第29話 随分と元気がいいやられ役たち。
剣舞祭開催にあたって、第一部に出場するには、二つのルートがある。
ひとつが、推薦状。推し量るまでもなく、剣豪としての実力が認められている。それくらいの超有名人は、諸々を無視していきなり本選に出れるわけだ。
そしてもうひとつが、一部予選優勝者。いくら無名で、どれだけ金がなかったとしても、予選で優勝さえすれば、第一部に出場できる。そのたった一席を奪い合うために、予選会場はむくつけき男たちで溢れ返っていた。
「へへっ、やめときなあ、兄ちゃん。痛い目を見るぜぇ」
いかにも、やられ役っぽい男がシグに話し掛けた。
三下Aとでも名付けておこう。
「第一部じゃあ、死人も出るって話だぜ? ルールは簡単。相手が負けを認めるか、戦闘不能状態になるか。予選も本選も、ルールは同じだ。分かったら、死なねえ内に引き返すんだな」
なんて言っている男は、魔力濃度がカスだし、剣の腕も素人だろう。
(素晴らしいな。雑魚として、一〇〇点満点の煽りだ)
「ああ? なに見てやがる」
「いや、なにも」
シグは不敵に笑った。
いまの彼は、容姿が冴えない、覇気もないザッシュ・クズカだ。
目の前の三下Aよりも、さらに何倍も弱そうなのだ。
よもや彼の正体が、大陸最強の覇王であることなど、見抜けるはずもない。
「君は、出場しないのかい?」
「ハッ、馬鹿も休み休み言え。予選といえども、一部出場には命が懸かる。俺を含めて、大抵のやつは野次馬だぜ」
これだけの人がいるのに、予選出場の受付登録に向かっているのは、数十人だ。命が惜しい野次馬たちは、これから始まる戦いを見て、やいのやいのと高みの見物を決めるわけである。
この人だかりを見越して、辺りには酒屋や食事処などの出店が並んでいる。
軽いお祭り騒ぎなようで、どんどん人が増えていっている。
「おい、兄ちゃん! 本当に行くのか!?」
「ご忠告ありがとう。ふふっ……身体が、闘争を求めているのでね」
受付登録にあたって、何十人という男たちが並んでいる。
その最後尾には、なかなかいい筋肉をしている赤目の男が。
「クククッ……てめぇ、そんな装備と身体で、剣舞祭に出るつもりか。それじゃあまずは、俺の適性試験を乗り越えなくちゃあ」
この瞬間、シグの直感が言った。
こいつ――戦場で真っ先に死ぬタイプの、最高のモブだ。
「おいおい、ボトヴィッド! あんまり虐めてやるなよぉ!」
「やれやれ! 喧嘩だ、喧嘩ぁ!」
「おいおいおい、死んだわあいつ」
野次馬たちは口笛を鳴らして盛り上がり、早くもシグの見せ場が訪れた。
「予選登録の受付には、このボトヴィッドさまに話を通すってのが、定番だ」
「そうなの?」
「俺のおかげで、どれだけの命が救われたか。雑魚は、雑魚ってことすら分からねえで、出場しようとバカをする」
「ふーん」
「だから、俺には分かるんだよ。汚ねえ鎧、ボロボロの剣、安物の衣服、おまけにその面。クククッ……ダメだな。てめえは、失格にする」
「かく言うあんたは、出るのか?」
「クククッ……てめぇ、このボトヴィッドさまを知らねえのか? 剛力のボトヴィッド――またの名を、眠れる西の赤獅子」
「じゃあ、お前を倒したらいいんだな」
「は?」
「ふふっ……身体が、闘争を求めているのでね」
野次馬たちの熱気は最高潮に達し、ボトヴィッドは、怒りを抑え切れずに殴りかかった。
「てめぇ……誰が、誰を倒すってぇ!? この、雑魚が……ひとりでうんこも出来ねえような面をしていやがるくせに、あんまし調子に乗ってんじゃねえぞ!!」
それからしばらくの間、シグはボコボコにされた。
完全にされるがままで、鼻血を出したり、口の中を切ってみせたりと、うまい具合に傷ついているふりをした。
これだけの人混みだ。雑魚オブ雑魚を演じ切れば、誰にもマークされなくなる。まさしく理想的なシチュエーションだ。
「やめなさい! それ以上は、見過ごせなくなる」
少女の一声により、ボトヴィッドの猛攻撃はそこで終わった。
「アクセリナ・ツヨイウーメン……」
青み掛かった銀髪の少女は、北では名高い、剣豪の一族だ。
希少な鉱石で作られた頑強な鎧、豪奢に飾られた鞘と直剣、そして貴族特有の品格と、端正に整えられた面貌。
本戦出場権を獲得している、強者の一角だ。
「チッ……命拾いしたな、小僧」
「おいおい、もう終わりなのかよ、ボトヴィッド!」
「るせえな、しょんべんの時間なんだよ」
彼が立ち去った後、アクセリナはシグの元へと近寄った。
「ごめんなさい、助けようと思えば、もっと早くに助けられた。でも、これは、あなたのためでもあるから」
心配気に手を差し伸べるアクセリナ。
そこで彼女は、この貧相な男の異常に気付く。
「あれ……あなた、傷は?」
シグは、はなからダメージなど受けていない。
そもそも暴漢程度の拳で、彼にダメージを与えることはできないし、青痣や切り傷は、全て変成魔法でそれっぽく加工したもの。鼻血と口の端の血も、直視できるほど濃密な魔力を練り、赤の色合いを付けて、それを流していたに過ぎない。
だから、ザッシュ・クズカたる男の顔は、パッと無傷に戻ったわけだ。
「ふふっ……少し早い、祝杯だな。血の味は、勝利への宴……」
颯爽と立ち去ろうとする男に、アクセリナは詰め寄った。
「待って! ……あなたの、名前は」
「ザッシュ。ザッシュ・クズカだ」
「……ザッシュ・クズカ」
そうしてボトヴィッドの目を盗んで、シグはこっそりと受付登録した。
誰も彼も、今しがたボコられた男のことなんて、目も向けない。
ノーマークで勝ち上がるには、またとない好機をつかんだのである。
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