治癒魔法が使えるのは、自分だけだし」


 代々として騎士団長をつとめるルンディーン家、その長女と次女が、オリヴィエを肩に担いで、闘技場から運び出していた。


「トゥーラさん。治癒は、どのくらいで終わりますか」

「んー……けっこうグッサリいってるし、一時間か、二時間か……」


「それでは間に合わないわ! いまも、人々は奴らに襲われている。一時間も、待っていたら!」


「無茶言わないでよ。治癒魔法は、他人の肉体に、自分の魔力配列を適合させて、部分的に修復するんだから。ほら、動かないで。座標がずれる」


「私は、トゥーラとオリヴィエさまをお守りしますわ。この状態で奴らに襲われたら、終わりですもの」


「くっ……いまは、これに甘んじるしかないようね」


 会場の遥か上空では、二体のエルフが浮遊している。


「暴れ出す前に、運び出したが……さて、そろそろか」


 悪魔の身に堕ちたエルガードは、邪神めいた風貌に変わり果てた。

 眉間に第三の目を覗かせて、背中からは漆黒の双翼を生やしている。

 元の宿主が、莫大な魔力を有していたからか。

 顕現するはずの低位の悪魔は、類まれなる最高位の悪魔に進化した。

 エルガード・ダークネスとでも言うべきか。

 あの最強の巡礼者が敵に回るなど、シルバーレインも生きた心地がしない。


「乗っ取られているのか、乗り移っているのか。さてはて、詳細な原理はともかく、白黒つける時が来たようだな」


 ゆるりと動き出したエルガードに対し、シルバーレインは好戦的に笑った。

 銀髪のエルフは、戦いをしないまま評価されるのが嫌いだった。

 主たるシグも、周りの巡礼者たちも、五人の中ではエルガードが最強だというのが、暗黙の了解だった。

 だが、自分たちは一度も、仲間内で戦ったことがない。

 戦わずして最強とは、いったいどういうことか。

 何より自分たちは、あの〝根源〟から生還してきた。

 一段と強くなったいま、腕試しをするのも悪くはない。


「出たな……〝陶酔〟の魔女め」


 エルガードが展開させたのは、三つの防衛魔法。


 一つ目が、自動迎撃式の魔力剣。手足、腕、背中、足元から、最大で三〇もの魔力剣を錬成して、対象を抹殺する。対象の強さに応じて、魔力剣の強さや速さも変更される。正直、これひとつで大半の敵は抹殺できる、最強の護りだ。


 二つ目が、黒雷&黒炎。特定の魔力反応(敵)を自動で探知して、その足元に治癒効果無効化の火柱を上げる。天上からは、同じ効果を持った黒き雷光が降り注ぐ。ディアナの〝月光〟を研究し、応用させた魔法だ。


 三つ目が、罪の剣陣。エルガードの背後に浮かぶ三振りの三日月刀は、光を反射して対象に〝月光〟を照射する。かつて教会の幹部たちが行っていた斬撃だ。だが、刀ごとに月光の性質が改造されている。ひとつは憤怒、あらゆる防御効果を無視する不条理の一撃。もうひとつは悲嘆、被撃したら一切の異能が瞬間的に解除される。最後が暴食、受けたダメージは彼女への糧となってしまう。


 これら三つの防衛魔法は一秒間で何十、いや、何百飛んでくるのだろうか。

 防衛魔法はいずれも、シグが遊びで開発した魔法たちだ。

 しかしこの魔法によって、エルガードの戦闘力も跳ね上がった。

 崇拝対象の魔法や技を、ほぼ無条件でコピーする〝陶酔〟の魔女。

 エルガードが、巡礼者最強と呼ばれている由縁だ。


「やっぱり、やめだ、やめだ。ここに立っているだけで、笑いが漏れてくる」


 シルバーレインは、巡礼者随一の俊足を誇る。

 純粋なかけっこなら、エルガードにすら勝てるだろう。

 それでも、自動迎撃式の魔力剣とは相性が悪すぎる。エルガードの反応速度に関わらず、自動で攻撃してくるのだ。あと一歩踏み込めば、肉屑行きだった。


「アレを突破するには、〝傲慢〟の魔女、ディアナくらい強化しないとダメだ。突破できたとしても、悠長に戦っていたら、燃えるか黒焦げになるかで終わり。あーあー……貧乏くじ、引いちまったか!」


 戦闘開始から、五秒。

 シルバーレインは、敗戦の気色を感じ取る。


 攻めるのは無理。そもそも自分の魔力量じゃ、突破が無理。


 罪の権能〝冷酷〟を使えば、エルガードの最大ステータスである魔力を、自分は獲得できる。だが、魔力を獲得してどうにかなるか?


 奥の手はあっても、エルガードの防衛魔法と相性が悪すぎる。


「ははっ! そうか……そうだよなぁ、エルガード!!」


 しかしシルバーレインは、負けない・・・・ことにも気付く。

 反応速度と足では、自分が僅かに優っている。

 であれば、ただ躱し続ければいいだけだ。


 あれだけの防衛魔法を維持していれば、いくらエルガードでも、三〇分が限界だろう。元は、シグ用に開発された魔法だ。エルガードでは長期戦闘はできない。


「ぐ……っ!」


 しかし、躱し続ければいいなんて、机上の空論だ。

 一歩蹴った瞬間に、足元は黒炎が爆裂するし、移動先には黒雷が降ってくる。

 学習式の防衛魔法だ。

 相手の行動をパターンとして読み取り、データが集まれば、予測位置に炎雷が置かれるようになる。ただ空中を駆け抜けて避けれるほど甘くない。一瞬でも、気を抜いたら即死のクソゲーだ。


「いいぜ……エルガードは、そうでなくっちゃなあ!」


 棒立ちでさえ苦しいのに、エルガードは距離を詰めてきて殺しに掛かる。

 魔力で錬成した無数の球体からは光線が飛び出し、七属性の颶風が吹き荒れれば、膨大な魔力の束を掛け放つ極光が閃くこともある。


 いったいこの短時間で、どれだけの死を捌き切っただろうか。

 刻一刻と、身体に切り傷が付いていく中で、シルバーレインは舞い続けた。

 彼女から逃げてしまったら、王都への被害は甚大なものとなる。

 直球に言うと、滅亡だ。エルガード一体で、国が終わる可能性もある。


 あのお方のためにも――命を救ってくれたシグのためにも、ここで引き受けるしかない。


「エルガードの魔力が尽きるのが先か、それとも……」


 一髪千鈞の死地の中で、シルバーレインは白い歯を見せた。

 自分の結末が全く見えない戦いは、思いの外、悪くはなかった。



「――そう。ブレイズハートは、その任務を続行して。後で、セレン、シルフィア、エレスティアも向かわせるよ。低位の悪魔くらいなら、抑え切れるはず」


 都市を一望できる時計台の上では、ローズウィスプが座している。

 報告にきたブルーウェイヴに指示を飛ばして、自分はどうすべきかと思案中だ。


「分かった! それじゃあ、ローズも頑張れよ!」

「うん、ありがとうブレイズハート」


 入れ替わり立ち代わり、新たな報告者がローズの傍で片膝をつく。


「ローズウィスプさま。ご報告がございます」


 礼拝者としてつとめる、エルフのミリアだった。


「現在、王都の表街道八番通りから一一番通り、一七番通りから三二番通りにかけて、低位の悪魔たちが多数観測されております。その他の地域にも発生しておりますが、極少数なため、礼拝者たちによって身柄を拘束されています。しかし、一体につき、一三人掛かりです。全てを捕獲したまま維持するのは、厳しいかもしれません」


「ブルーウェイヴ〝悲嘆〟の魔女が、一時的に悪魔化を打ち消している。発症者を、表街道四番通り……君のお花屋さん近くだね。そこでまとめてるから、直ちに連行するように。危険だったら、大声を上げて。私かブレイズハートが、絶対に守るから。以上を、伝達してくれる?」


「はい! この命に代えてでも、リーダーたちにお伝えしてきます!」


 ローズウィスプは、いま市民に襲い掛かっていた一体の悪魔を〝暴食〟の霧で覆ってみる。


 解析……不能。この悪魔化は、魔法じゃない。剣技でもない。罪の権能でもないとなると、自分たちが知らない何かだ。〝暴食〟で取り除くことは不可能。


「選択肢1、私も王都の守護者として、人々の安全を守る。それは礼拝者たちと、監視者、ブレイズハートがいるから過剰かな。選択肢2、シルバーレインと合流する。……かなり戦況が悪い。いつ死んだっておかしくないね。でも、私が入っても大して変わらない。時間の無駄。選択肢、3――」


 それは果たして、必然の巡り合わせだったのだろうか。


「あら? けっこう、いい魔力してんじゃない。食い応えがあるわ」


 ちょうど剣舞祭の闘技場には、ひとりの〝剣鬼〟が足を運んでいた。


「かつて私は、幾千ものエルフを狩り取ってしまった。その罪を、少しでも贖えるのなら」


 千年前の大戦を知る聖女も、ほぼ同時に会場の砂地を踏む。


「上よりかはマシだよね。あ、ちょうど三対三だ」


 暴食の権能を有する彼女も、元凶の元へと立ち向かった。


「ああ? なんだ、こいつら」

「気を付けろ、フィーム。例の〝剣鬼〟だ」

「二体のエルフは……覚醒者のようだな。大罪の魔女なら、多少は手を焼く」


 フィーム、アビゲイル、リザリオンと、アイノ、ディアナ、ローズウィスプが、並び立って一瞥を交わす。



「――王都は任せた。俺は、俺のやるべきことを終わらせにいく」


 彼女たちの頭であるシーグフリードは、北へ、北へと蒼穹を駆けていた。

 どこまでも遠く……奴らの思惑と、この戦いに終止符を打つために。

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