第26話 美貌はプライドに比例する。


「シグ、どういうつもり?」

「シグさん、どういうつもりですか?」


 早朝、シグは男子寮を出た先で、二人の金髪美少女に詰め寄られていた。


 片方は姉のオリヴィエ。一六歳になって、一層と美人に輪がかかった。背丈が伸びて、学園の一、二を争う美人だともてはやされている。剣の腕前も最高峰で、シグが入学できた要因である。高等部の姉とは、校舎も寮も離れている。


 もう片方はエルフのエルガード。巡礼者の頭である彼女は、本人希望でシグの同級生になった。学園の一、二を争う美人であるオリヴィエと、比較として名前が出されるのが彼女で、一三歳にしてエルガードの美貌は極点に達しており、入学早々にして、どれだけの男を振ったか分からない。


 そんな二人は、どちらも自分の容姿に自信があった。

 シグと付き合う運命にあるのは、自分だろうと。

 しかし、乙女の甘い空想は、一夜にして破られたわけである。

 シグが罰ゲームで、シルヴィア王女に告白。

 付き合う気なんてさらさらなかったのに、逆玉に成功してしまった。


「いや……だな。何というか、そんなつもりはなかったというか……」

「シグ、お姉ちゃんと付き合いなさい。お姉ちゃん命令よ、いいわね」


 この三年で、オリヴィエのブラコン度は天井突破した。

 実家に帰省した時は、未だにシグと入浴しようとするし、本気で結婚の準備を推し進めている。何度か貞操の危機に陥ったこともあったが、そこはシグの千年童帝たる力で窮地を脱した。そろそろ、衛兵に突き出すべきかとも考えている。


「二股は、よくないと思うよ」

「もちろんよ。お姉ちゃんだけ、いればいいわ」


 姉の脳内では、既にシルヴィア王女が排除されているらしい。


「……お姉ちゃん、学園のメンタルクリニックは、南の校舎一階を突き当たりだよ」


「お姉ちゃんの方が美しいし、剣も、魔法も、魔力も、スタイルも、上回っているじゃない。いったい、なにが気に食わないの?」


「必ずしも、恋と、ステータスは、結びつくものじゃないと思うよ」

「姉と弟なら、結びつくわ」

「家族の絆でね?」

「肉体的にも、精神的にも絡まり合うのよ。そう、まるで運命の糸のように」


 姉の演説が、ついに子供の頃にまで遡り始めたため、そそくさと脱出。


「結婚し……間違えました。付き合ってください」


 ともすれば、今度は金髪エルフからのラブコールが。


「言っただろう、エルガード。お前は、学園で目立ちすぎている。俺とエルガードが、共にいるわけにはいかん」


 エルガードも、剣と魔法は凡人を装っている。

 しかし、面が良すぎるせいで、それなりに学生たちの間で評判なのだ。


 この一か月で、三〇人は振っただろう。王女シルヴィアはともかく、地位も名誉もないただの女生徒としては、異例の人気ぶりだ。


「確かに、任務がある以上、同伴はできませんね」

「そういうことだ。俺の素性も、割れるわけにはいかん」

「では、プライベートなら、いいということですか?」

「いいぞ、(買い物くらいは)存分に付き合ってやる」

「っ!! ……ああ、我が主。いえ……シグ」

「そうだな。学園に通っている間は、呼び捨ての方がより自然だ」

「分かったよ。……ふふっ、それじゃあ、先に行ってるからね」


 見たことのない、とびっきりの笑顔で、エルガードは駆け出していった。


「なぜ、喜んでいる? まあ……美人の笑顔は、拝んでおいて損はないか」


 学園につくなり、新たな美少女が寄り添ってきた。


「おはよう、シグ」

「おはよう……シルヴィア」


 ひくひくと、顔を引き攣らせているシグ。

 王女さまはそんな彼と腕を組んで、周りからは悲鳴の声が上がる。


「午前って、実技試験だっけ?」

「剣技と魔法、選択科目だよ。シグ君は、どっち?」

「剣だよ」


「私と一緒だね。剣技認定試験の後、各級位に分かれて、自主練習だったはず。シグ君の、振り分け認定級位は?」


「入学時にやったやつなら、第九級。最底辺の級位だね」

「すごい、伸びしろしかないんだ!」

「……とってもポジティブに捉えるなら、そうだね」

「がんばって! 努力したら、一緒に練習できるはずだから!」

「シルヴィアは、何級?」

「第三級かな」


「すげー。この振り分けって、学年に差はないのに、三級っていったら、上級生相当じゃないか?」


「だけど、まだ高みはある――私は、強くならないといけない。私は来月の剣舞祭に出場する予定なの。そのためには、一級以上の剣技を、学園に認めてもらわないといけない」


「何のために、シルヴィアは強くなるの?」


「もちろん、お父さまと、お母さまのために。東の都市国家、アウグストンの威光を、大衆に見せつける。私の肩には、祖国の誇りが懸かっているから」


 彼女が純朴過ぎて、シグは罰ゲームで告白したことが申し訳なくなってきた。

 彼女がシグを受け入れたのも、あの醜態にあるのかもしれない。

 ぶるぶる震えながらも、精いっぱい告白した、最底辺の男子。

 シルヴィアにとっては、その無様が誇り高く映った……とか。


「ちなみに、一学期終了時点で九級だと、退学だよ」

「なんだと!? いや……それ、本当?」


「うん、一年生だと七級まで認定試験を終えなくちゃいけない。二年生は五級。三年生は三級。足切りのラインがあるから、怠けていると退学になっちゃう」


 これはまいった。

 いかに無能を振る舞うとはいえ、退学してしまったら……。


「待てよ。退学したら、自由ではないか?」


 ここ一か月、シグは学園生活の退屈さに辟易していた。魔法や剣技の参考書は、そもそも自分が監修したものだし、講義や実習も、お遊戯同然だ。


 とはいえ、本当に退学になったら、父と母、姉の顔に泥を塗ってしまう。


「せっかく入学したんだし、シグ君もがんばらないと」

「分かってるよ。心配してくれてありがとう、シルヴィア」

「うん! それじゃあ、また」


 そうして、午前の実技試験に向けて二人は別れた。


「では、手早く済ませておくか……」


 剣技認定試験で、シグは九級、八級の教員から一本を取った。


 実力ではなく、たまたま・・・・転んだら、模造刀の剣先がクリーンヒットしたり、たまたま・・・・くしゃみをしたら、カウンターが入ったりと、偶然を装って昇級した。


 シグは七級剣士となり、一年生終了まで、安泰となった。


「「あれ……?」」


 七級剣士専用の演習場に行くと、シルヴィアがいた。

 彼女の胸には、七級剣士のバッジがついている。


 なぜ、三級と自称していた彼女が、七級の底辺なんかにいるのか。

 それこそが、彼女がシグと付き合った理由でもあった。

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