第27話 剣舞祭への準備期間……。


「「……」」


 シグは、気まずい時間を過ごしていた。

 七級剣士になったはいいものの、この場にはシルヴィアがいる。

 三級剣士と言っていたのに、どうして七級の演習場に彼女がいるのか。


(いや……同級生たちは、シルヴィアの剣技も讃えていた。彼女は、実力者として、剣舞祭に出場するのではなかったのか?)


 シグは、隣に座っているシルヴィアに一瞥を向ける。

 シルヴィアはあえて気付かないふりをして、おもむろに立ち上がった。


「象徴は、誰によって作られると思いますか?」


 あまりにも漠然とした問いだ。

 けれどシグは、彼女が言わんとしていることを汲み取った。


「周りにいる、有象無象。自分自身のイメージと、周りから見た自分は、一致していないことが多い。それは地位であったり、名誉であったり、大抵は肩書きで、飾り立てられる。いつだって、人は肩書きで物を見ている」


 シルヴィアは首肯した。


「私を慕っている同級生。へこへこと頭を下げる教員。道を行けば、シルヴィア王女、シルヴィア王女と、誰も彼もが、羨望の眼差しを向ける」


「要するに、雇っていたのか? 自分の名声を高めてくれる、ご友人たちを」


 シルヴィアは答えない。だが、その沈黙こそが、何よりの解答だった。


 腕前は底辺の、七級剣士。それでも、すごいすごいともてはやす人が多くいれば、実際のシルヴィアの剣技など、いとも簡単に脚色できる。


 地位はある。金もある。頭脳もある。美貌もある。

 けれどシルヴィアは、剣の才覚だけには恵まれていなかった。


「せっかく、最底辺・・・の九級剣士が、告白してきたと思ったのに……」


 チッと、シルヴィアは建前も崩して舌打ちした。

 彼女がシグの告白をOKした理由は、彼がド底辺だからこそだった。


「こんな僕と君が同列なのが、許せない?」

「当たり前でしょ。毎日うんこしてそうな陰険男子と、どうして私が同格なわけ?」

「いや、うんこは毎日すると思うけど」

「喋らないで、近寄らないで。あなたが口を開くだけで、貧乏菌が臭くてたまらないの」

「ものすごい豹変っぷりだね」


「言っておくけど、私の悪口を広めないことね。あなた程度、簡単に消せるわ。これからも平穏に生きていたいのなら、金輪際、私に関わらないで」


「――剣舞祭のことも、嘘だったの?」


 立ち去ろうとしたシルヴィアは、そこでぴたりと足を止めた。


「本当よ。だから、私は許せないの。私は、もっと……強い、はずなのに。上級の剣士に、なれるはずなのに。どうして……どうして、七級なんかに」


 シルヴィアは今度こそ立ち止まらずに、シグの前から姿を消した。


「ほう……面白い」


 散々、罵詈雑言を浴びたシグだったが、むしろ彼女には好感を持っていた。

 さっきまでの、いかにもできたお嬢様なら、全く興味を懐かなかった。

 人には誰しも、裏の顔があるものだ。

 嘘をつき、自分を偽り、相手を騙すことだってあるだろう。

 凡人が傲慢な夢を求めることは、人間臭くてシグは好きだ。

 届かぬ夢想を追い求めて破滅に向かう様は、かつての自分を彷彿とさせる。


「シグ、どう思う?」


 実習場の端っこ、人目のつかないところで、エルガードはシグに話しかけた。

 彼女も上手いこと、七級に留まって平凡な学生を装っている。


「ふむ……脅威ではないが、懸念ではある」

「力に溺れた者の末路は、悲惨なの。それは、シグも分かってるでしょ?」


 さり気なく、手と手を絡め合わせるエルガード。彼女は、シグと交際しているつもりであるが、シグはまったく違うお付き合いだと誤解している。


(なんだ、体温チェックか? 毒を盛られた痕跡はないが……)


 シグはそんなことを考えて、特に拒絶の色も見せていない。


「そうだな。ディアナや教会の手先、旧国王がそうであったように、人は力に溺れやすい」

「彼女のことは、礼拝者に見てもらう? これ以上、非行に走ってもね」


 学園も、実質的にシグたちの支配下にある。不正があれば、直ちに発覚するだろう。一部の教員のエルフたちは、皆が配下の礼拝者である。


「その気になれば、賄賂で昇級することも可能だろう。だが、シルヴィアはそうしなかった。見栄だけではなく、真の力を求めているはずだ」


「剣舞祭に出たい意思は、窺えたの。あの舞台に立ち、剣豪たちと戦うのなら、己を極めるしかない」


「そういうことだ。金だけでは、どうにもならん世界もある」


 だからこそ、シルヴィアは悔しさを感じていたのかもしれない。

 あれだけの地位を持っていながら、剣舞祭には出場できない。

 祖国のために栄華を持ち帰るどころか、出場資格さえもなかったのだ。


「以前の剣舞祭から、はや六年――やっと、大陸中の国に、安定した教育体制が確立できた。五年前には王都中に、三年前には、ほとんどの都市に、魔法と剣技の知識を共有できた。そうして月日が経った、初めての剣舞祭だ。六年前よりも、遥かにレベルが上がっていよう」


 次の剣舞祭は、来月の頭に行われる。


 出場選手は、カスケーロ大陸の全ての国、全ての人たちから選抜された、剣豪たちだ。各都市の学園からふるいに掛けられた覇者たちが、三二人。


 剣舞祭に招かれただけでも、将来はどこの騎士団にだって所属できる。


 準決勝以上に進出した暁には、未来の騎士団長は間違いない。伝統ある剣舞祭には、数多の観客たちも押し寄せてくるだろう。


 部門は三つに分かれており、一八歳以上のトーナメントは第一部、学園所属の生徒たちで開かれる部門は第二部、一二歳以下の部門は第三部となっている。


「魔法の部門もあるのだったか。とはいえ、大陸における魔法の歴史は、まだ日が浅い。やはり脚光を浴びるのは、剣士たちか」


 これも、長らく魔法を禁じてきたディアナの弊害ではある。


 魔法使いの軍団が、騎士団に匹敵するほどの戦力になるのは、あと二〇年から三〇年は掛かるだろう。


「シグは、出ないの?」

「は? この俺が、生徒たちの晴れ舞台を潰してどうする」


「ううん、第一部の方だよ。学園卒業者、一八歳以上を対象とした第一部には、名だたる剣豪たちが集まってくるはず。この大陸を治める者として、戦力を把握しておくことは、とても重要なことだと思う」


「……正論だな。だが、せっかくの有望株を叩き伏せてしまうのは、あまり好ましくない。俺と当たった者には、何か補填を与えておけ」


 第一部に出るとしても、いまのシグの姿では無理だ。

 実力がどうあれ、外の者の目もある以上、素性を偽らざるを得ない。


「この大陸のどこかに、無名の没落貴族はいないか? 誰にも看取られず、若くして孤独死しているような青年が好ましい」


「ザッシュ・クズカはどうでしょう。女と酒に溺れて、一九歳で他界しました」


 エルガードは、どこからともなく資料を取り出した。

 顔写真には、覇気のないダメ男の顔が映っており、体格などの詳しい情報も載っている。


「悪くないな。無名が出場することで、外への牽制にもなる。駆け出しのルーキーが、トーナメントの上位に来ることがあれば、この大陸には化け物だらけなのかと、奴らの腰も引けるだろう」


「準備には、それなりに時間がかかるでしょ。出席日数や、学力テストは、こっちに任せて。いい感じに、調整しておくから」


 エルガードを信じて、シグは第一部出場のために王都へと出た。

 これから一か月間、彼はザッシュ・クズカとして生きていくのだ。


 雑種らしい貧相な装備を用意したり、ちゃんと王都で生活していた痕跡を残したりと、それなりに準備がいる。


「……」


 尾行がひとり。

 バレないとでも思っているのか、何者かがシグの後ろを追跡している。


「何者だ」

「っ!?」


 シグは曲がり角の先で、後ろからくる人影を出待ちした。

 バッタリと出会った少女の耳は、長い。

 フードを被っていても、エルフだと分かる。


「主さま、ご用件です」


 周りには決して聞かれない声量で、少女は呟いた。


「ふっ……三年ぶりか。いいところに来た」


 シグは裏路地に入ったところで姿を変えて、少女の行き先に同伴した。

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