第28話 月光の監視者。


 六年前、シグは三つの部隊を持っていた。


 暗黒の巡礼者。五人のエルフからなる幹部たちだ。

 礼拝者。鍛錬中のエルフも含めた、巡礼者の配下にあたる下部組織。

 参列者。元教会のラッセを筆頭に、資料作成などの雑事を請け負っている。


 そして、王都での頂上決戦を経て、聖女ディアナ・イーゲルフェルトが仲間となった。シグは彼女を巡礼者に加えるのではなく、専属の部隊を持たせた。


「月光の監視者たちよ。長期に渡る遠征、ご苦労だった」


 王都の地下に拵えた、巡礼者たち専用の秘密基地――月影都市。

 空には魔法で作った幻覚の夜空と月が浮かんでいる。

 月のエルフの象徴だ。


 巡礼者、監視者、礼拝者のみが出入り可能で、警備も厳重。出入口は、王都の各地に設けてあるが、一定の魔力配列を持った者でなければゲートに弾かれる。


 月影都市には、面のいい女のエルフしかいない。

 シグに声を掛けた彼女も、監視者の内のひとりである。


「我らが盟主のご命令とあらば、苦でもありません。また何なりと、お申し付けください」


 片膝を着いてかしずいているのは、三年前に加入したセレン。

 エメラルドグリーンの頭髪からは、にょきにょきと枝葉が伸びている。

 知覚が通っているらしく、触るとくすぐったそうにする。

 確か今年で一五歳のはずだが、一三歳のシグよりも背丈が低い。

 が、子供扱いされると不機嫌になる。

 黄金の瞳は、暗闇の中で神々しく煌めいている。


『ちょっと! そのセリフは、うちが言うんだって約束したでしょ!? ほんっと、セレンは腹黒いんだから!』


 黒マスクをしたまま心の声で喋っているのは、シルフィア。

 青紫色の頭髪は肩までかかっており、時折、その隙間からは夜空が映る。


 ヴァイオレットの瞳の中にも星や雲が揺らめいている。何かしらの権能を有しているのだろう。


 セレンと同期で、彼女は口喧嘩になるとだいたい身長でマウントを取る。


「……」


 隣で口喧嘩が勃発している中でも、エレスティアは我関せずだ。

 スカイブルーの髪をくるくると手で弄りながら、手持ち無沙汰そうにしている。

 瞳の色彩も淡く、すんと取り澄ました小顔は、何を考えているか分からない。

 セレンよりかは背が高い程度で、彼女も小柄だ。


「主よ、重大な報告がある」


 遅れてやってきたのは、彼女たち三人を纏める聖女ディアナ。

 またの名を〝傲慢〟の魔女だ。


「まずは再会を祝おう。ディアナ、セレン、シルフィア、エレスティア。よくぞ、ホワイトコールから帰還した」


 玉座につくシグへと、ディアナは一礼して顔を上げる。


「三年前――主の命により、私たち監視者は、悪魔が居着く大陸、ホワイトコールへと潜入した」


 ディアナが切り出すと、セレンとシルフィアが地図を取り出す。

 そこでまた口喧嘩が始まったので、エレスティアが代わりに資料を差し出した。

 ディアナに叱責されるも、この2バカはまるで遠慮を知らない。


「ほう……大陸の見取り図か」


 雑音は慣れたもので、シグは二人を無視して進めていく。


「地形や通い路、都市や群居地を掴めているのは、大きなアドバンテージだ。しかし、この中心地は?」


 見取り図には、中心に渡ってほとんどが「?」で塗り潰されている。


「冬と闇の大地、ホワイトコールでは、各領域を〝層〟と呼んでいる。最も外に面している区域は、第一層。山々を超えた先に、第二層。中心部が第三層であり、その中に眠る悪魔の首都が、深層。善処してみたが、第三層以降の潜入は、不可能と判断した。警備が手厚すぎて、必ず交戦してしまう」


「よい。最優先任務は、奴らに勘付かれずに、大陸を調査すること。火種を起こしてしまっては、そのまま大戦に発展しかねんからな」


 シグは資料の束に素早く目を通し、ひとつの事実を掴んだ。


「奴ら悪魔は、まだカスケーロの民を恐れているか」


 ディアナは首肯した。


「エルフと人間の可能性を、脅威だと。五〇〇年前の記録ですが、そういった悪魔たちの文献が、幾つか散見されました」


 ホワイトコールでは、悪魔たちの古代文字が使用されている。

 解析はエレスティアがいるため、難航はしなかった。


「翻訳したのはエレスティアですが、文献を見つけたのは私です、シグさま」


 これに『なっ!!?』と心の声を荒げたのは、夜空頭のシルフィア。


『うちが、あの遺跡どう? って言ったんじゃん! 見つけたのはあんたでも、言いだしっぺは、うちでしょ、うち!』


「喋らないでください、貧乳が移ります」

『あっ、あんたも貧乳でしょーがぁっ!!?』


「……」


 別にエレスティアはこの会話に無関係なわけだが、彼女は自分の平坦な胸元を、ぺたぺたと触っている。


「残念でした、シルフィア。私はまだ、第二次成長期を迎えていませんので」

『ふっふーん。うちも、まだまだこれからだもんねー』

「いい加減、黙ってくれませんか? シルフィアの黒乳首が移ります」

『黒くねーわ! お前、シグさまの前で、風評被害を広めんなよ!』

「風評被害ではなく、ただの事実に基づいた悪口では?」

『事実じゃねーんだよ! クソ……この、背丈一三〇女が!』


 二人の言い争いがあまりにも醜く、ディアナが二人の首根っこを捕らえた。

 ひぐっ! なんて悲鳴は、どこか蛙の泣き声に似ていた。


「話を戻すが、悪魔たちも魔法を使えるらしい。独自の文化で発展した魔法だ。既に悪魔は、カスケーロ大陸……いや、王都に潜んでいるかもしれない」


 ディアナの正確な分析は、シグの眉根を顰めさせた。


「ああ……その可能性も考慮している。だから早々に、剣舞祭を開催することを取り決めた。人間たちの戦力を見せつけることで、悪魔共への牽制となろう」


「逆にこの程度と思われたのなら、いよいよ侵略しにくるだろうな」

「問題ない。剣舞祭には、俺も出場する」

『っ!!?』


 ディアナたちは、一様に目を見開いてシグを見つめた。


『さすが、シグさま! 凡夫どもを、蹂躙しちゃってください!』

「いっそ、私たちも出場するというのは、どうでしょうか」

「ダメだ、セレン。エルフではなく、表の人間を立たせることに意義がある」


「そういうことだ。変成魔法で完璧に仕上げられる点も、俺が適している。ザッシュ・クズカ。俺はいまから一か月間、その無名貴族として生きる」


 シグが席を立つと、丁度いい具合に汚れた鎧と、刃の欠けた粗悪な剣が、用意されていた。


 服装は、よれたスーツにパンツ、ほつれだらけのジャケット。


 シグの完璧な変成魔法で、魔力の揺らぎも出ていない。

 誰がどう見ても、没落貴族のザッシュ・クズカだ。


「声音は……もうちょっと、トーンを落とそう。気だるげな、こんな感じか」


 目の下の隈や、なで肩に猫背、両手を幽霊みたいにだらんと垂らして準備完了。


 シグはザッシュ・クズカとして、第一部の剣舞祭、その出場権を獲得するため、予選会場へと足を運んだ。

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