第34話 勘違いだらけの恋の中で起きる初めての○○。


 いよいよ、新国王の体制の元で、初めての剣舞祭が開催された。


 大陸中から観光客が押し寄せ、動員人数は昼時点で五〇万人を超えた。

 本選の会場、王都剣舞祭アリーナはこの時のために新設された。


 彼らを収容して余りある観客席が設けられ、大貴族専用のスイートルームも完備されている。新国王クリストフェルの世評もよく、以前の剣舞祭と比較しても、圧倒的と言える人だかりが出来ている。


「ねえ、シグ君。私たちって、まだ付き合っているわよね?」


 そんなお祭りを、さあ、満喫していくかと思ったところで、シグは青髪の王女さまに捕まってしまった。

 シルヴィア・エストホルム。愛想笑いがよく似合う、腹黒の王女さまだ。


「何の用だい」

「何って、私たちは彼氏彼女なのだから、一緒にいて当然でしょ?」


「へえ、面白いことを言うね。この前は一方的に別れたのに、今度はよりを戻すなんて、辛いことでも会ったのかな? 慰めてほしいの?」


 シルヴィアは、はっと小馬鹿にするように鼻を鳴らす。


「あら、シグ君はしらないのかしら? いまでは私は、王都魔剣学園の一級剣士。そして、あなたは底辺を彷徨う七級剣士。この私が、付き合ってあげる・・・と言っているのだから、黙って言うことを聞きなさい」


 呆れたものだ。

 女の腹の内など、童帝たるシグには理解も出来ぬが、ここまで人は醜くなるものなのかと、むしろ感心してしまう。


「それ、彼氏じゃなくて、奴隷っていうんじゃないの?」

「あら、よーく弁えているようね」

「一級剣士になったから、七級の弱者を従えて、王さま気取りをしたいと」

「気取りじゃなくて、実際に、私は王女なのよ」

「それで、君の心は満たされるの? かえって、虚しいだけじゃ」

「いいから、黙って言うことを聞きなさい」


 シルヴィアが金貨を取り出すと、シグは目に見えて動揺し出した。


「ふ、ふふっ……僕が、その程度のはした金に釣られるとでも」


 キーンと、シルヴィアが指でコインを弾く。


「くっ!」


 すかさず飛び出して、頭から突っ込みながら両手でキャッチするシグ。


「あら? はした金じゃなかったのかしら」

「はした金さ。僕(たちの商会)の総資産と比べればね」


 キーン。

 取り澄ました顔とは正反対に、シグはまた無様に飛んだ。


「よく聞こえなかったのだけれど、なにか、言ったかしら?」

「ふっ、まだまだ温いな。この程度で、僕を服従させられるなどとは」

「ほ~ら、餌の時間よ、マロンちゃ~ん」

「ワッ、ワウワウッ!」


 シグには、切実な悩みがあった。

 彼は王都と商会の頂点に君臨しており、その資産に着服すれば、いくらでも贅沢三昧な暮らしを送れる。


 しかし、配下たちや民草が心血注いで集めた金銭を、些末な我欲で手を付けるなんて、そんなのはダサ過ぎる。彼の〝覇王〟たる吟じに相反する行いであり、要すると、両親の仕送り頼みで生活をする、しがない苦学生でしかなかった。


 昨夜、かっこつけてラッセに屋台飯を奢っただけでも、けっこう苦しい。

 もしもあの冴えない男に彼女が出来てしまったら、一流レストランをごちそうしてやるなんて見栄も張ってしまった。

 その軍資金を集めるには、またとない機会なのである。


「ほーら、上手にできて偉いでちゅね~(笑)」

「ワオ、ワオワオンッ!」


 しばらくの間、シグは従順な犬をつとめた。

 周囲に知り合いのエルフがいないことが、せめてもの救いだった。


      ♰


「いい? 彼氏っていうのは、女の子を喜ばせるものなの」

「はあ」

「彼氏でなくても、親しい友人には、贈り物とか、パーティーとか、そういったサプライズを用意するのが常識なの」

「ほう」

「だって、女の子は可憐な生き物なのよ? 相手がどうやったら喜んでくれるのか、それが男の使命とも言えるでしょう?」

「へえ」


 シルヴィアとシグは、通りの屋台を巡っている。

 面白いことに、適当に相槌を打っているだけで、シルヴィアはご満悦顔だ。

 いったい何を食って育ったら、ここまで性悪に育つのか。

 将来はとんでもない悪女になって、組織の抹殺リストに入らないかだけが、シグの心配というか、未来予想だった。


「贈り物、ねえ……」

「そうよ。特に彼女のことは、気に掛けておきなさい。誕生日とか、記念日とか、そういうことには敏感なのよ」


 今さらながら、シグは仲間たちへの報酬を思い出した。

 彼女たちには、物理的なプレゼントを送ったためしがない。

 もしも女の子がサプライズを喜んでいるのなら、何か買い与えてみるのもいいかもしれない。


「王と臣下の間には、確固たる忠誠さのみが求められる」

「あら? 駄犬にしては、よく分かっているじゃない」

「プレゼントという考え方自体、これまでなかったが……ふむ」


 シグがどこかに行こうとしたが、「ぐぇっ」首根っこを掴まれて、ずるずると連行される。


「ほら、私が王で、あなたは犬」

「……臣下ですらないじゃん」

「なにか、気の利いたものを寄こしなさい。私が払うから、金額は気にしなくていいわ」


 それはもはやプレゼントではない気がしたのだが、これも経験だ。

 女の子は、何を贈られて喜ぶのか。

 千年童帝たるシグには、未知の領域である。


「む……この装飾品は、確か」


 出店にはアクセサリーショップも並んでおり、この間、ラッセが身に着けていた青色のブレスレットが並んでいる。


祈願具チャームよ。これに目をつけるなんて、悪くないセンスね」


 材質は、金属類だろうか。ツヤツヤとザラザラが半々に織り交ぜられた奇妙な素材で、慎ましく光り輝いている。粗悪な宝石に見られるような下品さがなく、どこか惹き付けられるものがある。


「じゃあ、これにする」

「いらないわ。私はもう、身に着けているもの」


 自慢するように、シルヴィアは右腕を見せびらかした。


「センスは、悪くないってことなんだな」

「そうね。あなたにしては、珍しく合格点を上げられるわ」

「あっ、ちょっとうんこ」

「あり得ないわ。一応は私の彼氏の癖に、排泄を催すというの?」

「……お前の身体構造は、どうなっているんだ?」

「美少女は、排泄をしないのよ。どこかの駄犬とは違ってね」

「ふーん」


「いいから、いってきなさい。もうそろそろ、第三部の試合が始まるはずだし、先に会場へと行っておくわ。言っておくけど、逃げたら、絶対に許さないから」


 シルヴィアから離脱できたシグは、人目のつかない裏道に回って、地面を蹴り、建物の屋上へとのぼる。


「エルガード」

「はい、こちらに」


 打てば響く速さで、金髪のエルフが姿を見せた。


「口調と態度は崩していい。今日から三日間は、剣舞祭だ。学園の生徒たちも、多く見える。いつ、どこで見られるか分からん」


 エルガードは片膝を着く忠誠の姿勢をやめて、彼の隣に並び立った。


「分かったよ。わたしを呼んだのは、いつもの確認?」


「ああ、ようやく剣舞祭が始まった。第三部から始まり、明日は第二部、明後日は第一部の試合だ。今日は所詮、子供たちのお遊戯に過ぎないが、なにか大きな動きがあってもおかしくはない」


「そうだね。この前、王都で激しい戦いがあったようだし。強烈な魔力の痕跡が確認されるくらい、不審な一件だった」


 ディックの死体は、戦いから三時間後、巡回中の守衛によって発見された。

 犯人――というより、死闘の勝者は、剣鬼アイノだ。

 しかし、現場には死体と魔力以外の証拠がなく、不審な事件として取り扱われている。


「死体は、ダニエル男爵家の長男、ディック。剣舞祭の第一部に出場するはずだったのに、開催から二週間前の日の夜に、殺害されたね」


「剣舞祭のライバルを蹴落とす、あるいは出場枠を空ける。普通はそういった見解をくだすだろうが、にしても不自然だ。死体は綺麗に真っ二つ、一方的に殺されたものと見られる。あれほど蹂躙できるのなら、わざわざ暗殺に出ずとも、試合で白黒つければいいだけだ。何より、報告された魔力量は……」


「最低でも、騎士団精鋭クラス。その場に残っていた魔力から、解析した結果だから、当時はもっと凄烈な戦いだったはず。犯人は、王都を守護する騎士団長にも匹敵するか、それ以上かもしれないよね」


 となると、犯人は絞られるわけだ。


 戦闘狂と、悪い意味で名高い〝剣鬼〟アイノ・フォーリンが、ぶっ殺した。

 あるいはシグの姉であるオリヴィエか、フォーリン家の姉妹か。

 この時期なら、各地から集まってきた剣豪たちが夜中に出くわし、格好つけて真剣勝負、なんて展開になったのかもしれない。


「いや……いずれにせよ、目的がないな。闘争本能が昂って、思わず……なんてくだらない理由で、この王都で殺人を犯すか?」


「現場には、犯人の証拠となり得るものがなかったの。これには、ラッセも悲鳴を上げていたわ。こんな難題事件は、俺のせいじゃねー! って」


「邪推するのなら、悪魔共の謀略なのかもしれないが……しかし、ホワイトコールには、依然として動きが見られない。そもそも奴らは、カスケーロ大陸を、どう見ている? 敵対しているのか、どうかすら分からん」


「ディアナの記憶が正しければ、悪魔は排他的な種族よ。千年前の大戦だって、カスケーロ大陸に乗り込んできた最初の種族は、悪魔だった。調和の概念を持たず、他種族を滅ぼす、邪悪の化身。ディアナは、確かにそう言っていたの」


「まさしく、悪を司る魔だな。悪意そのものとでも言うべきか」


 事件の真相は、考えても分からない話だ。

 シグが建物から飛び降りると、エルガードも彼に続く。

 裏道から、また表通りに戻って、ゆるりと剣舞祭を観光していく。


「ところで、エルガード」

「なに?」

「プレゼントを、贈ってもいいか?」

「……っ!」


 エルガードは五秒くらい硬直した後、シグの胸へと飛びついた。


「お、おい、エルガード!?」

「欲しいです! いや、欲しいかな! なに、シグが選んでくれるの!?」

「そ、そのつもりだが……」

「ふふっ……そうなんだ。でも、急にどうして?」

「無論、エルガードは、(臣下として)受け取るべきだろ」

「わたしが……(彼女として)受け取るべき……」


 エルガードとシグは、勘違い交際を開始して、一か月が経った。

 付き合っている前提はエルガードにしかないわけだが、奇跡的に会話が噛み合っていて、それからもお付き合いが進行している。

 致命的な誤解はあるが、今日は一か月目の記念日である。


「そ、そういうことね。シグにも、なにかあげないと」

「俺はいい。(王としての)立場的なものがある」

「そうなの? (彼氏として)受け取るべきな気がするけど……」

「気にしないでくれ。俺が、そうしたいのだからな」


 シグは例のアクセサリーショップから、青のブレスレットを購入した。

 それをエルガードに差し出すと、彼女は目を輝かせて右腕に着けた。


「ありがとう、シグ。ずっと、大切にするから」

「そう言ってくれると、喜ばしい限りだ。では、一旦俺は」

「まっ、待って!」


 エルガードはいったい、何の用があるのだろうか?

 ふと振り返った瞬間、シグの頬っぺたには、新雪のように柔らかな感触が。

 それは、エルガードの口付けだった。


「じゃ、じゃあね、また!」


 顔を真っ赤にして駆け出して行った彼女を、シグは呆然と見送った。


「……なんで?」


 この千年余りで、頬っぺたとはいえ初めてのキス――故は知らずとも、女の子からのご褒美は、童帝たるシグを混乱の更に奥深くへと連れ去っていた。


「……ふう。女という生き物は、なかなかどうして度し難い……」


 そんな意味深な呟きで、シグは平静を装った。

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