第22話 覇王シーグフリード・エルランデル。


「私は、お前を倒す。大陸を治める覇者として、全てのエルフの王として、ここで折れるわけにはいかない!!」


 戦いは、熾烈を極めていた。


 聖女ディアナが三日月刀を振るうと、その軌道上にある物はなんであれ、薙ぎ払われていく。切り払われた物体は真白い炎を上げて、あたかも審判者の鉄槌のようだ。


 シグはこれを自動迎撃式の魔力剣で防衛したが、魔力剣すら炎上し、使役者であるシグへと炎が伝っていく。


 この星とは異なる性質の属性〝月光〟。

 然るべき手段で防がねば、シグも燃え尽くされてしまうだろう。


「この月の力も、エルフの由縁か。この星にはなかった、第八の属性、月光。光を触媒に、白い炎を飛ばす斬撃魔法。なかなか、どうして面白い」


 シグが展開していた魔力剣は消え失せ、同時に三日月状の斬撃も消えた。


「お前……」

「罪の権能〝悲嘆〟。ブルーウェイヴの魔力配列は、俺の魔力にも組み込まれている」


 シグを中心として渦巻く、碧色のオーラ。

 それは悲嘆の魔女の固有領域であり、この空間では、ありとあらゆる異能が無効化される。ディアナが飛ばした月光も、例外ではない。


「その権能は、確かに脅威となり得る。だが、それで勝ったと思わないことだな!」


 ディアナは距離を詰めて、シグとの白兵戦に臨む。

 彼女が生み出した斬撃の数々は、轟々と風を唸らせて、衝撃が石畳みを粉砕する。

 崩れ行く王城の床や天井を足場に、シグは空へと舞台を変える。

 逃がすまいと肉薄するのは、エルフの王ディアナ。


 彼女が渾身の力を込めて三日月刀を振るうと、竜巻じみた剣風けんぷうを引き起こす。異能ではない。ただ、膂力のみで引き起こした強風だ。


 この物理現象には、〝悲嘆〟が効力を発揮することはできず、シグが展開していた〝無効化領域〟は吹き飛ばされた。


 そこにディアナが七度の〝月光〟を振るい浴びせ、たった一歩でシグの後方へと回る。更なる七閃の〝月光〟。一四にも及ぶ月の挟撃が、容赦なく七歳の覇王へと降り掛かる。


「バカな……何故、どうして、それを!!?」


 これを迎撃したのは、魔力剣ではなく、月光剣。

 シグの身を守る自動迎撃式の魔力剣は、月光剣に姿を変えていた。

 月光同士の衝突なら、炎上は広がっていかないようだ。

 シグにとって月光の斬撃は、既に脅威ではないと言える。


「炎が、炎に燃え広がることはないのと同じだ。俺も月光を使うことで、貴様の月光は相殺できる。しかし……喜べ、エルフの王よ。俺にこれだけの魔力剣を引き出させたのは、貴様が初だ」


 エルガードと同様に、シグの自動迎撃式魔力剣も、敵の強さによって、生成される数が変わる。今回、シグが一四の月光を防ぐにあたって現出したのは、同じ数の月光剣だった。


「そうではない! なぜ、お前が〝月光〟を使っている!? それは、私にしか使えぬはずだ!」


「む? 貴様の手下どもも、使役していただろう?」


「私がエンチャントした武器を、与えていたのだ! やつら人間が、月光を生み出せるわけがない!」


 なるほどと、納得したシグ。

 月の魔法は、ディアナたちの父母の時代の魔法だ。

 いまも行使できるのは、この世界でただひとりに限られる。

 ――いや、シグが居るいま、二人と言った方が正しい。


「先ほどの炎上で、魔力配列の解析が終わった」

「なに……?」


「魔法には、特有の魔力配列が存在する。確かに〝月光〟は、他の魔法と異なる法則が秘められていたが、分かってしまえば容易い。俺は俺の魔力配列を組み換え、月の魔法を使役する。それだけだ」


 ディアナは、月光の斬撃を振るい続けた。

 だが、シグの月光剣がことごとくを弾き続けた。


「あり得ない!! 魔力配列を、組み換える!? その組み換える魔力は、どこから」


「錬成した。俺ほどの魔力があれば、ゼロから新たな性質の魔力を生成するのは、さして難しい話ではない」


「だけど、そんな話はこの千年で聞いたことがない!! エルフの王として、私は――」


「ならば、その道を退け。弱い上に、信念も脆い。そんな無様で、いったいどんな覇道を成す? とても、王の生き様ではない」


「ほざけ、人間!! お前は、この世の地獄を知らないだけだ!!」


 ディアナが魔力を解き放つと、姿が一変した。


 白い長髪は翼のように左右へと広がり、インナーカラーの紫髪は不気味に蠢いている。白髪という名の翼からは魔力の枝が生え伸びて、金色こんじきの瞳は爛々と輝いている。


「〝傲慢〟の魔女、ディアナ・イーゲルフェルト」


 暗がりに包まれゆく空の下で、真白い光を纏い放ちながら浮遊する、一体の魔女。


 月光が、彼女に降り注いでいるのか。彼女が、月光を放っているのか。

 真価を発揮したディアナの風貌は、まさに月の使者だった。


「傲慢……それが、貴様の〝罪の権能〟か。だが――」


 ディアナが三日月刀を振った瞬間、時空間に亀裂が入った。

 世界を捻じ曲げるほど、濃密に振り払われた魔力による、〝月光〟の斬撃。


「……っ!」


 自動迎撃式の月光剣は粉砕され、シグは遂に片手を出した。


「バカな」


 だが、シグの右腕をもってしても、この斬撃は止められない。

 やむなく左腕を取り出したシグだが、両の手でも〝月光〟は抑え切れない。


「さらばだ――」


 そこへ、背後からも浴びせられる、破格の斬撃。

 ダメ押しとばかりにディアナは頭上を取り、更に〝月光〟を振り下ろす。


「小さな、影の王よ」


 三方向による圧巻の一撃が衝突し、渺茫たる魔力の奔流が吹き荒れる。


 王都には雷鳴じみた炸裂音が唸りを上げて、苛烈な颶風は、遥か遠くの田舎町にすら行き届いた。


 傲慢の魔女は、エルフの王に相応しい力量を持ち合わせていた。


「関心を払おう。よもや、この俺が直々に手を下さねばならんとはな」

「っ!!?」


 猛煙の中――ではなく、声は背後から鳴った。

 オリヴィエの視線の先、その少年は、悠然と夜の空に漂っていた。


「〝傲慢〟の権能は、法外なまでのステータス上昇。魔力、筋力、速度、知能、幸運値。あらゆるステータスが数倍と跳ね上がる。なるほど、貴様らしい権能だ」


 あれだけの攻撃を受けて、シグは無傷で済んでいる。

 それは彼の身に漂う、〝暴食の竜〟が原因だ。


「お前……罪の〝悲嘆〟に続いて、大罪の〝暴食〟を」


「暴食の魔女、ローズウィスプ。俺の仲間のひとりが有している、権能だが……やはり、エルフの罪には区分があるのか。より大いなる権能を、貴様は〝大罪〟とみなしている」


「――知ったところで、結末は同じだ!!」


 大罪の権能、傲慢と暴食がせめぎ合う。


 魔法ごと魔力を喰らい尽くす暴食にかかれば、月光を帯びた斬撃如きは、脅威でもない。だが、


「なに? まさか、〝傲慢〟の権能……その力……」


 だが、何事にも限度はある。

 たとえばシグが使役している暴食の瘴気で生み出した竜。

 月光の斬撃を喰らってはいるが、そのキャパシティーにも限度がある。


 ローズが、過剰分の魔力を喰らった時、唾を吐いていたように、喰らいきれぬほどの魔力は、溢れてしまう。


「……っ!」


 とどのつまり、〝暴食〟ですらも喰らえぬ魔力を一度に叩き込めば、パンクする。

 シグが使役する暴食の竜は、内側から破裂してしまった。


「私が、この美しい大地を守るのだ! 最強の道を歩めば、必然と犠牲は出よう、同胞たちの涙も流れるだろう! だが……どんな過酷に苛まれたとしても、私は、この責務を果たし通すのだ!!」


 ディアナの魔力は更に増幅し、動態は見違えてはやくなった。


 衝撃波すら発生させる蹴りで、シグを地上へと叩き落し、超常無双の目にも留まらぬ乱舞を繰り出していく。


 一刹那の間に振るわれた斬撃は一〇〇を超え、瞬きの間に王都の街並みを走破した。矢も楯もたまらない攻防の数々。尋常の埒外にある二人の覇王の闘争は、人とエルフの身に許された域にない。まさに、神話の闘いに匹敵する。


 シグが、ヴィルゴッド・フィルディーンとして顕現すれば、いまより圧倒的に優勢を築けたであろう。ダークファンタジー世界の異能を使えば、彼女を倒す程度は造作もない。


 だが、それはできない。シグには、確固とした使命がある。


 責務の意味を履き違えた、哀れなエルフの王を正すには、この世界の法則に縛られて戦うしかない。彼女が理解できる負け方を与えて、異なる信念を認めさせなければならない。


 そうでもなければ、このエルフはかつての自分のように、必ず破滅の道を辿ってしまうのだから。


「終わりだ、シーグフリード!!」


 地面に沈み込む彼に向けて、ディアナは最後の一刀を振り下ろした。

 手ごたえはある。剣先が肉を裂き、骨を断つ感覚……。


「――ッ!」


 だが、ディアナの刃は、シグの肩を裂いたあたりで止まっていた。

 むしろ、これを狙っていたのだろう。

 肉と肉の間に込められた魔力が強靭に過ぎて、まったく刃が動かない。

 これでは、心臓を切り裂くことは――。


「がぁっ!!?」


 右腕を蹴り上げられ、びりびりと骨伝導に痺れが伝うディアナ。

 その一瞬の隙を突いて、シグはディアナの後頭部を鷲掴む。

 力の限り、地面へと叩き込む。

 藻掻くディアナの後頭部に蹴りを入れる。

 更に足掻く彼女の背中に向けて、魔力を圧縮させた足で踏み締める。

 悲鳴を上げながらも、ディアナの背にはまだ闘気が宿っていた。


「目が、覚めたか?」

「くっ……これしきの、こと――」


 振り返ったディアナの雁首をひっとらえ、万力のごとく締め上げる。

 酸素を求めて藻掻くディアナは、叶わぬ理想を求める、夢追い人のようだった。


「俺の見立てが外れていた。〝傲慢〟の権能は、単なるステータス上昇ではない。傲慢とは、思い上がること。思い上がった分だけ、お前のステータスが跳ね上がる。まだ勝てる、まだ勝てる、まだ勝てる――と、お前はつまらん妄執ひとつで、戦い続けているのだ。誰にも、何にも支えられることなく、な」


 失神しかけたディアナは、依然として〝傲慢〟を維持している。

 折れるわけにはいかない。

 愛する地を守るために、私が戦わなければならない。

 そう思い上がったディアナは、更なる魔力と膂力を得る。


 だが、その度にシグが粉砕する。何度でも、叩き伏せる。

 それはどこか、親が子供に言い聞かせているようにも見えた。


「さあ、どうする? これは、シミュレーションだ。大戦で、お前が敗れた時、お前を助けてくれる者は、誰もいない。当然だ。お前は、全ての同胞を狩り取ったのだ。王気取りの愚物のせいで、人間はどれだけ死ぬだろう。何百万という屍が転がり、そこに生まれる涙と嘆きは、この世の地獄だ。――さあ、どうする、ディアナよ。お前は、どう責任を取る?」


 地面に崩れ落ちているディアナは、息も絶え絶えだ。

 それでも、シグの言葉だけはハッキリと聞こえている。


 大戦のために、理想のために、同胞のために、人間のために。


 もしも私が敗れたら――何のために、エルフを殺し尽くしてきたのだろうか。


「負けない……負けないさ。そのためにも、私は……同胞を、殺し……ぐっ!」


 シグは、ディアナの頭を踏み締めて、地盤に叩き込んだ。


「いま、負けた。エルフは全員、死んだ。人間も、滅ぼされた。――お前はどう、責任を取る?」


「だが……やってみなければ分からない! 他のエルフを狩り取った時、私は、いまよりずっと強くなれる! 幾らだって、守り切れる! だから!!」


「破滅した時に考えると、貴様はそう豪語しているのか? そんなものは、王ではないと、何故分からぬ? いや……分からないふりを、しているのか?」


 それは、ディアナの空想の核心をつく一言だった。


「誰にも負けない、最強を目指すことは悪ではない。しかし、誰にも負けない保障が、どこにある? 一極集中させれば、リスクも高まる。俺でさえ、自分ひとりでは無理だと思ったから、仲間を集めた。あの時にも、俺は気付けばよかったのだろう。どうして、もっと、仲間を頼らなかったのかと」


「仲間、だと? そんなものに頼るより……私ひとりが、最強になるべきだ!」


「では、お前の父と母は、どうしていた? 仲間たちと、共に戦っていたのではないのか?」


「それは……」


「仲間を信じることもせず、むしろ同胞狩りに明け暮れたお前は、あまりにも不確かな打算で、人間をも滅ぼそうとしているのだ。ならば……」


「ならば――私はいったい、何のために、同胞を殺してきたと言うのだ!!!」


 ディアナのみっともない逆上は、惨めで、哀れで、けれど間違いなく、彼女の本懐だった。


 彼女自身、己の決断が間違っていると、分かっていた。

 それでもなお、この過った道を進むしかないと覚悟を決めていた。


「約束された、勝利などない! だが私は、かつての大戦をこの目で見た! 幾多の同胞たちが死に、私の父と母も、身命を賭して戦った! 空は、血と涙で満たされ、母を呼ぶ子の悲鳴は、終わることがなかった! ……凄惨だった、地獄だった。あんな惨劇は……二度と繰り返しては、ならぬのだ!!」


「意気は分かる。だが、貴様が背負う道理はない」


「道理なら、ある! 人間では、あれらの怪物たちと戦うことなど、できない! 私が、やらねばならんのだ……大罪の血を持つ、エルフの、私が――ッ!!」


「目の前に、いるではないか。貴様よりも遥かに強い、最強の人の子が。そして、貴様の配下を下した、俺たちの仲間が」


 シグの言葉に合わせて、五人のエルフが彼の隣に並び立つ。

 金髪のエルフ、銀髪のエルフ、赤髪のエルフ、青髪のエルフ、桃色髪のエルフ。

 仮に、シグが敗れていても、彼女たちが死を賭して戦うだろう。


 だが、ディアナはどうか。

 彼女に忠誠を誓う者はおらず、いまもずっと独りぼっちのままだ。

 それも必然だったのだろう。彼女は仲間ではなく、利用価値のある者だけを集めていた。そこに絆は決して生まれず、心の支えにもなりはしない。


 孤独と、孤高は違う。

 真の過ちに気が付いたディアナは、顔を上げて彼らを見据える。


 七歳に過ぎない人の子と、エルフの少女たちは、憂懼も見せない覇を示した面持ちで、真っ向からディアナの視線を受け止めていた。


「シーグフリード、お前は……」


「然り。世界最強にして、天上天下唯我独尊。この俺たちを、世界平和の勘定に加えんとは、何たる不遜か」


「……救って、くれるのか」


 それはディアナが初めて口にした、明確な弱さだった。


「お前の物差しで測るな。竜であれ、悪魔であれ、人であれ、エルフであれ、俺たちは俺たちの尺度で救う。それは決して正義ではなく、善とも程遠い。だが、守るべき者たちだけは、判然としている。この星に存在する、全ての命。下郎を除く、その全てが、俺たちの救うべき民草である」


 彼らは小さな手のひらに、地上の全ての命を乗せている。

 なんと、罪深い理想だろうか。

 そんな夢は、傲慢を超えて荒唐無稽だ。

 しかし、彼らならばとも、思ってしまう。

 特に、大罪の魔女をも破り、泰然と君臨している、この覇者になら。


「ありがとうございます、シーグフリード。……これで、私は」


 ディアナは短刀を取り出し、その刃を、自身の首にあてがった。

 自決だ。

 彼女には、己が悪であるという自覚がある。

 幾多の同胞を狩り取ってきた魔女には、相応しい末路だろうと。


「なっ――どうしてですか!!? 何故、貴方は私を――」

「逃げるな。ここで自決することが、貴様のやるべきことか?」


 シグは彼女の短刀を粉砕して、それを捨て払った。


「確かにお前は、罪人だ。だが、貴様の罪は、その命で償い切れる範疇を、とっくに超えてしまっている」


「では……私は、どうしたら」


「生きろ。死んでいったエルフのためにも、お前は生き延びて、謝罪し続け、戦い続けなければならない。それは死ぬまで続き、逃げてはならない贖罪だ」


 ディアナは俯いて、しばし沈黙する。

 やがて瞳を開けた彼女の顔には、新たなる決意が宿っていた。


「戦い続けます。どんな敵が現れようとも、この命が尽きる時まで」


 シグは首肯して、彼女に組織のローブを放り投げた。

 暗黒の巡礼者。その一員に加えるには、申し分ない実力だ。


「早急に、エルフの慰霊碑を建てろ。毎朝、供え物と謝罪に通え」

「承知しました、我が主よ」


 決着がつき、シグたちは王都の復旧作業に取り掛かった。


 巡礼者の手配書や、エルフの賞金は取り下げられ、各地で黙認していた奴隷商人は逮捕、闇市場も直ちに閉鎖された。荒れ果てた治安を取り戻すために、王都の守衛たちや、騎士団も、各地に派遣された。


 カスケーロ大陸に新たに昇った朝日は、温かい。


 エルフたちは虐げられることなく、真の安寧を享受できるようになった。





 ――――――――

 作者のあとがき。


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