第25話 渾身のモブ演技エンドオブザワールド
シグは一三歳になり、王都の魔剣学園に入学した。各国、各都市から天才たちが集まってくる、大陸随一の名門だ。
シグは入学テストでは、筆記・模擬戦と、合格ラインギリギリ。
いや、普通に教官にボコられた。
剣聖オリヴィエの弟という業績バッジがなければ、おとといきやがれと叩き出されていただろう。それも込みで、シグは調整していたのだが。
「おい、あれ……」
「オリヴィエさまの、弟だっけ」
「冴えない顔に、冴えない剣筋。可哀そう、お姉ちゃんに全て偏ったのね」
シグの学園での評価は、下の下。
モブ度に点数を付けるのなら、三千万点は取れるだろう。
「上々だな。どこに潜入者がいるか分からん以上、俺はこの立ち位置でいい」
シグがどこをほっつき歩いていても、誰も関心を向けない。
道端の犬の糞も同然で、あっても悪評がささやかれるだけだ。
「すっげーっ! あれが東の王女、シルヴィアさまか!」
「気品、風格、名誉、剣筋、知性! 全てを兼ね揃えた、ギフテッドの少女」
「ラーメン屋で、全マシしたようなお方だよな……」
「失礼だろ! 豚の餌って、言いたいのか?」
「ま、まさかっ、そんなつもりじゃ……」
シルヴィア・エストホルム王女。
東の都市国家を統べるエストホルム家、その長女だ。
空のように澄んだ青髪のポニーテール、青い瞳、一三歳だというのに堂に入った佇まいをしており、言葉遣いも丁寧。ゴリラが見たって、住んでる世界が違うって分かる有名人だ。
そういう各地域の覇者が、こぞって集まってくるフォーリン魔剣学園。
最底辺を這うシグは、入学早々に、「おい、告ってくるか、焼きそばパン買ってくるか、どっちがいい?」そんな二択を同級生から突き付けられた。
「三下を演じるには、またとない好機だな」
放課後、シグはシルヴィア王女を校舎裏に呼び出した。
凛と冴え渡った眼差し、ほんのりと紅潮した頬、瑞々しい唇。
誰が見たって美人で、こんな少女と面と向かったら、童貞はいちころだ。
だが、シグはその上を行く童帝だ。
目と目を遭わせた程度で、惚れるような愚図ではない。第一、美人はこの一〇年余りで嫌というほど見てきている。
だから、シグは別に動悸が激しくなければ、緊張に喉を詰まらせているわけでもない。玉の輿を狙ったバカな男子や、盛りの突いた童貞男子たちのように、お猿さんの如くこぞって興奮したりしない。ただ単純に、シグの中での価値観が、この美人よりも焼きそばパンの方が高かった話である。
「あう、あうあうあうあうあうあうあう、あうぅぅ……」
シグは、とびきりキモイ男子をつとめた。
いま目の前で佇んでいるシルヴィア王女を、告白前から幻滅させる。
何なら、キッショと言わせる。
足腰の震え、内股、両腕も内側に向けて、怖いですポーズを作る。
裏では決してこんな無様を晒さない覇王のシグだが、表のシグは無能の弟だ。
地の底を這う無能を装うが、その正体は、大陸を統べる黒幕――。
妥協の許さない〝無能〟をもって、シグはその先の言葉を紡いだ。
「しっ、しるにぃえ、にぃ、にぃぇ……うぃえ、おぅ、ぉおうにょぅっ!」
右腕を突き出しながら、頭を下げる。
ちょっとやりすぎた感じもあったが、シグは真摯に無能をつとめる。
きもすぎて不敬罪=死刑にされないかだけが、唯一の心配だった。
「ちゅっ、ちゅちぃちぃちゅっ、ちゅっ、ちゅきでしゅっ! しゅっ、しゅしゅしゅしゅ……しゅきあってください!!」
がっくり折れた腰、ぶるぶると震えた右腕、ピンと跳ねたままの寝ぐせ。
決まった。この瞬間、シグは優勝を確信した。
いまも校舎の影で、自分の無様を見届けている同級生たちは、笑いが堪え切れず爆笑している。誰が見たって、そう思う。狙い通りの反応だ。
エンドオブザワールド……花々が囁く放課後の校舎裏に、心の扉を開き告げる。
君への想い、詩のように。
シグはこの完全無欠な告白を、そう命名した。
そして不敵な笑みを浮かべながら、最後まで身体を震わせ続けた――。
「ありがとう。今日から、よろしくね」
『……は?』
シグと、その他エキストラの声が、ぴったり重なった。
「いま、なんて?」
「私は、シルヴィア・エストホルム。どうか、末永くお願いね」
「……???」
「さあ、それじゃあ、一緒に帰ろう」
「……?? んん???」
新米カップルよろしく、お手手を繋いで、校舎を後にするシグとシルヴィア。
美女と、道端に落ちている犬の糞。
シグは、まったく望んでいない一世一代の成り上がりを手にしてしまった。
「なんでだあああああああああああああああァッ!!?」
その夜、中等部の男子寮からは、奇妙な雄叫びが聞こえたのだという。
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